わたしは、正直目の前で何が起きているのか分からなかった。
ただ1つだけ分かるのは、ネクロマンサーとコマイヌにとってかなりの異常事態が起きているということ。
2人がここまで驚いているのなら、かなりの状況に違いない。
一体2人は何にそんな驚いているのだろうか。
―まさか。
いや、さすがにそれは考えすぎかもしれない…でも。
もしやと思って、わたしは美蔵の方を見た。
「ねぇ美蔵…」
そう言いかけた時、ほんの一瞬だけ美蔵と目が合った。
―次の瞬間、不意に目の前が真っ暗になった。
意識を失ったとかそんなのじゃない、意識を保ったまま、周りが何も見えなくなったのだ。
その直後、何も見えない真っ暗な世界で声が聞こえた。
「―ずらかれっ!!」
え?、と声が聞こえた方に目を向けた数秒後、またさっきのように周りが見えるようになった、が。
ラムネ瓶に屈折する光
五月蝿いアブラゼミ
古ぼけたカメラと
ファインダー越しの君
この時を、この夏を
大切に切り取ってゆく
夜になって 川に沿って
君と歩いて 犬が吠えて
俺はなんか 幸せだね
だってこんな 低い天井の
空 抱きしめられるのさ
みんなママを思い出して眠るような
そんな夜に
そんな夜に君といて
そんな夜に
そんな夜に君に触れていられるから
信じて 笑われて
それでも 歌ったりして
俺はなんか 馬鹿なんだね
だけど こんな厚い雲の上に
いる気分に やつらはなってる
君はどうだ。俺の横で目を合わしてくれるかい
こんな夜に
こんな夜に手を握って
こんな夜に
こんな夜に君と笑っていられるかな
みんなママを思い出して眠るような。そんな夜に
そんな夜に
そんな夜に
そんな夜に君といて
そんな夜に
そんな夜に君に触れていられること。
俺はなんか。幸せだね。
そういう訳で、僕の家まで来たわけなのだが。
「チャチャさん、アパート暮らしなのですね」
「うん…ってあれ、鍵が開いてる。出るときに鍵をかけ忘れたかな?」
「……もしかして中に誰かいたりして」
「はっはっは、そんな馬鹿な。大体止まった時の世界で動ける人間なんて……え」
「そういうことなんでしょうねぇ」
「ええ……。けど僕の部屋の鍵を開けられる人間なんて、僕自身と、あと……もしかしてあいつ、いやまさか、そんな都合良く周りの人間が能力者なわけ……」
「どんなご都合主義でも起こり得るのが小説ですから」
「あんまりメタいことを言うなってば」
そして戸を開けてみると、中には僕のよく知っている人間が寛いでいた。
「よォ。遅かったじゃあないか。待ちくたびれたぜ、フッシー」
「……お前だったのか、鈴木」
「あれ、この人は確か」
「あれその子。おいフッシー、お前ついに……」
鈴木の野郎が安芸ちゃんと僕を交互に見て、僕に何とも形容し難い眼を向けてきた。
「違うから!そういうアレじゃあないから!」
…相変わらず、美蔵は意味の分からない事を言う、そう思った。
多分、進学した中学でもそういう事を言っているのだろう。―そして周りを困らせているに違いない。
―やっぱり、彼は昔とそこまで変わっていないんだなぁ…
そう自分の中で呟きかけた時、不意に路地の角から飛び出してきた人物と目が合った。
目が合った瞬間、わたしは少し凍り付きかけた。
というのも、その人物の目は恐ろしく鮮やかな赤紫色をしていたからで。
「…!」
赤紫色の目の少女ネロ…じゃなくて”ネクロマンサー”は、わたしと目が合った瞬間、戸惑ったように目を丸くした。
「…やっと見つかっ―え?」
ネクロマンサーに遅れるような形で角から出てきた”コマイヌ”は、わたし、というか美蔵の方を見た瞬間にぴたりと動きを止めた。
「え、は?、なんで…」
コマイヌはこの状況が呑み込めないのか困惑しきっていた。