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3月11日から15年

 震災が起きたとき、私はまだ生まれていません。だから震災当時の景色はテレビでしか見たことがありません。でも幼稚園の頃から震災の話はずっと聞いてきました。両親は震災のとき親戚で集まって新潟に逃げたそうです。先生は卒業式の準備をしていたという方や下校する生徒を見送ったばかりだったという方もいました。小さい頃はよく理解できていませんでしたが、大きくなるにつれ、震災がどれほど大変で悲しい出来事かわかってきました。
 そして2022年3月に福島県沖地震がありました。緊急地震速報の音で目が覚め、咄嗟の判断で布団に潜りました。今まで経験したことないくらい大きな揺れで、家が壊れるのではないかと錯覚したほどでした。揺れが収まってから家族でリビングに集まりましたが、ずっと怖くて震えていました。でもきっと東日本大震災はもっと大きな揺れでそれに加えて10メートルの津波がきました。その時、震災にあった人たちがどれだけ怖い思いをして震災後を過ごしていたのかを本当に知ったような気がしました。それでもまだ理解しきっていない部分があるかもしれません。
 福島県は原発事故の影響でまだ避難所で生活を送っている人がいます。その人たちに一刻でも早くいつもの日常が戻ってくることを祈っています。

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3.11

私は震災の日、一歳だったので記憶はありません。しかし自分があの日どのように過ごしていたかは何度か聞いたことがあります。
私は母と市外にお出かけに行っているときに地震が来ました。地震はそこまで大きくは無かったものの、ライフラインが止まっていたため家に帰ることが難しく近くの母方の実家に避難しました。そのとき、おばあちゃんが私や母・親戚がご飯で困らないようにお店に駆け込みおにぎりなど食べやすいご飯を買ってきてくれました。おばあちゃんは普段からおしゃべりでお店の人とも仲が良かったことでご飯を買うことがまだ出来たそうです。「食べ物をたくさん買うこと」がその当時100%良い行動だったかは分かりません。もしかしたら、慌てて買う人がたくさんいたから食べ物がなくなったのかもしれません。(山形県は被災後、多くのスーパーやコンビニの食べ物がなくなりました。)しかしこの行動を良い悪いではなく「事実」として記憶しておくことが、何か次に繋がられるきっかけになるのではと思っています。また父方のおばあちゃんも普段の関わりのおかげで近くのガソリンスタンドでガソリンを獲得できたそうです。
とはいえこの話を聞くと、どれだけ普段の関わりがいざとなったときに力になるのかを感じさせられます。おばあちゃんのように積極的に関わることはできませんが、ゆっくりでも地域との関係を作っていきたいです。

今日の授業で聞く言葉が記憶のない私たちが知る「きっかけ」となりますように。

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後期入試を受ける受験生へ

今日で全ての国公立前期試験の結果が発表されましたね。
合格した受験生の皆さん、本当におめでとう!これまで努力した分、まずは思い切り遊んでほしいです!

でも、気持ちの整理もつかない中で、後期試験に向けて動き出した受験生もきっといると思います。
私は3年前の今日、感情がぐちゃぐちゃの中、初めて1人で飛行機に乗って、涙も出ず放心状態で後期入試に向けて出発しました。あの時の私には、前期のショックとか失敗とかを整理できる状態じゃなかったです。

でも、22時。イヤホンから聞こえてきたのは、いつも通り家で聞くのと同じ「こもり校長の声」でした。
1人で知らない土地にいるはずなのに校長の声を聞いた瞬間、心細かった心がふと軽くなって1人じゃない、って少し安心したのを覚えています。

きっと今日も、最後の戦いに向かってる受験生がいると思います。
今は無理に気持ちを整理しようとしなくて大丈夫です。でも、足を止めずにここまできたみんなは誰よりもかっこいいし、みんなは決して1人じゃない。
そして、今日のことを誇らしく思える日は絶対に来る。
どうか受験生みんなに温かい春が訪れますように。

頑張れ!!
授業テーマと全然違うけど、きっと1人で知らない土地で頑張ってる受験生がいると思うので、応援の声が届くと嬉しいです。
そして、もし1人で不安な受験生いたらレスください。どんな気持ちも受け止めます!