「いや、わたしあなたの親じゃないし」
「そんなこと言わないの〜」
使い魔は作った人を“親”にして、魔力の供給する人を“マスター”にするんだよ〜と金髪のコドモはテーブルの上のロールパンの袋に手を伸ばす。
寧依は…そうなの?と聞き返す。
「そうだよ〜」
ボクの魔力供給の術式、寧依が持ってるでしょ?とコドモは笑う。
寧依は…これ?と手元のローテーブルに置かれている黄色い石ころを見やる。
それには細かい紋様が刻まれており、光をぼんやりと放っていた。
「うん」
ああいう術式の持ち主が“マスター”なの、と金髪のコドモは続けた。
寧依はふーんと言って、よく知ってるのねとこぼす。
「使い魔はそういうの、知ってて当然だから」
金髪のコドモの言葉にふーんとまた寧依は頷く。
「…で、あなたのことはなんて呼んだらいい?」
寧依の質問に金髪のコドモはふえ?と拍子抜けしたような声を出す。
「なんてって…」
ボクの名前は寧依が付けてくれるんじゃなかったの?と金髪のコドモは首を傾げる。
え、と寧依はロールパンを食べる手を止めた。
朝、小鳥たちが囀り始める頃。
マンションの一室で静かに若い女…寧依が朝食のロールパンをかじっている。
パンを食べつつ彼女がスマホの画面を見ると、時刻は7時56分を示している。
そしてその様子を、ツノの生えた金髪のコドモがローテーブルを挟んで眺めていた。
「…」
金髪のコドモの視線が気になって、寧依はロールパンを口に運ぶ手を止める。
「どうしたの」
寧依が尋ねると、金髪のコドモはううんと首を横に振る。
「なんでもないよ」
金髪のコドモの言葉にそうと答えて、寧依はまたロールパンを口に運ぶ。
暫く2人の間に沈黙が流れたが、不意に寧依がねぇと呟いた。
金髪のコドモは?と首を傾げる。
「…あなたのこと、なんて呼んだらいい?」
「ふえ?」
金髪のコドモはどういうこと?と驚いたような顔をする。
寧依はいや、ね、とそっぽを向く。
「シンプルにあなたのことどう呼んだらいいのかなって」
寧依の言葉に金髪のコドモはえー、と返す。
「ボクの“お母さん”なのにそういうのも分かんないの〜?」
どうして〜⁇と金髪のコドモはじたばたする。
夜、人々が寝静まった頃。
とあるマンションの1ヶ所だけ明かりの点いた一室に、若い女が呆然と立っている。
彼女の目の前には、小柄でツノの生えた、ストリートファッションに身を包んだ金髪のコドモが立っていた。
「…」
女は何がなんだか分からない様子で黙り込んでいたが、不意に金髪のコドモが彼女に近付き抱きついた。
「⁈」
女は驚いて思わずコドモを突き飛ばそうとするが、コドモは満面の笑みで彼女の身に頬擦りする。
ちょ、ちょっとと女は抵抗し、バランスを崩してコドモ諸共後ろに倒れ込む。
そこでやっとコドモは擦り寄るのをやめ、女の顔を覗き込んだ。
「“マスター”」
女は目をぱちくりさせる。
「…何」
「“マスター”」
よく分からない言葉に女はポカンとして、コドモは不思議そうに尋ねた。
「キミは、ボクの“マスター”じゃないの⁇」
その言葉に女は少しの間黙っていたが、やがて顔を背けた。
「…別に、わたしはそういうのじゃないし」
女がそう答えると、コドモはそうなの?と首を傾げる。
女はうんと頷いた。