怪物は暴れ続けるうち、足下の瓦礫に躓き、横倒しに倒れ込んだ。建物の残骸はその質量に押し潰されて容易に崩壊する。
「ホタ! 目隠し!」
「はいはーい!」
アリストテレスの声に答え、フレイムコードが指揮棒よろしくスタッフを振り上げると、炎の渦はうねるように変形し怪物の頭部周辺を取り囲んだ。
(破壊力を意識した〈CB〉とはずらして、硬度と弾速に割り振った貫通力特化型のプリセット)
「〈Preset : Wedge Bullet〉。ホタ、目隠しと外壁一瞬消して!」
「うえぇ? い、いややるけどなんで……」
炎の壁が一瞬分断され、外の空気が流れ込んでくる。それと共に、弾丸のように一つの影が飛び込んできた。ドゥレッツァだ。
「そおおおおおおおおお、りゃああっ!」
勢いのまま、炎の覆いが取り払われた怪物の頭部にドロップキックを直撃させ、跳ね返る勢いで真上に跳躍する。
「カウント3!」
ドゥレッツァの合図に頷き、アリストテレスは〈WB〉と〈CB〉を連続で怪物に向けて射撃した。〈WB〉の着弾と同時に、ドゥレッツァの魔法によって衝撃が炸裂し怪物の頭部が大きく揺さぶられる。その揺り戻しと同時に、銃創を正確に〈CB〉が貫いた。
魔法弾は怪物の体内でその破壊力を発揮する。頭部、ひいては脳という生命と行動管制を司る器官を、外皮装甲の無い内側から直接破壊されたことで、怪物はその身を一度大きく痙攣させ、やがて脱力し動かなくなった。
そうこうしている内に、わたし達は寿々谷公園に到着した。
休日の人々で賑わう公園内を周りつつわたしは昔の話をあま音さんとしていたが、あま音さんはことごとく覚えていないようだった。
周りの皆はそれを不思議そうな目で見ていたが、ネロだけはなぜか周囲を気にしていた。
「…今日はありがとうね」
色々とわがままに付き合ってもらっちゃって、とあま音さんは日の暮れかけた公園の隅のベンチで言う。
公園にいた人々は少しずつ帰り始めており、辺りの人気は減りつつあった。
「いえいえ、別に良いですよ」
わたしも楽しかったです、とわたしはあま音さんに笑いかける。
「…おれ達は付き合わされてただけだけどな」
しかし耀平はふてくされたように呟き、その隣に立つ黎はうんうんとうなずく。
わたしはそれを見て苦笑した。
一方そんな中でも、ネロは何かに警戒するかのように辺りを見回していた。
「お待たせ~」
…とここで、穂積と雪葉がお手洗いから帰って来た。
「あ、おかえり~」
「じゃあそろそろ行くかね」
耀平と師郎はそれぞれそう言う。
わたしもそうだねと言ってベンチから立ち上がろうとした。
その時だった。
犬神に指示された当日。平坂は指定された時間の20分前に、中学校の正門前に到着していた。
「ん、神職さまは思ってたより早い到着だったね。入って来て良いよ」
その学校の制服であろうセーラー服姿の犬神に手招きされ、校門をくぐる。そのまま校舎に入り、廊下を進み階段を上り、3階のとある教室の前で立ち止まる。
「とうちゃーく。2年3組の教室でーす。被害者連中には集まってもらってるから、早く入ろう」
扉を開けようとする犬神の肩を掴んで、平坂が制止した。
「ん?」
「これを持っておけ」
そう言って平坂が差し出したのは、小柄な犬神の掌にもすっぽりと収まるほどの、小さな巾着袋だった。
「何これ、おまもり?」
「いや、何の変哲も無いただの砂だ」
「……なんで?」
「要らなかったか?」
「…………要る」
「だろうな」
「ありがと」
「早く入れ」
平坂に急かされ、犬神は頷いて勢い良く引き戸を開いた。