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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑪

「クッソ……あの雑魚、いっちょ前にアタシの愛しいエイト・フィートを……!」
吐き捨てながら、少女は女性霊の腕に突き刺さった短刀を引き抜き、地面に投げ捨て踏みつけた。
「こうなったら、全リソーステメエにぶち込んで……!」
右手の中指を立てながら少女が言おうとしたその時、少女の足下に武者の霊が転がってきた。
「む……どうやら貴様の『最高戦力』は、貴様の言う『本物の雑魚』に負けたようだな」
そう言う平坂の隣に、やや息を切らした青葉が並ぶ。
「潜龍さん、すみません。仕留め損ねました」
「……何?」
青葉の言葉に、平坂は彼女に視線を向けた。
「あいつ、押し勝てないと見てすぐさまあの子の元に引き返しやがりました」
「それはつまり……奴の元に全戦力が集結した状況、というわけか」
「そう、なりますね……」
少女が傍に膝をつくと、武者の霊はすぐに立ち上がり、刀を構え直した。
「キッヒヒヒヒ……形勢逆転だな」
立ち上がりながら、少女が口を開いた。それに対して、青葉が一歩前に出て睨みつける。
「……何? アンタ如きに何ができるわけ?」
「さぁ? 少なくともついさっきまで、私はその武者を圧倒してた」
「『私は』ァ? 『私の武器は』の間違いでしょ?」
「……たしかに。あ、潜龍さん、あいつは私がどうにかするので、邪魔が入らないようにだけ補助、お願いできますか?」
突然話しかけられ、平坂は僅かに動揺を見せつつも頷いた。
「さて……」
青葉と、悪霊たちを引き連れた少女が1歩、また1歩と互いの距離を詰めていく。それがおよそ2mにまで縮んだところで2人はぴたりと動きを止め、互いに睨み合った。そして。
「…………」
「…………」
「「…………ブッ殺す!」」
2人の少女は同時に吠え、己が武器を振るった。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑩

青葉が武者の霊と戦っている間、平坂は少女との距離を詰めようとしていた。無数の腕の霊“草分”が進路を阻もうとするたびに、平坂の手の中の鈴の音色がそれらを消し飛ばす。その様子を見ていた少女は、苛ついた様子で咥えていたロリ・ポップを噛み砕いた。
「ねェお兄ィさんさぁ……人の可愛がってるモノ苛めといて許されると思ってんの?」
「こちらは身内が貴様の悪霊にかなり痛めつけられたのだがな……。先日遂に3人衰弱死した」
「何、お兄ィさんは人食いヒグマにも人道を説くタイプのひと?」
「…………」
その問いには答えず、平坂が投げた鉄製の掌大の円盤は、またしても空中で叩き落とされる。
(ふむ……。一瞬だったが見えた。奴を守るように背後から伸びてきた青白い腕。あの武者とも周囲の腕たちとも異なる、『3体目の悪霊』か)
平坂は懐に手を入れ、しばらく探ってから1本の短刀を取り出した。
「わァ怖ぁーい。そんなものでアタシを殺すつもり? それこそ殺人だよ?」
けらけらと笑いながら少女が煽る。
「なに、殺しはしない。ただ元凶を斬るだけだ。それに多少の無法はもみ消せる」
「へェ……」
少女は吊り上がっていた口角を下げ、2本目のロリ・ポップを咥えた。
「……やってみろクソ雑魚」
少女の挑発と同時に、平坂はすり足のように歩き少女に接近した。
「はン、バカ正直に真っ直ぐ突っ込んで来やがって……“アタシの愛しいエイト・フィート”」
左手を目の前に突き出しながら、少女が呟く。すると、彼女の背後から白いワンピースと長い黒髪が特徴的な、異常に長身の女性霊が出現し、少女を守るように左腕で抱き寄せた。
1mほどにまで接近して平坂が突き出した短刀を、女性霊は空いた右腕で振り払うように防ごうとする。と、刃は弾かれる事無く女性霊の腕に深々と突き立てられた。
「ッ、テメエ! アタシのモンを何傷つけてやがる!」
少女の叫びと共に、女性霊が無事な左腕を振り回す。平坂は刺さった短刀から手を放し、距離を取るようにしてそれを躱した。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑨

平坂と背中合わせに立ち、青葉は彼に呼びかける。
「潜龍さん、あの武者は私が何とかします。腕の方をお願いできますか?」
「お前にどうにかできるのか?」
「ええまあ、恐らくは」
「……こちらでも見てはおくからな。対処しきれないと思ったらすぐに言え」
「了解です」
再び武者の霊に接近し、杖を用いて打ち合う。
(……何かこの落ち武者、見た目よりパワーが無いな?)
小柄で華奢な青葉の倍近い体格の武者の霊だったが、多少力を要するものの、青葉でも十分に攻撃を防げていることに疑問を覚えつつ、隙を見て胴体に打撃を叩き込み、大きく後退させる。
(……やっぱり弱過ぎる。カオル、何か知ってる? カオルに言われて持ち出したものなんだけど)
(んー? ワタシの可愛い青葉、その子は私の妹だよ。銘を〈煌炎〉。私と違って、『怪異を殺す刀』なんだ)
(へぇ……ん?)
「刀ぁ⁉」
武者の霊から距離を取りながら、青葉の口から叫ぶような声が飛び出す。
(そうだよ、ワタシの可愛い青葉。〈煌炎〉はワタシ〈薫風〉と同じ刀匠の打った仕込み杖なんだ)
「そ、そうなんだ……?」
(まあ……抜くのはおすすめしないけど。ちょっぴり危ない子だからさ)
「ふむ……殴り倒す分には大丈夫なんだ」
(だいじょうぶー)
「分かった。取り敢えずこのまま戦おうか」

