「てなワケでどうだい?」
俺と…と少年が言いかけた所で、わたしはこう言い放った。
「お断りさせて頂きます!」
わたしはそう言って再度彼の横を通り過ぎようとした。
だが彼にまた足止めされてしまった。
「…どうして」
「どうしてそこまでするのか、と聞きたいのだろう?」
少年は不意に呟く。
わたしは驚いた。
というのも、わたしの言おうとした事をそっくりそのまま発したのだ。
「…何?」
どういう事なの?とわたしは困惑する。
「どうしてわたしの言おうとした事が…」
「分かったの、てか?」
少年はそう言って被っていたフードを外した。
わたしは目の前の光景に息をのんだ。
…少年の目が、鮮やかなコバルトブルーに輝いている。
「人の本性なんて案外分からないものだろう?」
「そんな事言われても」
わたしは思わず言い返す。
「怪しいと思うものは仕方ないでしょう?」
彼が不気味に思えて来たわたしは、彼の横を通り過ぎようとした。
しかし、彼が立ち塞がって来た。
「おっと」
少年はわざとらしくそう言う。
「こっちの話はまだ終わってないぞ?」
少年はそう言って笑った。
「良い人のように見える奴が案外そうでもなかったり、逆に怪しく見える奴の方が意外と良い奴だったり…そんな事もあるんだぞ」
だから俺も、君が思うより怪しくなかったり…と少年は続ける。
「えぇ…」
わたしにはそれが単なる言い訳のようにしか聞こえなかった。
何が起こっているのか分からなくて、わたしはそれ位しか言えなかった。
「え、俺?」
少年はポカンとする。
「まぁ…通りすがりの人間だよ」
そんなに怪しい奴ではないさ、と少年は笑った。
「はぁ…」
呆れ果てたわたしはそれしか言えない。
「…で」
何で君はそんなに逃げるんだい?と少年はわたしに聞いた。
「ちょっと話をしようとしか言ってないのに」
君ちょっとビビり過ぎじゃない?と少年は言った。
「いや、だって…」
わたしは引き気味で呟く。
「…どう見ても怪しい人じゃないあなた」
わたしの発言に対して、少年はうーんと首を傾げた。
「本当に怪しい奴だと思うかい?」
ほぼ初対面なのに、と少年は続ける。
そういえば、私にはこの部屋がずたぼろの廃墟に見えているけれど、他の人にはどう見えているんだろうか。
「宮城さん宮城さん」
「何でしょう」
「この部屋の中、どんな風に見えてます?」
そう訊くと、宮城さんは少し考えてから、こう言ってきた。
「……そうですね。その場から前に2歩、左に3歩、少し大股で歩いてください」
何が言いたいのか分からないが、とりあえず言う通りにしてみる。
「言う通りの場所に来たけれど……?」
「はい。私の眼には今、宮嵜さんがローテーブルと重なって見えてます」
「……? それはどういう……」
「私の能力は、所謂『霊感』なんです。もっと正確に言うと、『見えてはいけないものが見えてしまう』、そういう能力なんです。まあ、家具の霊というべきか、部屋の記憶というべきか、そういうものが見えてるんでしょう」
「…………え、それ、私大丈夫?」
「今大丈夫なら大丈夫なんじゃ無いんですか? ヤバいものだろうと、そういうのは大体、認識できているかが問題なんですから」
「あっはい」
あと、今話を聞けるのはあの男性とトモちゃんくらいだけど、トモちゃんの周りでは相変わらず変な腕がうぞうぞしていて近付きたくない。
「あー、トモちゃんだぁー」
昨日のあの少女が突然部屋に入ってきた。トモちゃんに体当たりするように駆け寄り、また高い高いされている。
選択肢は増えたものの、実質増えていないので仕方なく、あの男性に訊こうとしてみると、いつの間にか部屋の壁際に誰かが立っているのが目に入った。せっかくだし、家主じゃないあの人に訊いてみることにしよう。
「あの、すみま」
「ストップ」
宮城さんに強く肩を掴まれ、思わず口を噤む。咄嗟に動けないでいる私の横を通り過ぎ、宮城さんはその人の目の前で振り返り、壁に寄りかかった。宮城さんとその人の身体が重なるのを見て、ようやく理解できた。
「あー……」
宮城さんはサムズアップをこちらに示し、私の横に戻ってきた。
「どうですか?」
宮城さんが訊いてくる。多分奴の事だろう。
「さあ……もういませんね」
「そうでしたか。それなら良かったです。私に見えるってことは、そこまで良いものじゃ無かったんでしょうから」