人の気持ちが分かればいいな
心(ここ)に届くように
手に取るように
空に願い仰いで
確かにある心で
君の気持ちが分かればいいな
無理をしないで
君は大丈夫
無理はしないで
僕は大丈夫
君とだから大丈夫
「ところでカオルちゃん」
「何?」
「何か今の状況を打破する方法とか、思いつかない?」
白神の質問に、カオルは一度、青葉を抱き締めていた腕を解き、手を顎に当てて思案した。
「……そうだな。無いわけじゃ無い」
「カオル、本当?」
「もちろん本当だよぉワタシの可愛い青葉ぁ、ワタシに任せてくれれば、ちゃんとワタシの可愛い青葉を生還させてみせるから! ……と言いたいところなんだけど」
青葉の質問に、彼女を抱き締めながら答え、もみくちゃに撫で回しながら、カオルは言葉を続ける。
「『武器』が足りない。ワタシの可愛い青葉の愛刀〈薫風〉があれば最高なんだけど……あるいは何か、霊体に干渉できるようなもの」
「はいはーい、それならメイさん、一応妖怪だから、霊感はあるよ?」
「お前は武器じゃないじゃん」
「それもそっかー。……あ、ただの静電気で良ければ出せるけど?」
白神の右手が、電撃を纏う。それを見て、カオルは牙を剥くように口角を吊り上げた。
「『ただの静電気』? 馬鹿言うなよ妖怪。その毒気、ワタシが気付かないとでも思ったか?」
そう言われて、白神も瞳を蒼く光らせて笑顔を返した。
「行くよ、ワタシの可愛い青葉。一番薄いところから突き破っていく」
「あ、うん、カオル」
青葉はカオルに連れられて再び駅に入り、白神もそれに続いた。
怪物の倍くらいはある体格の犬のバケモノの顎の中で、怪物がじたばたと暴れている。このままじゃアッサリ噛み殺されちまう。
『……オイ【フォーリーヴス】。何寝てンだよ。せっかくのテメエの初陣だぞ。ドコのダレとも知らねェヤツらに横取りされてんじゃァねえぞ』
せっかくオイラが呼びかけてやっているのに、ヤツは倒れたまま動かない。
『……クソが!』
ヤツの近くに飛んでいき、ヤツの身体を媒体にして魔法を使う。【フォーリーヴス】の障壁刀と同じ理屈だ。犬のバケモノの首のところにバリアを展開し、ブッタ斬る。
「なっ……⁉ 何が起きて……!」
結界の外で、犬を召喚した方が何か言ってる。そうだ、コイツらにはしっかりはっきり文句言ってやらねェと。
『テメェら……ドコの雑魚に唆されたか知らねェがよォ……』
「なっ、誰⁉」
「この感覚、おリトさんと同じ……!」
“おリトさん”だァ? それがコイツらを“魔法少女”にしたヤツの名か。まあそれはどうでも良くて。
『コイツはなァ! オイラの【フォーリーヴス】の初めての獲物なんだよ! 【フォーリーヴス】はこの程度、楽勝でブッ殺せンだよ! 他人の事情も知らねェで、手柄奪おうとしてんじゃアねェぞクソガキ共が!』
「……ぅ…………」
ヤツが、【フォーリーヴス】のうめき声が聞こえた。意識を取り戻しやがったか!
