「そっか。じゃあ説明するね。まず、ワタシが肉体を顕現させるのって、結構エネルギーを使うの」
「エネルギー?」
「そう。ワタシはそのために、大抵青葉に降りかかる霊障とか、呪詛とか、妖気とか、そういう悪いものを吸収したのを使うんだけどね。今、すっごく身体が楽なの」
「……それって、どういう……?」
「ワタシがずっと姿を現していられるくらい、ワタシの可愛い青葉はこの空間にいるだけで妖気を浴び続けているんだよ」
それを聞いて、青葉の顔がさっと青褪める。
「大丈夫だよ、ワタシの可愛い青葉。ワタシがいる限り、ワタシの可愛い青葉が悪い影響を受ける事だけは絶対に無いから」
「ああ、うん、そうだねカオル……」
「……はいはーい、メイさんからちょっと質問」
白神の存在を忘れているかのように二人で話している青葉とカオルをしばらく無言で眺めてから、白神が手を挙げた。
「何、妖怪?」
カオルが睨みつけるようにして問い返す。
「カオルちゃんはアオバちゃんのこと、『ワタシの可愛い青葉』って二人称で呼んでるの?」
「え、うん」
「そっかー」
昼下がり、街の路地裏にある小さな喫茶店にて。
“喫茶BOUQUET”という小さな看板が下がったその店の中は、5人の客と店主、そして手伝いの少女が1人いるのみでがらんとしていた。
「今日は空いていますね」
青い長髪をハーフアップにしたエプロン姿の少女がカウンターに向かって言うと、そうだなとカウンターの向こうの椅子に座る初老の男は返す。
「今日は月曜の昼間だから、みんな“本職”が忙しくて来れないのだろうよ」
まぁいいじゃないかと男は手元の新聞に目を落とす。
「それにしても普段より少ない気がするんですけど…」
青髪の少女がそう言いかけた時、カランカランと音を立てて店の扉が開いた。彼女が扉の方を見ると、そこには小柄な小学校高学年くらいの少年が立っていた。
「あ、いらっしゃ…」
青髪の少女の言葉を気にせず少年は店の窓際のテーブルへ向かった。そこには青緑色で肩につくくらいのくせっ毛、そして翡翠色のジャケットとスラックスに白いブラウスを合わせた背の高い少女が座っていた。
「…お、やぁ少年」
青緑色の髪の少女は少年に気付くと笑顔で小さく手を挙げた。しかし少年はそれを無視して彼女の目の前の座席に座る。
「それにしてもどうしたんだい」
急に呼び出しなんて…と青緑色の髪の少女が言いかけた所で、少年はあのと顔を上げる。
「お願いがあるんです」
少年の真剣な眼差しに青緑色の髪の少女は少しポカンとする。
「え、なに?」
もしかして…と青緑色の髪の少女は慌てるが、少年は気にせず続けた。
「ぼくと関わるのをやめて欲しいんです」
少年の言葉にえ、と青緑色の髪の少女はポカンとする。
周囲の客たちも、その言葉で2人の方を見た。
「そ、それって…」
「もうぼくに会いに来ないで欲しい、それだけです」
少年がそう言うと、青緑色の髪の少女はなんとも言えない表情で椅子の背もたれに寄りかかった。
「…そんなこと言われてもねぇ」
青緑色の髪の少女は窓の外を見る。
「なんて言うか、どうしてもその辺でフラフラしていると君に遭遇してしまうと言うか」
「じゃあフラフラするのをやめてください」
少年は真面目な口調で言うが、青緑色の髪の少女はえ〜と不満げに返す。
「…もう1人!」
ナツィは思わず机の陰から現れた人物に向かって飛びかかる。
しかし相手は床を転がることでそれを避ける。
ナツィは相手を追いかけようとするが、自分の方へ太刀が飛んできたので手に持つ大鎌でそれを弾いた。
武器が飛んできた方を見ると先程の太刀を持った人物が両手に太刀を生成していた。
「…テメェ!」
ナツィは思わずそちらに飛びかかろうとするが、動くな!という声に足を止める。
後ろを見ると魔力式銃を構えた人物が立っていた。
「その子に手を出したら撃つよ」
少女のような声でそう言う相手に従い、ナツィは大鎌を消す。
暫しの間その場に沈黙が流れたが、すぐに太刀を持った人物がナツィに斬りかかってきた。
