「も、もうっ……!お昼までにはお戻りくださいね!」
「わかっているわ。」
慌てているメイドと楽しそうな母親を、少女は交互に見る。
「リヴィ、お出かけかい?」
低いその声の持ち主は少女の父。
「だ、旦那様!」
「ええ、お昼には戻ってくるわ。」
「あんまりメイドを困らせるんじゃないよ。」
苦笑しながら近づいてくる父に、メイドが旦那様もです!と言っているのを少女は目の端に見ていたけれど。
「パプリのこと、よろしく頼むよ。」
「はい、あなた。」
軽くキスを交わし、父は少女の頭をくしゃっと撫で、戻っていった。どうやら、偶然通りかかっただけのようだった。
「行ってくるわね。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
最終的に笑顔でメイドは送り出してくれた。
真っ直ぐに歩けないコクショの昼間
日陰を探してはおぼつかない足元
コンクリートの上で倒れた蝶々
階段の上で干からびたミミズに
なんとなくかけたのはペットボトルの水
太陽が僕の視界に入ったあと
怯んだのは僕か
怯んだのは世界か
生きるか死ぬかの戦いを
今、続けていることを思い出した
この世界がもしも胡蝶の夢だったとして、それを君は証明出来るかい?この世界が全部幻想だとしたら、俺はその中で踊らされてるだけなんだね…
少女は透き通った瞳で見つめ返し、頷いた。
ふと、母の手首につけられたブレスレットに触れる。
「これ、綺麗……。」
母は微笑む。
「これはね、ママを守ってくれるもの。本当は、パプリのパパのものなのよ。」
「ママのはないの?」
「ママのはパパが付けているわ。」
「どうして?」
ふふ,と悪戯めいた瞳は少女をいとおしそうに見つめている。
「それが、愛しているという証だからよ。」
わかったような、わからないような表情を浮かばせる少女の額に、母は軽くキスを落とす。
「もちろん、パプリのことも愛しているわ。」
「パプリも、ママのことが好きだよ!」
もう一度抱き締め合い、母は少女を離す。
「さあ、出掛ける準備をしましょう。お昼までには戻りましょうね、今日はサミットの集まりがあるから。」
サミット? そう、不思議そうな顔をする少女。
「パパの大事な話し合いよ。ほら、大人の人たちいっぱい来ていたでしょう?今回は、パプリの国が会場なのよ。お昼から始まるのよ。」
「もう来ているの?」
「ええ。目には見えないルールみたいなものがあるのよ。」
柔らかく微笑み、改めて準備を始めた。
私から太陽を奪うコンクリートのビルは
今日、過去最大級に大きくなった。
今までにないくらい私を責め
また私の太陽を奪おうとしてくる。
小汚い雑草の私は
太陽がないと光合成ができなくて
死んでしまうの。
そんなことも知らないで
太陽の光をあびる手段を
私から奪おうとしている大きなビル。
決して壊せはしない。決して逃れられない。
大きなビルの影に隠されて
大好きな太陽を見られなくなった私は
生きる意味を失って
誰にも言わずに死んでしまうだろう。
私を失ってから大きなビルは、
自分のしたことを悔やむだろう。
それでも大きなコンクリートのビルは
自分を中心に世界が回っていると思ってるから
自分は悪くないんだと
開き直るだろう。
そして小汚い雑草の私は
キラキラ輝く姉と数少ない友達に悼まれて
死んでゆくのだろう。
缶コーヒーがもうすっかりぬるくなったなあ、なんて思ってると、君が来た。声は、かけない。電車にのって行ってしまった。なぜかけなかった。
*
煌々と燃え上がる暖炉の火が暖かい。パチパチとたまに弾ける赤が、耳に届く。
少女は、母の膝の上から離れ、窓際へ行く。曇った窓ガラスを小さな手のひらで拭いた。
水滴同士が繋がり、雫となって線を描く。窓が泣いているように見えて、悲しくなった。
「お兄ちゃんはいつ帰ってくるの?」
外の、ぼたぼたと落ちるような重い雪を見ながら少女は尋ねた。見渡す限りの白は、王宮の建物や像、アーチなどをどんどんその色で染めていく。白が何にでも染まる色なんて、嘘だ。
「この雪が溶けて、花が咲き始める頃よ。」
少女にはそれが、とても長いものであるように感じた。
「お兄ちゃんは、何をしているの?」
後ろに立った母親は、小さい我が子を撫でながら微笑む。
「国を守っているのよ。」
それがどういう意味なのか分からなかった。ただ、兄に早く会いたいと、それだけだった。
「パプリ、おいで。」
振り返ると、母が手を広げている。だから、少女は吸い込まれるように抱きついた。
母は女性を抱き締めていた腕を緩め、目線の高さを同じにする。そして、少女の赤みがかった頬を両手で包んだ。
「今日は、神殿に参りましょうか。」
最強に強いヒーローじゃなくて、
最高に不様な負け犬のなり方を
模索している。
そっちの方がよっぽどクールだ。
道端の蝉の死骸に、いつの間にか止んでる時雨に、俺の恋も、人生も、こんなもんなのかな、って。
だから、短い生涯を精一杯生きよう、なんて思う俺は、感傷的になりすぎたのかもしれないな。
心の傷は時間が解決すると言うけれど、
僕の心の傷は、もうとっくになおってしまった。
けれど、それでも痛むんだ。
「神経伝達の停滞、神経伝達が鈍っている」
「脳だけでなく身体も同様」
「イライラ」
「怒りっぽい」
「暴力衝動」
「目先のことしか考えられない」
「古い記憶、トラウマにアクセスしやすい」
「頭の切り替えができない」
「芸術的才能がある」
「音楽好き」
「身勝手」
「他者を顧みない」
「ティーチングスキルが低い」
「教えない、教えられない」
「片付けられない」
「根気がない」
「集中力がない」
「記憶力がない」
「思いやりがない」
「言われた言葉を飲み込めない」
「思ったことをすぐに口に出してしまう」
「他者の実績を素直にほめたたえるだけの器量がない」
「前頭前野不活性による情動脳優位」
「原因は」
「老化」
「更年期」
「遺伝的弱さ」
「ストレス」
「生理周期」
「疲労」
「飲酒」
「喫煙」
「薬物」
「栄養不足など」
「領収書はいらない」
もうすべて捨てて君に会いに行こうか
金も勉強も部活も捨ててしまおう
僕には君がいれば十分さ
LINEが素っ気なくても会いに行こうか
無理矢理にでも手を繋いでみようか
無理矢理にでも口を塞ごうか
少しでも愛が生まれないかな、
希望を持ってはダメか?
君を僕に溺れさせたいんだ