私は13年前の14時46分、幼稚園から帰ってきて母と妹と一緒に絵本を読んでいたところでした。
母と一緒だったので地震自体は怖くなかったものの、揺れにより私の作った紙粘土のフォトフレームが壊れたり、数日間電気がない中でご飯を食べ夜を明かしたことを鮮明に覚えています。
また、信号がまともに機能していない中で母方の祖父が物資を届けにきてくれたり、他県に単身赴任中だった父がスーパーで必要そうな物資を買ってから山形に帰ってきてくれたりしたのをみて、とても安心したこともよく覚えています。
これからも震災の時支えてくれた家族を大切にして、生きていきたいです。
P.S.「わせねでや」という震災について歌った曲があるので是非聴いてみてください。「わせねでや」とは東北の方言で「忘れないでね」という意味で、宮城県塩釜市に住む内海和江さんが震災の声にならない思いを綴り、それに仙台の作曲家ヒザシさんが曲をつけたものです。Youtubeで調べると出てくると思います。
授業テーマとは関係ないのですが、今日、3月11日は東日本大震災から丸13年が経った日です。私の学校でも地震の起こった14時46分に黙とうを捧げました。当時生まれて1年も経っていなかった私自身には記憶がありませんが、あの日緊急地震速報が頭に残ったのか、いつまでも寝付けなくて大変だったそうです。そして震災の3日前には父が仙台に出張に行っていたそうで、もしかしたら…と考えるとゾッとします。
今は能登半島地震の被害も色濃く残っていますが、いつかこれをきっかけに日本が強く繋がれる事を信じています。
東日本大震災、能登半島地震、その他にもたくさんの地震に苦しみを味わっている人が、私"227の住人"の書き込みに笑顔になってくれるととっても嬉しいです。
微力ながらに応援しています。
1年前の今日はキズナ祭!あの最高な空間からもう1年なのか、まだ1年なのか不思議な感覚です
ほんとに楽しい時間だったな〜
中3の時、受験で勉強を教えてくれたり、メンタル面を支えてくれた先生達は高校生になった今でも大切な人です。
今年度で私がいた学校から移動になる可能性が高いので、お礼を伝えたいし、これからも話ができたらなと思っていますが、どうすればいいんだ…とずっと悩んでいます…。
第1志望の公立大学合格しました!!!!!!
高校3年間で色々やりたいことが見つかって違う道を考えましたが結局1年生の時から行きたいと思っていた大学に進むことに決めました。
しかし、直前の模試でもE判定、地震もあって諦めそうにもなりました。ドキドキしながら迎えた共通テスト本番、自己最高点を100点以上更新し、A判定をたたき出しました。共通テスト結果報告会で逆電を繋いで貰い、とても幸せな時間でした!!
2次試験までの間少し気が抜けてしまいましたが、毎日学校に行き、2次試験対策を完璧にしました。
そして、無事合格を勝ち取ってきました!!
一緒に受験を戦った受験生の皆さんの存在、応援してくれた生徒、こもり校長、COCO教頭の言葉で最後まで頑張れました。ありがとうございました!!
そして、まだ戦っている受験生の方もいると思います。最後の踏ん張り所だと思います。皆さん頑張ってください!!
私にとって今そばにいる大切な人は家族です。普段は照れくさくて感謝の気持ちを伝える機会がないですが、この掲示板を通して伝えたいと思います。
幼稚園の頃に白血病を発症して入院したあの時沢山私のわがままを受け入れてくれてありがとう。
お母さん、毎日病院のご飯が食べれなかった私に栄養を考えながらご飯を届けてくれてありがとう。
お父さん、思うように動かせない体に苛立ってきつい言葉を沢山言ってしまった私を暖かい笑顔で見守り続けてくれてありがとう。
お姉ちゃん、親との時間を少なくしてしまったにも関わらず嫌な顔ひとつせず家で私の帰りを待ち続けてくれてありがとう。
妹、沢山1人にして悲しい思いをさせてしまったのに家に帰るといつも笑顔で私を迎え入れてくれてありがとう。4人が私を待ってくれていたからここまで過ごせてきたと思います。
今私は看護師という夢を叶えるため地方へ引越し、一人暮らしをしています。その決断を家族に伝えた時も止めることなく私の夢を応援してくれました。家族には感謝の気持ちでいっぱいです。この掲示板を見てくれるとは思わないけど、私のわがままを沢山受け入れてくれた家族には感謝を伝えたいです。
今まで沢山ありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします!
僕の大切な人はもちろん彼女です!
彼女の好きなところを挙げたらきりがないです。一緒にいて楽しいのはもちろん、甘えたり甘えられたり、お互いにストレスなく過ごせるのは彼女だけだと思ってます。卒業したら高校は離れてしまうけど、これからもずっと一緒にいたいです。
私はコロナ禍以前からずっとマスクをしていました。それは自分の笑顔がコンプレックスだからです。昔からうまく笑えていないことは自覚していました。笑顔が怖い、不気味だと言われることが多く人前で笑顔を見せることが怖くなりマスクをつけ始めました。このままマスクしたままなんだなと思っていました。でも最近学校外でできた友達と出かける機会がありました。そこで一緒にお昼ご飯を食べることになり正直これはまずいと思いました。タイムリーなことにそのこからなんでいつもマスクしてるの?と聞かれたため、全て話すことにしました。
家に帰った後ラインが来て
あとあとあとね!私はコウの笑顔とっても好きだよ!見てるこっちも嬉しくなる!
涙が止まらなかった。今までこんなことを言ってくれる人はそばにいなかったから。これからもこの友達の存在は大事にしていきたいです。
それは、親友です。
その子とは中学生からお互い知ってはいたけど、そこまで離さないような関係でした。お互い人見知りだったから(笑)
高校に上がって初めて同じクラスになりました。そして私たちはびっくりする位仲が良くなりました。
なんというか、一緒にいてとても落ち着くし、とても良い距離感で入れます。
私が何かに困っている時、大変な時助けてくれたりそばに寄り添っていてくれるのはいつもその子です。
あと1年の高校生活、私も恩返しができるように大好きなその子の力になりたいと思っています