「やっと見つけた‼︎」
会いたかったぁと蛍は女に抱きつく。
「ママ、本当にどこい…」
蛍はそう言いかけた所で女はほ、蛍!と大声を上げた。
「勝手にあそこから動いちゃダメって言ったでしょ‼︎」
探したじゃない!と女は怒鳴る。
「え、でもママ急にいなくなるから」
「言い訳するんじゃない!」
蛍の言葉を無視するかのように女は続ける。
「ママだって、ママだってねぇ…」
女が震えながらそう言うのを見て、思わず露夏が2人に近付く。
「…ちょっと、蛍のお母さん」
露夏がそう声をかけると、女はな、何よあなた‼︎と驚く。
「ちょっと言い過ぎじゃないですか?」
蛍は母さんが急にどこかへ行ってしまったって言ってるし、と露夏は呟く。
「アンタの方にも非が…」
「何よわたしが悪いって言うの⁈」
わたしだって大変なのよ‼︎と女は声を上げる。
「アンタみたいな子どもの分際で、言えると思ってんの⁈」
女がそう言うと、露夏はうっと後ずさる。
時間を僅かに遡り、大穴の底。
犬神の力によって突如発生した落下に、種枚は即座に対応し、受け身を取ることで無傷で着地していた。
「じゃあキノコちゃん! いつも通りのルールね!」
「あァ、互いに全力で1発ずつ。押し通せた方の勝ち」
犬神に答えながら、種枚はパーカーを脱いで腰に巻き直した。
「さあ来な、犬神ちゃん。真ッ正面からブチ抜いてやる」
ファイティングポーズをとる種枚に対し、犬神はニィ、と笑って煽り返した。
「キノコちゃんみたいなパワーのある子はさぁ、こんな簡単な事実をついつい忘れちゃうんだ」
2人の頭上を覆っていた土砂の塊が、より密度を増して凝縮される。
「良い? キノコちゃん。……『重い』は『強い』なんだよ」
上空の土砂塊を制御するため上空に向けていた手を、勢い良く振り下ろす。
それに従って、土砂塊も種枚の頭上に向けて高速で落下し始めた。
「……分かってるさ、そのくらい」
対する種枚は呟き、体勢を変えた。左脚を前、右脚を後ろに半身に立ち腰を落とし、五指を僅かに曲げた右腕を大きく引き、左腕は身体の前方で肘を直角に曲げ、地面に対して水平に構える。
「【惨輪爪】」
そして土砂塊との距離が1mを切ったのとほぼ同時に、右足で強く踏み切り、左足を軸に高速で回転し始めた。
回転の速度と形状は、遠心力で自然と伸びた両手の先、計10本の鋭く伸びた爪を起点として、破壊力を生じた。更に彼女の放つ純粋な殺意が乗ることで攻撃の威力は遠心力に乗って周囲広範に伝播し、範囲的な破壊を瞬時に発生させ、その余波で頭上に迫っていた土砂塊をも砕き飛ばした。
港からの道中、時折遭遇する島民に挨拶しながら、キュクロプスの住居に向かう。
実際に近くまで来てみると、それは思っていた以上に巨大だった。
1辺当たり30m以上はありそうな巨大な立方体。壁に触れてみると、どうやら何かの金属でできているようだった。
ふと思い出し、スーツのポケットから手帳を取り出す。前任者から聞いていた、キュクロプスについての情報やアドバイスをまとめているものだ。
・作業場(箱形の建造物)から作業音が聞こえてこなかった場合、東側に隣接した小屋(居住スペース)を尋ねること
“作業場”の扉に近付くが、中からは何も聞こえない。壁に手を付きながら東側に回ると、木材と煉瓦でできた、どこかメルヘンチックな雰囲気の小屋があった。
西側の壁は“作業場”にぴったりと接しており、扉のあるのと同じ側の壁には、遮光ガラスの窓が1つ。周囲を1周したところ、他に窓は無いようだった。
とりあえず扉の前に立ち、再び手帳を確認する。
・小屋に入る際は、扉に設置されたノッカーを叩くこと
扉には、日本では珍しい金属製のノッカーが取り付けられていた。重い金属環を握り、3度扉を叩く。反応は無い。ドアノブに手をかけると、施錠はされていなかったらしくあっさりと開いた。
時、9時30分。場所、老人の家の廊下。
運動能力の回復のため、今日も廊下を往復しようと部屋を出た時、玄関の方であの老人が怒鳴る声が聞こえた。
