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文学少女(7)

「~♪。……。聴こえた?」
 一曲全て歌い終わった後、その子が聞いてきた。
「……うん……」
「ね? 本が読めなくても、まだ楽しめるものはあるでしょ?」
「えっ!?」
 私は、その言葉に驚いた。
『そうか……。私にはまだ音楽があるんだ……』
そう思ったら、私は自然と部屋の鍵を開けていた。私が部屋の外に出ると、
「えっ!?」
と言うその子の驚いた声が聞こえた。
「○○ちゃん、どこ?」
手を伸ばし、その子の居る場所を探していると、ふいに何かに包み込まれた感触がし、抱きしめられた事が分かった。
「えっ……!?」
突然の事に驚いていると、その子は私の耳元で
「私はここに居るよ」
と囁いた。その言葉を聞いた途端、私はその子に縋りついて泣いていた。
 そこから、私は○○ちゃんと一緒に生きるために頑張った。
          ※
「夢上さんでした~!!」
「……お疲れ様。はい、水よ」
「ありがとう」
 音楽に助けられた私は、その後「盲目の女性シンガー=夢上もね」として活動し、毎週オリコントップ10入りする程のとても有名な歌手になった。
 私は決めたのだ。盲目である事を憎むのではなく、その他の事で楽しもうと。
 もちろん、あの子と一緒に……。
  
~終~

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文学少女(6)

「ねぇ、なんで出て来ないわけ?」
「私達、わざわざ来たのにね~」
「大体、目が見えないくらいでそんなに落ち込む事なくない?」
「あれなんじゃないの? 本が読めないからじゃん?」
「あ~!! 『本が唯一のオ・ト・モ・ダ・チ』だもんね~」
「ちょっと。それ酷くな~い?」
「ははははは」
 笑いながら話している、名前すら覚えていないクスメイトの会話に、私はただ黙っているしかなかった。ドアの近くからその子達の気配がなくなると、私は大声で泣いた。何故、一切関わった事のない子達にそんな事を言われないといけないのか。あんな奴等、いなくなれば良いのに……。その瞬間、芥川先生のあの名言が思い出された。
【周囲は醜い。自己も醜い。そしてそれを目のあたりに見て生きるのは苦しい】
芥川先生が「杜子春」や「河童」等を書いた理由が解った気がした。
 そんなことがあってから、部屋でじっとしていたら、段々死にたくてたまらなくなった。どうせ、私が死んでも誰も悲しまない。もう本を読む事も出来ないのだから、生きていても仕方がない……。そんな事を毎日考えるようになった。
 そんな或る日、ドアの向こうからこちらへ向かってくる足音が聞こえたかと思うと、私の部屋のドアが優しくノックされた。
「××ちゃん。ちょっと良い?」
その声は、中学の頃唯一仲の良かった女の子のものだった。
『なんで……』
そう思っていると、その子は
「おばちゃんから聞いた……。開けなくても良いから、話ししよう?」
と言った。
「……良いよ」
親友だったということもあり、私はとても久しぶりに人と話をすることにした。
「目、見えなくなったんだ……」
「……うん……」
「……」
「……ねぇ」
「んっ?」
「……私、もう死にたいよ……」
 やっと話せるという想いから、私はその子に心の底の本当の想いを打ち明けてしまっていた。
「……」
「……」
気まずい空気が流れ、耐えられなくなった私は何か話しだそうとした。
「……あっ、あの」
「♪~~」
「……えっ?」
 その時、その子が急に鼻歌を歌い始めた。聴いていると、それは私が好きなアーティストの曲だった。私は思わず、その曲に聴き入っていた。

~続~

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文学少女(5)