『クキキ、どうだ見やがれクソ共が。オイラの魔法少女は強えェンだよ』
ヤツが立ち上がる気配。
『テメエらの出る幕なンざ1ミリだってありゃアしねェンだ! 失せな!』
オイラが啖呵を切ると、黒ワンピの方の魔法少女の頭にヘドロみてェな色したタコさんが落ちてきた。
『【ティンダロス】、【ナイトゴーント】、ここは退こう。あれはワタシより古く上位の存在だ』
「えっあの小悪魔みたいな子が?」
『ウム。ワタシは未だ百数十年の命でしか無い……アレは少なくともワタシの数十倍の時を生きている。ワタシ達は年功序列を重んじるのだヨ』
「あっはい……」
あのタコ野郎の説得のお陰で、邪魔者は消えた。
『サァ、あとはテメエが気張るだけだゼ、【フォーリーヴス】! やれるモンならやってみろ、クソヒーロー!』
長身のドーリィの空間歪曲を攻略する手段は無いため、ビーストは彼女から逃げるように方向転換しようとして、立ち止まった。
何故、彼女が現れたのか。先ほどまで目の前にいたはず、というのは考慮に入らない。ドーリィには短距離転移能力があるためだ。彼女からソレが逃げることは、彼女自身がよく知っているはずなのだから、とどめを刺すためというわけでは無いだろう。むしろ、逃げさせて望みの場所に追い込むためか。となれば、逃走はむしろ愚策。
そこまで思考を進めたところで、1つの可能性が浮上した。
彼女が現れた理由が、『誘導』だった場合、彼女が『長身のドーリィ』自身である必要は無い。ソレに逃走の判断を下させるためには、『外見』だけあれば良いのだから。
つまり、あの『長身のドーリィ』は、『少女のドーリィ』またはそのマスター、あるいはまだ見ぬ長身のドーリィのマスターである可能性もあるのだ。仮にそうだった場合、彼女に攻撃すれば、ダメージを与えられる。
加速した思考が一瞬の葛藤の末に選んだ答えは、『攻撃』だった。その正体が少女のドーリィだった場合に備え、ジグザグとした軌道で接近して照準が定まらないようにし、少女の肉体構造を想起して、首の高さを狙い蹴りを放つ。
「……うん、正しい」
少女の声。長身のドーリィの幻影が掻き消え、少女の姿が現れる。ビーストの蹴りは、その首の高さを正確に捉えていた。
「んべっ」
少女が気の抜けた声を漏らしながら舌を出した。その口内に、人の指の欠片が覗く。
それが『長身のドーリィ』のものであるとビーストが気付くのとほぼ同時に、そこを起点に空間の歪曲が発生した。
片手杖“フィスタロッサム”を指揮棒よろしく掲げ、勢い良く振り下ろす。
空気の通り抜けた管楽器の音ではなく、強いエフェクトのかかったエレキギターのような音色が先端から飛び出てきた。
「ヒュウッ、その……何、楽器か? どういう造りなんだ? イカす音出すじゃん」
「でしょー」
いつの間にか隣にやって来ていた、私の最高の観客兼相棒兼マスター様にウインクで返す。
「それじゃあ最初のコード、お聞きください!」
もう一度振り上げ、迫りくるヤツをビシっと指す。
「〈D21g〉」
音楽の開始と同時に、周囲の地面や住居、そしてあのビーストも、まるで粘土細工のようにぐにゃりと捻じ曲がり伸び上がった。
当然、私達の足下の地面もぐにゃっと変形して大穴になってしまったので、さっきまでとは逆に私がケーパを抱えて安全に着地する。
「な、何だこれ」
「ふふふ、けーちゃんめっちゃ面食らってる。魔法は初めて?」
「そりゃまあ、お前これまで契約してなかったわけだからな」
「けーちゃんには感謝してるよ……ん」
ぐにゃぐにゃのバキバキになった身体で、ビーストが突っ込んできた。けど、まだ続いているサイバーパンク・ミュージックを受けて、ヤツは再び捻じ曲がり倒れる。
「この音は、届く限りあらゆる物質の魂に触れ、歪め捻じ曲げる。お前じゃ私には勝てないよ」
「え待って。なんで俺は無事なんだ?」
「ん? だってけーちゃん、私の音楽好きでしょ?」
「そりゃまあ」
「私の音楽にノれるなら、それはただ魂を高揚させるだけだからね」
「な、なるほど……?」