「…邪魔だなぁ…」
律はため息をついた。昔から妙に律の家は化け物に好かれがちだった。今も、湯船を巨大な金魚が一匹で陣取っており、謎の粘液が風呂場をべったりと汚していた。
「帰ってくれないかな…」
呟きながら湯船に溜まった水を抜く。金魚が慌ててビチビチしだしたが、気にしない。
「ア…アアア…」
気にしない。
「…あれ…シャワーヘッドに血…」
触ってみると、熱かった。脊髄反射で手が引っ込むくらい熱かった。
「…あっつ」
律は渋い顔をして雑巾で血を拭き取る。
(しかし何の血なんだ…金魚のじゃあるまいし)
暫く拭いていると、湯船にいた金魚が凄い勢いで縮み始めた。律はなんとなく申し訳なくなり、桶に水を入れ、金魚をつまんで桶に放った。
「ア」
不意に律の足に、生温い何かが触れた。
「…?」
見下ろすと、そこにいたのは小さな人魚だった。
「今日は誰がやる? 私はこの間やったし、みーちゃんで良いかな?」
「え、良いの? たすかるー」
腰のホルダーから包丁を2本抜き、ミズチは弾んだ声で言った。
「おい待てェぃ女子共。リーダーの意向を聞い」
2人を諫めようとしたラムトンの言葉は、インバーダの放った光線によって、胸の高さで身体を両断されたことで中断された。
「あ」
「あ」
「……てから動けって言おうとしたんだよ」
分断されたラムトンの上半身が、構わず言葉を続ける。
「で、どうすンだよリーダー」
ラムトンに問いかけられ、サラマンダーは即答した。
「うん、みーちゃんに任せようと思う。それが一番手っ取り早いしね」
「はいはいリョーカイ。それじゃ……」
ミズチはインバーダに向けて歩き出しながら、首にかけたストップウォッチをスタートさせた。
「……よし、みーちゃんはスイッチ入ったね。おれはみーちゃんの援護に向かうから、くーちゃんは……」
サラマンダーがククルカンに目を向けると、ラムトンの下半身を引きずり、傷口同士を宛がおうとしているところだった。
「……うん、言わなくても分かってるみたいだ」
サラマンダーは苦笑し、インバーダに向けてクラウチングスタートの姿勢を取った。
たった一冊の本、
たった一つの作品で、人生が変わるって、信じる?
__僕は。
「此処」に入った瞬間。
人生がもう一度。
回り始めた。
僕らが現場に向かうとそこには。
ぐるぐると一ヶ所を回り続けるクリアウルフの姿が
あった。
「マスター、あれは...!」
「うん、群れの長が亡くなった時に見られる行動だね。おそらく、先日のクリアウルフが長だったのだろう。...チッ、アリスめ、此処迄想定済みか。」
また「アリス」か...。
誰なんだ、敵、の様には見えない。
かと言って、味方や旧友には見えない。
「本当に何者なんだよ...。」
「はぁ、私の詮索より先にする事があるだろう?ほら。」
思った事が口に出てしまったらしい。
釘を刺されてしまった。
彼女はヒョイ、と訓練用の杖を放る。
「さぁ、仕事だよ。」
「行ってきます。」
「うん、気をつけてね。」
桜音は早々に朝食を食べて登校班へ向かう。
「おはよう桜音!」
「御早う御座います班長。」
登校班班長、白峰百合子(しらみねゆりこ)。
今は桜音と組も違い、特に手を出す事も無い。が、去年は桜音を筆頭に、数人の生徒を不登校、転校に追いやっていた。
「そー言えば、今日は転校生来るんだって〜!」
「ふーん、あ!そうだ!ねぇ桜音...。」
(滅茶苦茶嫌な予感がする...!)
「転校生の案内、あんたがやってよ!クラス同じみたいだし!」
(あーあ...)
「そーしーてェ……」
今度は大きく振りかぶってから、右手を振り抜いた。すると一瞬の後、幽霊が弾け飛んで消滅した。
「こうよ。全力の殺意ぶち込めば、小さい幽霊くらいなら殺せるし、できないまでも動きを止めるくらいはできる」
「は、はぁ……」
「君は精神もタフな方だし、多分モノにできると思うよ。『おれのほうがつよい!』って気持ちがカギだぜィ?」
「なるほど……?」
上手く理解できてはいないが、完全に飲み込む前に種枚さんに手を引かれて立ち上がった。
「それじゃ、早速特訓に行こうじゃないか」
「はい……しかし特訓とは?」
「私に向けて殺意を発してみるんだよ。流石に適当な霊体を実験台にして敵対されるのはマズいからね」
『おれのほうがつよい』って気持ちが重要と言いながら、どう考えても自分より強い彼女に、どう殺意を向けろと言うんだろうか。
結局この日は日没の直前まで、彼女と特訓することになった。