『ヒーローの備忘録』
「愛したい」「愛されたい」
こんな言葉を聞く。
ギバーとかテイカーなんていう流行りの言葉もあるし、与える、与えられるの関係は、市場にも社会にも、人間にもあるだろう。
——ある大切な人がいたとして。
カフェで話をする若い女性2人が楽しそうに、その人を「愛したい」か、その人に「愛されたいか」という話をしているのを耳にしてしまった。
ひとり、空になったコーヒーカップを揺らしながら、どちらかを決めなければ世界が滅ぶというのなら、まぁ「愛したい」と答えるかもしれない、なんてことを考える。しかし、僕が彼女に抱いていた感情は、
「愛されていてほしい」。
僕はどうにも、人から愛される彼女が眩しく、彼女に憧れ、それでいて彼女のことを好いていた。
彼女を愛することができないただひとりにさえ、彼女には愛されていてほしかった。
彼女が姿を消してからも、そう願わなかった日はない。