どこへ行ってもチョコレートのかおりがする町の
世界で一番おおきなチョコレート工場の
世界で一番おおきな煙突のてっぺんに
まっしろな翼を風になびかせて
その子は座っていた
「まあ、こんな風に話しているけど、たくさん努力しての結果だっただろうからね。やっぱり今でもその先輩のことは尊敬している」
「先輩も同様ですよ」
まったく、この子はこういう子だ。
「さっき、先輩に目をかけてもらえたって話したけど、別に依怙贔屓だったわけじゃない。厳しいことを言われたこともあるし、私のことで頭を悩ませてしまったこともある。でも、そういうことをしてもらえていたってことは、やっぱり目をかけてもらえていたのだと思うんだ」
はい、と一言だけ相槌をうってくれた。ちゃんとわかっていますよ、そんな風に聞こえた。
少しだけほっとした気持ちで続ける。
「部活では、その先輩と同じ楽器だった。本来であれば、私はその楽器じゃなかったかもしれないんだけどね」
「それはなぜ?」
「ありがたいことに、先生が直々に別の楽器やってくれないかってお願いに来たんだ」
「先輩、やっぱりできる子だったんですね」
「元々、ちょっと音楽かじってただけだよ。でも、私ははじめからずっとやりたい楽器決まっていたから、どうしても渋ってしまってね」
察しのいい後輩は、目をきらりと光らせる。
「そこで、例の先輩の登場ですね」
いつか 僕は君の思い出になる
僕よりもふさわしい誰かと出会って
恋をして 愛し合って
世界で一番幸せになる
必ずそうなる そうであるべきだ
やがて 世界で一番幸せな君は
世界で一番大切な子供に
思い出話をするだろう
その思い出が 素敵なものであるように
僕はいる
今、君といるよ
『キャンディー食べる?』
「あ、はい。いただきます。」
悪いんだけど、また部屋の掃除手伝ってくれないか。飯おごるから。
はあ。彼女さんにはそういうの頼めないんですか。
俺の彼女、そもそも片づけられない人だから。
なあ、これは萌えるゴミでいいのか?
えーと、そうです。お兄ちゃんのばかぁっ、は萌えるゴミです。
んじゃこれも萌えるゴミだな。
違います。お兄ちゃんは、ばかは萌えないゴミです。
まじかぁ。やっぱりお前に来てもらってよかったわ。……猫耳は萌えるゴミだろ?
もちろんっす。
うさ耳は?
んー、俺もどっちかよくわからないっす。
これはとっとくか。何かに使うかもしんないし。
そういうのが駄目なんですよ……萌えないゴミでいっちゃいましょう。
お前、やっぱり頼りになるなあ。
ホルモンの分泌がさかんになる思春期に問題行動を起こす者が多くなるのは誰もが知っているが、問題行動を起こさない者もいる。なぜだろう。
問題行動というのは基本的に男性的な攻撃性に由来するものである。
男性的な行動パターンを示すかどうかは基本的には先天的な男性ホルモンの暴露量に左右されるが、後天的な男性ホルモンの分泌も、男性的行動パターンに少なからず影響する。血中男性ホルモンが脳に作用するからである。もちろん完全に脳が男性化するわけではないから、思考パターンは女性のままである。
男性ホルモンが男性寄りの女性脳に作用すると、女性的な自己防衛心理、排他心理に男性的攻撃性が加わるため、いわゆるいじめ、言語での攻撃につながる。つまり脳と身体のアンバランスが問題行動につながるのだ。
ところで僕は思春期だ。思春期の僕は当たり前のように恋をした。なぜなら思春期だからだ。
で、僕はある日、決心して告白した。相手は同じクラスの同級生。好きになったきっかけは、可愛かったからということもさることながら、趣味が合ったから。まあ、思春期の恋なんて自己同一視の産物だってことはこんな僕でもわかってる。いやどんな僕なんだよ。そんな僕。
彼女の返事はオッケーだった。が、すぐに別れた。彼女は僕と別れてしばらくしてから、一コ上のバスケ部のキャプテンとくっついた。