あの老人と共に過ごした時間は決して長かったわけでは無いが、あの善人が怒鳴るなんて何があったのか、疑問に思いそちらに歩いていくと、老人は客人と相対していた。
客人は2人。1人は、ひょろ長い体格の、背の高いスーツ姿の若い男。もう1人は、薄着の和装に身を包んだ、どこか軽薄そうな雰囲気の少女。男の方は知らないが、こちらはよく知っている。我が愛しの相棒、荼枳尼天、ダキニだった。
その姿を見とめた瞬間、ほとんど反射的に駆け出していた。十分に回復していなかったせいで転びそうになったが、ダキニが素早く抱き留めてくれた。
何故ダキニがここにいるのか、彼女に尋ねた。彼女によると、どうやらわたしやダキニの体内には、位置情報の発信機が埋め込まれているらしい。それならもっと早く迎えを寄越すこともできたと思うけれど。
ダキニとこの1週間弱、何があったのか話しているうちに、老人はあのスーツの男を家に上げていた。とりあえずダキニと連れ立って、彼らが入っていった居間に向かう。
その短い道中、再びあの老人が怒鳴る声が聞こえてきた。
少しずつ意識が薄れてきた頃、遠くから私に向けて声がかけられた。
「おい、そこの化け物! お前、ベヒモスだろ!」
そちらに目だけを向けると、相変わらず拘束具まみれのままのフェンリルが立っていた。
「やっぱりそうだな、やけに大人しいと思ってたんだ。お前の性格っぽい。ちょっと待ってろすぐ片付ける」
「っ……!」
建物だけは巻き込まないでくれ、そう言う前に彼は片手を振るった。その余波で、周りにいたインバーダ達は塵と化した。
「…………⁉」
今起きた状況に驚愕しながらも、人型に戻る。身体の至る所に鈍痛や痣、切り傷が残っていた。
「その建物、守ってたんだろ? 流石に壊さねえだけの良識はあるさ」
駆け寄ってきたフェンリルはそう言いながら、民間人が入っていったあの建物を指した。
「……そうだ、あの人たち!」
無事だろうか、中で崩落でも起きていないだろうか、そう思って、急いで中に入る。
痛む身体に鞭打ち、中に入っていくと、奥の方であの人たちは一塊で蹲って震えていた。どうやら怪我などは無いみたいだ。
「大丈夫ですか、皆さん! 外のインバーダはもう倒しました!」
民間人の1人が顔を上げる。セーラー服姿の女の子だった。中学生だろうか、高校生だろうか。
そんなことより、彼女は目に見えて怯えた表情で私を見返していたのだ。
「……皆さん今のうちに外へ、早くここを離れ……」
彼女の表情は気にしないようにしながら言おうとして、建物の奥、民間人たちの死角から、1体のインバーダが迫っていることに気付いた。大きな蜥蜴のような姿のインバーダが、音も無く壁を這い、みんなに迫っている。
「な、何?」
ビーシーは震える声でそう呟く。
「おいおいマジかよ…」
イフリートは青ざめた顔でそうこぼす。
「>{”;‘]=}“|’$[€<‼︎」
ゲーリュオーンはまた叫び声を上げると、今度は3人に向かって突進した。
デルピュネーは再度バリアを張ったが見事に破られてしまった。
「!」
イフリートは咄嗟に目をつぶって身構えたが、すぐに自分の身体が吹き飛ばされないことに気付いて目を開く。
そこには両手で怪物の拳を受け止めるビーシーの姿があった。
「ビィ!」
イフリートが思わず叫ぶと、早く、逃げて…とビーシーは絞り出すように呟く。
そしてビーシーの身体が光を放ったかと思えば、巨大な亀のような怪物に変身した。
「⁈」
突如出現した怪物の甲羅に拳を弾き返されて、ゲーリュオーンは驚いたようなそぶりを見せる。
「ビィ…」
あの子も怪物態を使うのが苦手だったのに、とデルピュネーはこぼす。
「*{$~>~£•[%\*+‼︎」
ビーシーは悲鳴を上げながらゲーリュオーンに突進しようとするが、目の前の怪物はビーシーを抱え投げ飛ばす。
周囲の建物はビーシーの下敷きになった。
しかし突然ゲーリュオーンは赤い竜の姿をした怪物に突き飛ばされる。