「ねえチャールズ。」
リビングのテーブルでノートを広げ、ペンを走らせながら同じ部屋にいる付き人の名を呼ぶ。
「なんでしょう。」
こちらも本を読みながら、顔を上げずに応える。
「私、疲れてしまったのだけれど。」
「お茶にします?」
「いいえ、チャールズにします。」
は?
思わず顔を上げたチャールズが瑛瑠の方を見ると、ペンを置いてうんと背伸びをしていた。
そして、深呼吸したと思ったら、手を広げている。
チャールズは思わず笑ってしまう。意図を汲み取り、本を置いて手を広げた。
すると彼女は嬉しそうに笑って飛び込んでくる。ぎゅうっと込められた力は、苦しいくらいだ。
「疲れはとれそうですか?」
「ん、もうちょっと。」
ハグには癒しの効果があるなど、どこかで聞いたフレーズを思い出した付き人の午後。
子どもだけで川で遊んじゃいけません
この公園でボール使っちゃいけません
夜中に遊んじゃいけません
1人でお留守番しちゃいけません
1人で外へ行っちゃいけません
いけません、いけません、いけません
これもだめ、あれもだめ、それもだめ
じゃあぼくはどうやっていきてったらいいの?
なんて言ったらいいかわからなかった
言うことなんて、言いたいことなんて
ひとつもなかった気もするし
そう言いながら
ペンをくるりと左手で回す
「それでなんて言ったんだい?」
ああ、それで結局なにを言うでもなく
笑って誤魔化したよ
「今みたいにかい?」
うん 嘘だった 嘘を吐いた
答えとしてはちょっと
ズレたものを提出した
笑って誤魔化しはしたが、それは何も言えなかったからではなくやおいの会話のなし崩し的な終着点だ。仕方がない
「きみがわるいね」
すきだと
ただそれだけで
君をみつめていられたあの頃が
どんなによかったか
いざ君と望んだ関係になってみても
心を占めるのは嫉妬や自己嫌悪ばかりで
どうにもならない
美しくない心
虚ろな流し目に遠く映した
細雪に落つる唐紅の残像
玉響にぽつりと消えゆるか
小風にひらりひらりと舞わせるか
会いたいなんて言わないわ
陽炎に浮かべた後ろ姿
滲み霞んだ星月夜
紅色に落とした最後の口づけ
『喜び』なんて一瞬で消える感情だ
分かっていても その感情に浸りたいのが
『人間』だ
これは僕の独り言
だいすきだよ
貴方に
この歪んだ愛を
押し付けられるのは
金曜日の夜
ベッドの上だけ
だいすきだよ
泣いちゃうくらいには
ははは
笑える
馬鹿みたい
ほら
またその左手の薬指の煌めきが
私を睨む
あぁ
それでもやっぱり
だいすきだよ
結月視点
翌日、学校に行くと、玲がソワソワしていた。
そこで、休み時間に四人で、話すことにした。
「で、玲はなんでソワソワしてんの?」
聞いてみると、
「いろいろと、複雑だな、と思いまして。」
と返ってきた。
「敬語と班長呼びやめろよ。あと、結月って呼べ」
と言うと、「むむむ、無理ですよ!」
と言われた。
「じゃあさ、せめて僕のこと結月って呼んでよ。」と言うと、「班長呼びは、ダメなんですね…」と言われた。
「当たり前でしょ!」と時雨ちゃんが言う。
続けて、美月も「そうですよ!」と言う。
玲は、諦めたのか、
「…結、月さん」と、小さな声で言った。
「照れてんの?」と聞くと、赤くなりながら、
「照れてないです!」と言うのでこっちが恥ずかしくなってしまった。
「こっちが恥ずかしいから、赤くなりながら、言うな。」と言ったら、玲は、困ったように首をかしげた。
【続く】
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イカとにゃんこより
君が急に
離れた
置いてかれたペンギンのぬいぐるみと
一緒に行った水族館の写真
おそろいのトレーナーと
君の置き手紙
案外泣かずとも捨てることができて
それが一番悲しかった
前日 お風呂の中で
毛の処理をする
服を選ぶ
その作業がたまらなく愛しかった
君が隣にいなくとも
心から笑えるよ
ただ 今は いない君を想って
心からないてる。
一輪挿しの硝子の色
紅を引いた薄い唇
三日月はどこで笑っている
牡丹柄の裾を靡かせ
ちりめん細工に恋慕を寄せる
今宵貴方が御座すなら
明日の朝日さえ隠したい