「‼︎」
ナツィは慌てて懐から短剣を出して太刀を受け止める。
しかし相手の力に押されて床に倒れ込んでしまった。
「…」
太刀を持った人物はそのままナツィを押し切ろうとするが、ナツィもまた短剣でそれを耐える。
少しばかり鍔迫り合いが続いた所で、ナツィは相手の腹に膝で思い切り蹴りを入れた。
ビーストはできるだけ大きな通りを選んで駆け、やがて荒廃した広場に辿り着いた。
そして周囲に気を払う。探すのは、少女の“ドーリィ”だけではなく、長身の“ドーリィ”の肉体の破片。物陰に僅かな骨片や肉片の1つも転がっていないか。『不意打ち』の条件がこの場には無いか。全身の神経を張り詰め、情報を取り入れ続ける。
その時、右後方から物音が聞こえた。何かの動く気配に、攻撃は堪えて物音を立てた存在の正体を確認する。瓦礫の陰に隠れて全体像は見えないが、少女のドーリィの頭を飾っていたリボンと同じものがはみ出ている。
この時点で、ビーストの思考において、対象の正体は2択にまで絞られる。『少女のドーリィ』または『少女のドーリィと同じ外見の少女』。『長身のドーリィ』と異なり、完全回避の手段がない彼女らであれば、ソレにも勝機がある。
そう判断し、ビーストはそちらに向けて跳躍した。空中で回転し、ソレの背丈より長い尾を真上から叩きつける。手応えは無い。“ドーリィ”には短距離を瞬間移動する力があるため、長身のドーリィの魔法が無くとも警戒は怠れない。
「……おーい」
背後から、少女のドーリィの声がする。そちらに注意を向けると、廃墟の窓から彼女が顔を出していた。存在を主張するように手の中のピンク色のテディベアを高々と掲げて振っている。
その様子を確認した瞬間、そのビーストは確信を持って少女に突進した。
少女の主なダメージソースである、テディベアの爪や牙による攻撃は、照準を定めるために手元に抱えた上で微調整を行う必要がある。それにも拘わらず、頭上に持ち上げているということは、翻弄のためのブラフということ。つまり、彼女はドーリィではなく、ただの人間でしか無い“マスター”である。
マスターを失えば、ドーリィの戦闘能力は著しく低下する。その程度のことは、ソレの脳にも標準的知識として備わっている。そして、ただの人間には、ソレが出力する最高速度に対応できる感覚能力は無い。
その自信と共に、ソレは廃墟の壁を蹴り破り、勢いのままに飛び蹴りを少女に命中させた。
「何立ち止まってるの。ビースト来てるよ」
私が言うと、すぐに彼はまた逃げ始めた。
「え、あ、お、おう。おいフィス……アリー、お前今何て言った?」
「『何立ち止ってるの。ビースト来てるよ』」
「その前だ馬鹿」
「むぅ。そんなに言ってほしいの?」
「いや、そうじゃなく……いやまあそうなのか……?」
ちょっと揶揄い過ぎたかな。少し混乱してるみたい。楽しいけど流石に申し訳無いか。
「あはは、ごめんごめん冗談だって。私のマスターになれる人間ってどんなのかなって考えてさぁ、私、1つの結論に到達したわけよ。大体2か月くらい前に」
「俺らが出会って半年くらいの時期かぁ」
「あー……そうだねぇ……あの時作ってもらったチーズケーキ、美味しかったなぁ。また作ってよ」
「嫌だよ製菓ってクソ面倒くせえんだぞ? 二度とやりたくねえ」
「ちぇっ。それで閑話休題。私のマスターになってくれるのは、私の音楽を好きでいてくれる人だって」
「そんなのいくらでもいるだろ。お前、演奏も歌も上手いじゃん」
ケーパめ、微妙に分かってないな。説明面倒なんだけど……。
「私が何を奏でても、いついかなる時でも、私の音楽に心の底からノってくれる。そんな人でしか私の相棒は務まらないの」
「つまり……節操無しをご所望か」
「言い方ぁ」
再び瞬間移動で彼の腕から抜け出す。
「だからさ。右手出して?」
ほぼ治癒した右手の甲を、彼に向けて差し出す。
「……クソ、分かったよ」
彼が右手を握り拳にして、手の甲を軽く私の手に打ち合わせた。