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エッセイ的な何か

世の中には「孤独が耐えられない!」「ひとりぼっちだと死んじゃう!」って人、結構いるよね。
それに対して今のウチは、ずっと1人でもなんとも思わないし、むしろ1人の方が気が楽な時があるのよ。
「孤独を好むのは発達障がいのせい」と言えばそれまでなんだけど、正直それじゃあ腑に落ちない。
じゃあなぜか、色々調べたり考察したりしてみると「自己を肯定できているか」って所に行き着く。
「孤独を感じない人」は自分のことを1人で評価できているから自己肯定感が高くなるが、「孤独を感じる人」は他人にばかり己の評価を求めているから寂しがってるそうなんだ(ネット調べ)。
まぁホントかどうかはさておき、寂しがってる人って他人に肯定されたがっているのかなとは思える。
そういう人って、認識の有無を問わず自己肯定感が低そうだしさ。
自分が一時期友達が欲しくて仕方なかった時も、自己肯定感が低かったんだよね(あと普通の人間は友達がいて当然という思想)。
それがどうでもよくなったのって、ある意味学力とか他人への信頼とか色んなものを失って最後に自分の中に己が愛した創作活動しか残らなくて、ひたすらそれを続けていたからだし。
あと歳の近い妹に「大学では好きなことをやっていい」って言われたこともある。
好きなこといっぱいやってる内に気付いたら寂しさを感じなくなっていったんだ。
だから孤独を感じる人は“(コンプライアンスに抵触しない程度に)1人でもできる”好きなことを見つけることから始めてみようぜ。
きっと好きなことに没頭してれば寂しさなんて感じないはずだからさ。

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廻るは因果、故に舞い散る桜の刃 十一

「とりあえず大人しくしてて。話は放課後ゆっくり聴くから。」
「はい...。」

あれだけ騒いだ割にあっさり撃沈する葉月。
あくまでも桜音の指示には従うつもりの様だ。

桜音は教室に入ってからも、
気が気でない、という様子だった。

「今日から転校生が来るからな、仲良くする様に!」

担任の言葉に沸き立つクラス。

(今すぐ帰りたい!!!)

あの少女に今日一日付き纏われたとあれば、
注目されるのは確実だ。
目立つ事。
それだけは避けたかった。
「目立つ」それは、今まで桜音が最も忌避してきたものである。
しかし、

「初めまして、成斗市立第3中学校から来ました、
秋山葉月です。宜しくお願いします。」

思わず口が開く程あっさりとした挨拶だった。
口調も、先刻の武士の様な堅い口調から一転、
何処にでも居るであろう「普通の中学生」そのものだった。

「席は...狐灯(ことう)の隣りだな、分からない事あったら聞けよー。」
(隣り⁉︎)

おそらく、側から見てもわかる程驚いた顔をしたのだろう。
担任は苦笑し、
そこしか空いてないからな、と付け加えた。
そこしか空いてない、と言うよりかはそもそも隣りの席など無かった。
桜音の席だけ、長方形に小さな正方形をくっつけた場所の様に孤立していたのだ。