「イブニング」
“学会“に倒されたオレたちの仲間だ、とフューシャは悲しげに言う。
「イブニングはオレたちを捕まえようとした“学会”の魔術師たちから逃げる時に、やられちまったんだ…」
フューシャがそうこぼすと、仲間たちも暗い顔をした。
「なるほど」
つまりあなたたちは“学会”に恨みがあるから“学会”の魔術師を襲うような真似をしていたのね、とピスケスは腕を組む。
フューシャはそうだ、と頷く。
「オレたちは“学会”を許さない」
そしてそんな“学会”に迎合する同族も…とフューシャは呟くが、ピスケスはあらそうと答える。
「残念だけど、私たちは“学会”の魔術師なしでは生きられない身なの」
あなたたちみたいにあっさり保護者を捨てられるくらい薄情ではないしね、とピスケスは続ける。
「でも、わたしたちも“仲間”が大切よ」
だから…とピスケスは目を細める。
「そいつを、返してもらうわ!」
そう言って、ピスケスは背中に白い翼を生やし飛び立った。
ある神様は大地を揺らし人々を脅かしました。
私はこう思いました。きっと人々に嫌気が差したのだと。
そして神様にこう尋ねました
『何故そのようなことをなさったのですか?』
そしたら思いもよらない言葉が返ってきたのです
人々が大切だからだ。私が大地を揺らしていなかったらそこで反乱が起き、人々は争うだろう。
大地を揺らした事実、お前には教えてやろう。
『人々を救うためだ』と神様は仰ったのです。
私はまだ分からずにいます。
「なぜあいつらの味方をする?」
...何故だろう。
はっきり言葉にはならないけど、確かに私を繋ぎ止めてる何か。
それが彼らに最も近くて、遠かったからかもしれない。
また数分、屋根の上を走り続け、交差点に差し掛かったところで立ち止まり、一瞬の逡巡の後、再び路上に飛び降りる。
その時、一瞬視界にカーブミラーの鏡面が入り、即座にそこに映っていた道に駆け込んだ。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(見つけた! 『何かを探していない様子の人間』!)
青葉の見つけた人影は、すぐに細い路地に入ってしまったようで、青葉も10秒ほど遅れ、後を追ってその路地に飛び込んだ。
「わっ」
「む……またお前か」
そして、その路地から出てこようとしていた平坂と正面からぶつかってしまった。
「お前……何故ここにいる?」
「じっとしていられなくて……それより、ここに誰かが入って来ませんでしたか?」
「『誰か』……? いや見ていないが……どんな奴だった?」
屈んで目線の高さを合わせながら、平坂が尋ねてくる。
「おそらく私と同年代の子どもです。特に目的も無い徘徊といった感じで歩いていました。『犯人』の可能性が高いです」
「……犯人、だと?」
「はい、『悪霊を操っている』、その犯人です」
平坂は再び立ち上がり、見下ろす形で青葉に相対した。
「おい。お前、あの姉からどこまで聞いた?」
「姉さまからは何も。ただ、不自然に統率の取れた悪霊たちのことは、ついさっき確認しました」
「……そうか。情報提供には感謝する。しかしとにかくお前は帰れ。具体的な危険性も分かっているんだろうが」
「むぅ……」
青葉は頬を膨らませ、帰途につくために振り返った、ように見せかけ、素早く振り向き平坂の真横をすり抜け、路地の奥へと駆けて行った。
………………そろそろウミヘビに食い殺されていてもおかしくないと思うんだが、何も起きない。
周囲の様子を確認してみる。周囲の深く抉れたコンクリート、頭上を通る巨大ウミヘビの胴体。俺の胴体に抱き着いて密着してくるカリステジア。座った姿勢のままで曲がっていた膝をとりえず伸ばしてみると、空中で何かに引っかかる。手探りしてみると、どうやら俺達はかなり狭い空間に閉じ込められているらしい。
「んぇへへ…………」
カリステジアがこちらを見上げてくる。奴が徐に持ち上げてみせた右の手首には、朝顔か昼顔の葉っぱみたいな紋様が刻まれている。
「契約完了、です」
「………………カリステジア」
「はい」
「正座」
「はい……」
俺達を閉じ込める空間が少し広がった。カリステジアは俺から少し離れた場所に正座する。
「あのさぁ……契約って双方合意の上で成立するものじゃん」
「そうですねぇ……」
「別に契約すること自体は俺だって全く嫌ってわけじゃねーよ? けどさぁ……こういうのはちゃんと順序踏もうな?」
「お兄さん……! 私のこと、受け入れてくれるんですね……!」
「はいそこ喜ばない。お前今説教されてんの。オーケイ?」
「はーい」
にっこにこしやがって……。何かもうどうでも良くなってきた。一応俺達は安全っぽいし。
「なぁ、このバリア? って割られたりしねーの?」
「あ、それは平気です。通り抜けますから」
「は?」
ガバガバの考察だったが賭けてみる他ないのでやるだけやることにした。
「なんか火と燃やせるものある?」
「ライター…あと、爆弾…あ、火炎瓶ある!」
「OK火炎瓶でいこう。被害を抑えたいから火災報知器は壊さない。だから短期決戦だ。向こうの動きが止まらなかったらそのときはそんときってことで」
酷い指示をチトニアは健気に聞き入れ、入口付近へ飛び退くと野球選手の如きフォームで火炎瓶を持った。
「よっ…」
ぶんっと思い切り腕を振り抜く。チトニアの方へ向かっていたビーストは火炎瓶が飛んでくるのを察知して無理に軌道を変更した。
「あー…」「当たんなかった?」
元から当てるつもりではなかったがちょっと当てたかった。そんな思いがありつつチトニアの豪速球(火炎瓶)は病室の壁にぶつかり、割れた。ぶわっと広がる炎、それに反応した火災報知器が鳴り、水を撒き始める。ビーストは突然の温度変化に後ろを振り向いたり突然飛びのいたりと戸惑いを見せた。
「きた!」
チトニアは鈍くなったビーストの動きを見逃さなかった。腕をかき分け、目をぎゅっと瞑って器用につま先で腕の付け根を蹴った。