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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅢ

瑛瑠より幾分か英人の足は長いため、歩調を合わせてくれているのだと感じた。隣を歩く英人に尋ねる。ほんの少し見上げると、目が合った。
「……デート?」
からかうような英人に、瑛瑠は思わず吹き出す。今日は英人の楽しげな顔がたくさん拝めるようだ。彼は案外よく笑う人なのかもしれない。
わかっているくせに。あくまで私たちは共有者なのよ。
「それもまた一興ですね。」
わかっているから。だから、今だけはこの偽りを形にさせて。
「はやく僕に堕ちておいで、瑛瑠。」
「……いけない人。」
視線を絡ませるも、耐えきれずに笑う。
「これは酷いですね。テーマは何でしょう。」
「堕天使と未亡人。」
「うわぁ、痛い。」
再び笑みを交わし合い、家の前に着く。
瑛瑠はぺこりとお辞儀をした。
「今日はありがとうございました。また、学校で。」
英人は少し微笑む。
「ああ。また月曜日。クッキーありがとう。」
2回、ぽんぽんと瑛瑠の頭を軽くたたいて、英人は踵を返した。
楽しかった。
それが、瑛瑠の感想だった。

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ワタシ

昨晩泣いたことには誰が気づくわけもなく、私はひとり、勝手に闇の中に引きずり込まれてゆく。あいにく昨日も今日も連続の雨だった。

理性の雲をつくって悲しみの雨と一緒に降らす、そしたら雨は心のままに、ではなくなる。僕は僕の思い通りにいかなくなる、その姿で"集団"をやり過ごす。

今日は元気ないね、あの子。
心配されてるの?

羨ましい

お前とは一生話さねぇ。

心が痛いから休むだって?私の心も痛いの、気づかないでしょう、誰も。

(言わないと伝わらないこと、わかっていないふりをして今日もあなたが私のことを、心配してくれないかって、うすうずしている、わかりづらすぎるSOS、あきれたよ、一人称さん。)

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目を閉じる

夢を見ていたい
ずっとずっと
手を繋いでわっかになって
きみと笑っていられたら
それで良かったのだ

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そういえば今日は、向こうの城でも結婚式が行われていた

無責任なあの笑顔に、ずっと首を絞め続けられている。ついぞ書き上げることの出来なかったあの話、その一節ばかりが脳裏を巡る。ばしゃんと下品な水柱を立てて青の舞台へ入場した僕の身体は、彼女から貰ったあれやそれで一杯のリュックを重りにみるみる沈んでいく。

ソーダのグラスに鎮座する氷には、すべてがこんな風に見えているのか。歪んだ月光で満ちた水面にそんなことを思う。美しさを言葉に昇華させたくなるのは、物語を作る者だけが患うことの出来る病だ。──病人で在ることを辞められなかったばかりに、彼女を失ってしまったわけだが。

孵る気配のないたまご作家の廃棄を決行した彼女は今、別の男と誓いのキスを交わしている。いかにも金を持っていそうな面をした、いけ好かない野郎だった。今日をもって正式に夫婦となる奴らめのお陰で、僕はこれからこの世界から居なくなるのだ。

穏やかに最低な気分だ。吐いた溜め息は星のような丸に形をなし、届くはずもない夜空へ向かって昇っていく。のを、眺めていた、ら。どぶんと鈍い入場曲と共に、大きな花のようなものが落ちてくる。とうに感覚のない両腕でどうにか受け止めたそれは、──ドレスを身にまとった『何か』だった。

性別は女であろう『何か』は短刀を握り締めていて、人と魚との間をさ迷いながら、煌びやかな布の中でしゅわしゅわと溶けていく。この世のものとは思えない光景だから、此処はもうこの世ではないのだろう。ふっと笑ってしまったのが伝わったのか、胸に抱いた『何か』は不思議そうに僕を見やる。

ごめんね、なんだか、愛しくて。声は音になんかなりやしなかったが、彼女と似た色の瞳にそう言った。下がる眦はますます彼女に似ている。さよならのない世界へ生まれ直して、また会おう。鼓膜に響いた甘い夢がどちらの唇から零れたものなのかは、もう分からなかった。

無責任なあの笑顔に、ずっと首を絞め続けられている。ついぞ書き上げることの出来なかったあの話、その一節ばかりが脳裏を巡って、──瞼を閉じる。次に目が覚めたとき、きっと僕はあの話を完成させている。泡沫に塗れたこの景色を言葉に昇華させて、彼女に読ませてやれたら。

幕を引いていく意識の中、抜けるような真珠の爪先だけが泣きそうに鮮烈だった。

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言語

みんなの話し声が 笑い声が
違う言語に聞こえる

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これは恋じゃない
なんて、思えないの
貴方を見るたびに
高鳴る鼓動や
上昇する体温を
どう説明するの?
こんなの好き以外の何ものでもないよ
ただただ
貴方のことが大好きで
たとえこの距離が近づかなくとも
いつまでも大好き
貴方の全部が好きすぎて
たまらない
貴方が私を見てくれるなら
死んでもいいってくらい
貴方は私の全てなの
もう貴方の虜なんだ

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綺麗な物語だった。

そんな話を聞いて思い出した。

僕は本当は、

本当に本当に

僕のことが大嫌いだってことを。

どうにもこの心じゃ、

汚すぎるのだ。

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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅡ

鞄の中から、チャールズに渡されたクッキーを取り出す。
きっとチャールズは、英人がすべてもってくれることを見越していたのだろう。チャールズは支払う側の立場だから。
そのお礼。相変わらず用意周到な付き人である。
「これなら、受け取ってもらえますか?」
できれば、自分で選び自分で用意したかったが、仕方ない。瑛瑠はまだ経験が浅いのだから。
「今日付き合っていただいたお礼です。」
男の顔をたてろと言われたから、あえてそれに対しては言わない。
「ごちそうさまでした。」
たぶんそれは、この一言で伝わるだろうから。
ほんの少し困ったように微笑み、良い彼女だなと言われる。
後半をデートだと言ったのは自分なので、なかなか引っ張るなと思った突っ込みは口にはしない。
街灯に光が灯り始めた。
再び歩を進める。
「また誘ったら、付き合ってくれますか。」

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小声で

見てくれてる人がいた
ただそれだけでいい