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第一部【FANATICALとADDICTED】p.21

 閑話休題、職員に水を差された若い二人は、明らかに不満げな顔をした。ファナはそのあと、アッドの首にとりついて、片方の手で切断された腕の断面を撫でて、艶笑する。

「分かったわ、ファナがやってあげる。いいでしょ?」

 許可を求める目は愛する少年の目の奥をのぞき込む。本来職員の方に許可を取らないといけないのにも関わらず、だ。

「そうだなあ、一番俺のことよく分かってんのはファナだもんなあ」

 アッドも、彼女の制御を買って出ているなら、勝手なことを言い出すべきではないが……聡明でいい子のアッド君はいったいどこに行ってしまったのだろうか。

「ちょっとなんでそうなるのよ!」案の定職員も制止しようとするが、一度決めると2人とも止められない。

「ちょ、待ちなさいって!」
「手術寝台借りるわよ」
「すいません、すぐなんで入ってこないでくださいね」
 職員の命令も愛の前では無力であるようだ、2人はさっさと手術室に入っていった。
「……なーにが『すぐなんで』よ」

 職員は呆れて独りごちる。

 ……純粋に愛し合う2人は本当に微笑ましい。その幼く、同時に成熟した、否、熟れきって腐りかけた愛が、彼らを、ラボとこの世に繋ぎとめる数少ない手段であるのだと思うと、それが果たして純粋であるかは疑わざるを得ないが、最終的にはどうでもいいことだ。どんなに互いが傷つき、地獄の底でもがき苦しんでいたとしても、かわいそうに、とは思っても、大した問題ではない。

 それがリニアーワルツの背負わされた無常さと、世の中の冷酷さなのだった。


【第一部 終】

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.20

「あなたたち、今回ちょっと大きい怪我しちゃったわけだし、他のペアたちもいる部隊で戦わない? 今回も本来分隊で相手する規模だったわけだし……」
「絶対やだ!」「絶対嫌です」

 2人の声がそろって、職員はつい失笑した。

「他のヤツは目障りです。邪魔」
「ファナが『間違えて』そいつらのこと殺してもいいなら勝手にして」

 アッドはつまらなそうな態度で肘をつき、ファナも何か追い払うように手を払いながら言う。反応が本当にそっくりだ。

「……なんか、もう、ほんと仲良しね……」

 職員が呆れて零すと、ファナが一気に喜色満面になり、饒舌になった。

「そうよ、世界一ね! ファナにはアディくんだけいればいいの。アディくんもファナだけいればそれでいい。ね、そうでしょアディく……あ」

 ファナは途中で言うのをやめて、また俯いてしまった。アッドはその様子に気まずそうに首の後ろを掻く。

「あー、えっと、そう。そうだよ。ファナ」

 優しい口調に、ファナの目に盲目的な輝きが戻った。

「アディくん……!」
「わっ!」

 途端、ファナはアッドの胸に飛び込んだ。背もたれもない椅子に座っていたわけだから、隻腕のアッドが彼女の身体を支えられるわけもなく、バランスを崩して床に倒れた。

「ちょっとファナ、気をつけなさいよ」
「やっぱりファナの大好きなアディくんね!」
「あっはは、俺の可愛いファナ、俺も愛してるよ。……さっきはひどいことしてごめんな?」
「いいのよ、怒ってるアディくんもかっこいいわ」
「俺も泣いてるファナも可愛くて好きだけど、こうやって幸せそうにしてるファナはもっと好きだよ」
「……お二人さん、それ、腕治してから『部屋で』やってくれる?」

 職員は見てられないとばかりに額に手をやって眼を逸らした。

 正直この2人は放置して次の仕事に移りたかったが……そんなことをしたら一晩医務室を貸し切りにしなくてはいけなくなるだろうから、ムードをぶち壊してやるしかなかった。
 床に押し倒される少年とそこに跨る少女が、キスでもするのかという距離で見つめあうという状況は罷り通っていいものではない。だから一話冒頭でも邪魔が入ったのだ。これは世の摂理である。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.19

「……ファナ、自分に価値ないとか言ってるけど、それこそ俺だって、ファナには必要ない存在ですよ。ファナにはチヤホヤしてくれる奴がたくさんいる。俺なんかよりいい相手がいくらでもいる」
「ファナはアッドから離れたくて出てってるわけじゃない。むしろ逆だって分かってるでしょ?」

 アッドは頭をこくっと前に倒すが、すぐに震えた声で続ける。

「今は冗談めかしてますけど、いつか本当に俺に愛想つかすんじゃねえかって、いつも不安で、余計頭ぐちゃぐちゃになって、冷静になれなくて、で、結局暴力振るって……」

 職員はその独白を聞き、軽く溜息を吐く。

「言うまでもないことだけど、暴力も暴言も絶対に駄目よ。あなた、ちょっと前にファナのことディソーダーのサンプル保管用の冷凍庫にファナを監禁して殺しかけたことあったでしょ」
「……」
「2人の間だけで完結するならいいけど、あなたたちには戦うって役目があるのよ。しかもカナンの主戦力なの。それが1週間2週間と使い物にならないのは本当に困るの。ファナはそういうのに思い至らないかもしれないけど、アッドは賢いんだから、分かるでしょ?」
「……はい」
「あなたの加害癖は治るようなものじゃない。ファナの依存もなくならない。でも離れることもできないの」
「……そう、すよね」
「あなたは賢くて優しい子だから、ファナにとって一番いい選択ができるはずよ」
「優しい奴は女殴りませんけどね」
「性格と性質は別だから。さ、全部終わったから、服を着て、あっちに戻りましょう。あんまりのんびりしてると、あの子が拗ねちゃうから」

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.18

「聞こえてたでしょ」

 アッドは無言で力なく首を縦に振った。主な外傷を視診し、腕の具合を診る。

 傷口は内側だけ体液にコールタールのような粘性の高い液体が混ざって蠢いている。その粘液はディソーダーの体液に酷似している。大きな傷の出血を止め、組織の再生を速めているものこそがこの粘液である。
 一方ケロイド部は溶け固まってしまってなかなか再生が始まらないようだった。赤茶色の断面から黄色っぽい半透明の液体が滲み出ているだけであった。なお、四肢の欠損となると、完全な再生を待つより、すでに再生が始まってしまった部分やそれを阻害している部分を取り除いて、元の腕の接着を待つ方が早い。

 傷の様子をカルテに書き込んでいると、アッドが独り言のようにぼそぼそと話し出した。

「……なんでファナは、あんなに俺のこと好いてくれるんですかね」
「そんなのあなたが一番分かってるんじゃないの」
「分かんねっすよ。俺はすぐファナに怒鳴るし、手ェ上げるし」
「ファナがそれを狙っていろいろやってるんでしょ」
「でも俺は、ファナに怖い思いさせたくない。ファナ、俺が殴ると、すごい嬉しそうな顔するんすよね。でも、同じくらい怯えた顔する。その、嫌がってんのに無理やり俺のこと受け入れようとしてるんだって、なんか無性に腹立って、余計に止まらなくなる」

 アッドは拳を強く握りしめた。

 ――ファナに腹が立つのではない。ファナが受け入れてくれることにあぐらを掻いて、彼女が深層心理で最も恐れていることを繰り返し、洗脳してしまっているのを理解しているのにやめられない自分に腹が立って仕方ないのだ。自分に対する怒りを外部に向けてしまうことに腹が立って仕方ないのだ。