「……私用か?」
「まあね。同級生が馬鹿やったっぽくて」
「お前やあの鬼子でどうにかできない問題なのか?」
「んー……ほら、『こういうの』で被害者の子たちに大事なのってさ、『形としての安心』なわけじゃない?」
「……『こういうの』とは?」
「うちの学校の馬鹿共がやったのがさぁ、“こっくりさん”なんだよ。分かる? 霊とか神様とか、そういうの絡みなの。だからさぁ、私、知り合いに神社の人がいるって言っちゃって」
犬神の話を聞いた平坂は溜め息を吐き、やけに重い犬神の財布を突き返した。
「身内の頼みだ、金は要らん。日時と場所だけ教えてくれ、こっちから向かう」
「わーい。じゃあ明後日。10時くらいが良いな。場所はねぇ……ね、スマホ持ってる?地図見せるから」
「言われれば自力で調べるが……」
言いながら、平坂は自分のスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動してから犬神に手渡した。
「ありがとー。えっとねぇ…………、ん、出た出た。ここ、この中学校ね」
犬神から返却されたスマートフォンを見ると、画面には隣町の中学校の位置情報が表示されている。
「……それなりに遠いな。電車を使うか」
「キノコちゃんなら10分で走って来れるのに?」
「あれと一緒にするな」
「あ、そうだ。何か良い感じの衣装とか着てきてくれると嬉しいな」
「……それで電車に乗れと?」
「たしかにそれは恥ずかしいか。じゃあ何か良い感じの小道具だけ持ってきてよ。あるんでしょ?」
「……まあ、必要な道具を用意すれば、自ずと様になるだろう」
それからわたし達はあま音さんを連れてあちこちを周った。
…とは言っても寿々谷駅の周辺位だけだが。
何と言っても寿々谷市は広さの割に”名所”と言える場所が少ないのだ。
せいぜいある名所も寿々谷駅の周りに集中している位である。
だからわたし達は寿々谷駅の辺りの名所をひたすら巡っていた。
「へー、あま音さんて浅木小に通っていたんですね~」
「そうそう、小4の時までね」
「わたしも浅木小でした」
「本当?」
ネロ達と共に寿々谷の名所の1つ、寿々谷神社から市民の憩いの場、寿々谷公園に向かって歩く中、わたしとあま音さんは出身小学校の話で盛り上がっていた。
「じゃあ校庭の端っこにあるウサギ小屋とか覚えてます?」
わたし、あそこのウサギが好きで…とわたしが言いかけた所で、あま音さんはうーんと立ち止まる。
「私、当時の事覚えてないのよね」
「え」
わたしは思わずポカンとする。
周りの皆もふと立ち止まって振り向いた。
「それって、どういう」
「まぁ何て言うか…私、ある一時期以前の記憶が欠けてるんだよね」
あま音さんは淡々と続ける。
シオンが弱気になっていたところ、不意にエリザベスの手が伸ばされ、人型を指差す。
「いいこと?しっかりと立っていてください。すぐ終わりますわ」
「う…うん」
エリザベスが親指を弾くように上げると、カチッと音がし、火花が散る。
「照準は"核"…『シルバーバレット』!」
それは言葉というよりも、『詠唱』であった。強い衝撃…いや、反動がある。エリザベスを下敷きに転んでしまうところだった。
「わっ…」
反射で瞑った目を開けると、そこにはヒビの入った人型が立っていた。
「核、少し外してしまいましたわ…」
「核って?」
「なんといいますか、魔法の本体、のような…説明が難しいですわ、とりあえずこれを壊せれば暫くスタンさせられますの」
「へぇ…すごいね…」
落ち着いたためか、シオンの足の血がようやく止まった。
・中山サツキ
年齢:15歳 身長:155㎝
魔法少女の1人。使用武器は長さ130㎝程度の短槍。得意とする魔法は2種類の空間転移能力。
1つは「自身を対象とした最大射程3mのショートワープ」。
もう1つが少し複雑。「①対象を『3つ』選択する(それぞれ対象A、対象B、対象Cとする)②対象Bを中心として、対象Aと対象Cが点対称の位置にいる時のみ発動できる③対象Aと対象Cの位置を入れ替える」というもの。かなり使いにくい。
基本的に悪いことをした人にもそれなりの事情があるはずだから、寄り添って理解して、更生してもらおうというスタンス。こいつに「殺すしか無ェ!」と思わせる奴がもし現れたら、そいつは誇って良い。そして死ね。ヒカリは寄り添った結果本気で殺し合うのが最適解だっただけだから例外ね。