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑧

少女はウエストポーチからロリ・ポップを取り出し、包装紙を剥いて歯で挟むように咥える。
「そっちの雑魚のお兄ィさんが雑魚なのはまァ、前提として……そっちのガキは何なの? 見た感じ、霊感すら無いマジモンの雑魚じゃん」
少女から明らかな侮蔑を受けながらも、青葉は努めて冷静に彼女を睨み返していた。
「ところでお兄ィさん。さっき投げたの何? アタシの愛しい悪霊が痛い思いしたんだけど?」
「その言い方……近頃騒がれていた『操られた悪霊』の元凶は貴様か」
「まぁねぇー」
答えながら、少女は屋根から飛び降りた。膝と腰を大きく曲げて衝撃を殺し、ゆっくりと立ち上がる。
「……殺れ、“草分”」
言いながら、少女は右手の親指を下に向けるハンドサインをしてみせた。瞬間、青葉と平坂の周囲の地面から土気色の無数の腕が現れ、2人に掴み掛かる。
しかし、平坂が懐から取り出した鈴を1度鳴らすと、二人の一定以内の距離まで近付いていた腕は一斉に消し飛んだ。
「……は? おいテメー今何をした?」
少女の放つ殺気が一段と濃くなる。
「悪霊に寄られたから追い払っただけだが」
平坂は平然と言い返す。その態度に、少女は苛立たし気に頭を掻きむしり、不意に脱力した。
「そっかー……まァ、ほんのチョピっと削れただけだから良いんだけどさァ……」
少女が右手の中指を立てる。
「やっぱお兄ィさん、アンタ死ぬべきだ」
平坂と青葉に、重く鈍い足音が近付いてきた。
(ん、さっきのか……)
青葉はすぐに音の方に振り向き、今にも刀を振り下ろそうとしていた武者の悪霊の喉元を杖で突いて押し返した。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑦

「なッ、貴様、待て! 何をする気だ!」
平坂は慌てて後を追うが、青葉の敏捷性には追いつけず、その差は少しずつ開いていく。
やがて二人はその路地の最奥、数軒の民家に囲まれた行き止まりに辿り着き、そこで一度立ち止まった。
「何故逃げた……岩戸の……」
息を切らしながら、平坂は青葉に近付いた。
「私は容疑者の姿を遠巻きとはいえ実際に見ています。協力できるはずです」
「貴様…………分かった。協力はしてもらうが、俺の監視下に置くからな。勝手はさせんぞ」
「はい。それで良いです」
2人が話を付け、表の通りに戻ろうとしたその時、突然、平坂が振り返った。
「? 潜龍さん?」
「……お前、ここに子供が入ってきたと言っていたな」
「はい、言いましたけど……」
「俺は姿こそ見なかったが…………どうやったんだ?」
「何がです?」
青葉の疑問には答えず、平坂はある民家の屋根の上に何かを投げつけた。ほぼ直線の軌道で飛んでいったそれは、硬い金属音と共に弾かれ、地面に落下する。
「……危ないなァー。体力少ない雑魚のくせに投擲力だけは無駄にあるんだから」
屋根の上から、柄の悪いやや幼めの女声が降ってきた。
青葉がそちらに目を凝らす。星明りの下、注意して見ると、屋根の縁に一人の少女が足を組んで腰掛け、2人を見下ろしていた。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑨

ウミヘビの方を見る。何度か攻撃を繰り返しているようだけど、本当にこっちには何の影響も無いみたいだ。
「あー……カリステジア」
「はい」
「詳しく説明してくれ」
「はい。私のバリア、6面の直方体の形なんですけど、えっと……」
カリステジアは俺の釣竿に付いていた浮きを外して掌の中で転がしてみせる。
「これを……こう」
奴がそれを真横に向けて投げた。浮きは奴が投げたのと反対方向から、俺達の間に転がって来た。
「こんな感じで、私のバリアの境界面に触れたものは、反対側から出てくるんです。外側と内側、どっちにも適用できるし、通り抜けを起こさないのもできますよ。……と、いうわけで」
奴がまた抱き着いてきた。周りのバリアが狭まったのが触覚で分かる。
「いつものドーリィちゃんが何とかしてくれるまで、私達はこうしてのんびり待っていましょうね」
「それは良いけどまずは離れろや」
「お兄さん……当然ですけど、バリアは広げるほど消耗が激しくなるんですよ? できるだけ狭い空間で密着してた方がお得じゃないですか」
「…………ちなみに、あとどれくらい持つ?」
「お兄さんが寿命を迎えるまでくらいの時間は余裕で」
「ならもう少し広げようなー」
「そんなぁ……」