恋に疲れた僕はいま、塾のない日は、お母さんの家事の手伝いをしたり、お父さんとCSの洋画を見たりして過ごしている。
低血圧と朝の弱さに因果関係はないというのが医学界では常識らしい。
果たして本当に関係ないのだろうか。
脳には大脳動脈輪というのがある。
脳への血流を維持するための血管である。
大脳動脈輪の太さ、形には個人差がある。爬虫類なみに貧弱な人もいる。
大脳動脈輪が貧弱だと、脳への血流量のコントロールが大脳動脈輪がしっかりした人と比べ困難となる。
寝起きの悪さには、大脳動脈輪の貧弱さが関わっていることは間違いないだろう。
寝起きが悪い人は頭痛持ちであることが多い。
血流量のコントロールが上手くいかないから頭痛も起きやすいのだと考えられる。
そこに低血圧が加わるとどうなるか。
そういうことである。
低血圧でも、大脳動脈輪のしっかりした人は寝起きがいいのだろう。
大脳動脈輪が貧弱であるということは、遺伝的なものなのか、胎児期の環境によるものなのかはわからないがとにかく、細胞分裂に問題があったということである。
そもそも自律神経に問題があるから低血圧になるわけで、自律神経のバランスが崩れやすいような人は脳にも問題がある可能性が高いから、低血圧だから寝起きが悪いというのはあながち間違いではない。
したがって、寝起きの悪い人はあまり長生きできないと考えられる。
わたしの妻は朝が弱い。
頭痛持ちでもある。
中学を卒業後、食品工場に就職したが、朝起きれないから、と一週間持たずに辞めてしまったそうだ。
それからアルバイトを転々とし、最終的に夜の仕事に落ち着き、足しげく通ってくれる客とつき合うようになり、結婚して、専業主婦となった。その客は、もちろんわたしだ。
専業主婦だが妻は、朝食も弁当も作ったことは一度もない。昼過ぎまで、死んだように眠っている。
朝が弱くなかったら妻はわたしと出会っていなかったわけだから、よしとせねばなるまい。
ちなみにつき合い始めたころ、妻はまだ十七歳だった。妻とわたしは、二五歳違いだ。
妻は家事は必要最小限のことしかやらないのだが、よしとせねばなるまい。
「縄張り意識の強い野生動物も、動物園で多頭飼いされると縄張りを主張しなくなる。田舎は野生、都会は動物園だ。君は田舎と都会でどちらで過ごしたい?」
「都会だな。いまの田舎は半野生みたいなものだから」
「そうか、僕は田舎へ行くよ」
オチは、わざわざ書くまでもないだろう。
「死ね!」
嫌です。僕にはまだクリアしてないゲームも読んでない本もある。もう少しヲタライフをエンジョイする。
「殺すぞ!」
やってみろ!全力で逃げんぞ!
「バーカ!」
馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞバーカ(思いっ切りブーメラン)!
かなりオブラートに包んでくれたなと思う。質問なんかじゃない、断定だ。
「ご名答。目をかけてくれた先輩が、すごい人だったんだよね。使い古された表現に甘んじるのなら、文武両道を絵にかいたような人、かな」
「……その先輩についてのお話なんですね」
私の昔話と自分の話の接点を見つけたらしい。
私は何も言わず微笑んだ。
「本当にすごい先輩だった。学年でトップの成績で、部活内でも1,2を争うほど楽器も上手で、個人でも成績を残していて、交友関係が広くて、可愛い彼女がいて、医者の息子で」
涼花は笑う。
「最後のいります?」
「あったほうが面白いでしょうに」
二人でひとしきり笑うと、涼花が先に口を開いた。
「にしても、マンガみたいな人がいるものですね」
「本当にね。思い出しながら挙げていったけど、改めてスペック高かったんだなと思ったよ。唯一欠点を挙げるなら、身長に恵まれなかったことかな」
私より10センチは高かったけどね。
涼花はまた笑った。