ちなみに魔法少女としての通り名は【アイオライト】。名付け当時、ヌイさんは天然石にはまっていたらしい。
・中山ヤヨイ
年齢:13歳 身長:150㎝
魔法少女の1人。サツキの実妹。姉のことは普段は「姉さん」呼びだが気の抜けているときや動揺した際には昔からの「お姉ちゃん」呼びが飛び出す。
使用武器はライトメイス。得意とする魔法は対象の外傷治癒。その外傷に負傷者の意思が干渉しているほど、治癒の際の痛みは強く鋭く重くなる。たとえば極めて浅いリスカの治癒と事故によって起きた複雑骨折の治癒では、前者の方が圧倒的に痛い。
身の回りの誰にも傷ついてほしくないし誰にも死んでほしくないという善良で無邪気な望みが反映された魔法。でも勝手に傷つこうとする馬鹿にはお仕置きが必要だよね。気絶してたから良かったものの、ヒカリの腕と背中の傷は治す時滅茶苦茶痛かったと思います。
ちなみに魔法少女としての通り名は【フロウライト】。
・富士見ヒカリ
年齢:15歳 身長:161㎝
魔法少女たちの間で”魔法少女狩り”として警戒されていた魔女。個人的な悪魔との契約により超自然現象を操る能力を持った少女。得意分野は魔法薬の使用と呪術、ゴーレムの製造・使役。魔法の代償として肉体を削ったり危険な薬品(違法ドラッグよりは単純な毒物に近い)を使用したりしているため、殆ど骨と皮みたいな体型。軽い。皮膚も白いが、こっちは単純に日光を全然浴びないことによるもの。
あたかもヒーロー然と振舞う『魔法少女』を嫌悪している。「彼女らもまた、所詮は『魔女』であり、本質的に邪悪の塊である。彼女らはその事実から目を背け、ヒーローの真似事で現実逃避をしている」という持論から、“醜い”精神性の魔法少女たちを襲撃している。
信念に矛盾のある人間が嫌い。悪人のくせに正義の味方ぶっている魔法少女はその最たる例。ヤヨイの信念は飽くまで公共の正義は無視して『身内が大事』を軸に一貫しているので気に入った。
“魔女”が目を覚ました時、最初に見たのは彼女を見下すヤヨイの顔だった。
「あ、おはようございまーす……この度はうちの姉上がお世話になりましたぁ」
「ぅ……誰……?」
身を起こそうとする“魔女”の眼前に、ヤヨイはメイスを突き付ける。
「悪いけど、動かないでいただいて…………。私は中山ヤヨイ。あんたが散々痛めつけてくれた中山サツキの実妹だよ」
「……へぇ?」
再び頭を下ろし、“魔女”はヤヨイと睨み合う。
「それで、妹が何の用? お姉さんの敵討ち?」
「別に……死んだわけでも無いし」
「何だ、サツキ死ななかったんだ。私が死んでなかったから、てっきりあっちが死んだものかと」
「あんた戦闘狂か何かなの? ……まあ良いや。用件はまあ、一つだけでさ」
「ふーん?」
ヤヨイの言葉を待つ“魔女”の顔面を、鎚頭が鋭く打ち据えた。顔面の骨が砕ける感触と共に、“魔女”の顔は打撃の勢いで横方向に弾かれる。
「痛……あれ? 痛くない……?」
ダメージが一切残っていないことに困惑する“魔女”の顔面を、更に正面から叩き潰す。
「ぐっ…………⁉」
メイスが持ち上がった後の“魔女”の顔にはやはり、傷の一つも無い。
「私の魔法だよ。『外傷の治癒』。流石に身内が殺されかけて黙っていられるほど私も優しくなくってさぁ。お姉ちゃんが友達だって言ってたからこのくらいで済ますけど……」
“魔女”の胸倉を掴み、引き寄せる。
「今度私の身内に手ぇ出してみろ。お前の精神がベキベキに砕けるまで殴り続けてやる」
「…………っはは。私、あんたのことも嫌いじゃないよ、中山ヤヨイ」
「……はぁ?」
「あんたの信念はきっぱりしてるから聞いてて気持ちが良いや」
ヤヨイから解放された“魔女”は、徐に立ち上がり、衣服についた埃を払った。
「そうだ。中山サツキに託ってくれる?」
「……何を」
「『富士見ヒカリ』。私の本名だよ。私だけ名前を掴んでるのは不公平だからね」
“魔女”――ヒカリはヤヨイに手を振り、屋上の落下防止柵を乗り越え、飛び降りた。
慌ててそちらに駆け寄ったヤヨイが見たのは、校舎の壁に貼り付いていた大型ゴーレムの手の中に納まったヒカリの姿だった。
「……あんのクソ魔女が」
ゴーレムに抱かれて去っていくヒカリに悪態を吐き、ヤヨイは変身を解除した。