 その日から、私の居場所が「家」だけになった。いや、「ならざるを得なかった」と言う方が正しいかもしれない。私は部屋から一歩も出なかった。中から鍵をかけて、誰にも入らせないようにした。
 学校にも行かず、ご飯も食べない私を心配したのか、両親が私の部屋の前に来て
「ご飯食べないの?」
だとか、
「ずっと閉じこもっていたら、体を壊すぞ」
と声を掛けてきたが、私はそれをずっと無視し、答えなかった。今まで一度も私の事を見てくれなかったくせに、こうなってしまったからって、まるで良い夫婦・良い親らしく振る舞う両親に怒りを通り越して呆れてしまっていた。
 部屋の中で一人閉じこもっていると、部屋の窓から色んな人の声が鮮明に聞こえてきた。
「そのバック、可愛いっ!!」
「え~? そう?」
「斬新な形だね。よく似合ってる!!」
「でしょ~?」
「いいな~。私も欲しい!!」
けれど、そんな会話が聞こえてきてどんなに窓から外を見ても、私にはそのバックがどんな形なのか、ましてや、どんな色なのかさえ想像できない……。その時、あんなにも『どうでも良い』と思っていた世界が、見たくなった。『目が見えなくなってから「見たい」と思うなんて、皮肉なものだ』と思った。
 それから一ヶ月が経ったある日、まだ自分の部屋にこもっている私のところに、流石に一ヶ月も学校を休んでいるのを心配したのか、クラスメイトがきた。
「ねぇ、××ちゃん。学校行こう?」
「そうだよ。今、化学の授業で実験しているんだ~。楽しいよ」
「一緒に、行かない?」
 全く話した事もないクラスメイトの女子達が、ドアの向こうから話しかけてくる。恐らく、クラスの話し合いで決まったのだろう。
「……、ごめん。まだ、行きたくないんだ……」
私は、クラスメイトが家まで来るという事態に申し訳なく思いながらも、素直に想いを伝えた。
「……。そっか……。じゃあ、また来るね」
「そうだね。……、じゃあまたね」
「バイバイ」
 すると、その子達はあっさりと諦めた。私が少しホッとしていると、ドア越しから小さな声でその子達が話しているのが聞こえてきた。

~続~

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文学少女(4)

 倒れた原因は、「有り得ないくらいの高熱」だそうだ。
 医者が言うには、
「よくあれだけの熱で、学校に行けて授業が受けられたものだ。あのまま倒れ続けていたら、確実に死んでいた。偶然通りかかった人がいたから、失明だけで済んだ。失明だけで、本当に良かった」そうだ。
 しかし正直私には、どうやってここにいるのかとか、危機一髪だったとかは、どうでも良かった。それどころか私は、医者の言う「失明だけで良かった」という言葉に憤りすら感じた。私に重要だったのは、今から一生全く目が見えないという事だけだった。
『もう、本が読めない』
その事実は、本が一番大切で、読書で生活がまわっているような、孤独な十七歳の少女には耐えられない現実だった。
 入院してから一週間で退院した私は、「一人じゃ歩けないから」と、車椅子に乗せられた。私の緊急事態に母が呼んだのだろう。退院する日、父が来ていた。そして、私達は車に乗り、父の運転で私は自分の家まで帰ってきた。車から降りた車椅子の私を母が押し、家の中に入った。母に車椅子を押されながら、私は何も考えられず、ただ車椅子の上でボーっとしていた。しばらくすると、ドアが開く音がして、
「ほら、あなたの部屋よ」
と言いながら母が私を部屋の中に入れてくれた。私はあまり働かない頭のまま、記憶の中の自分の部屋を思い浮かべた。
 自分の机・ベットやタンス、机……。そして、部屋の大部分を占めている本棚……。
それを思い浮かべた途端、私は母に
「ごめん。ちょっと気持ちを落ち着かせたいから、一人にして」
と言った。母が部屋から出て行き、ドアが閉まる音を聞いたのを合図に、私は車椅子から立ち上がった。そして、手探りで机などから伝い歩き本棚につくと、そこに入っている本を掴み、床に投げつけた。そこから私は、手当たりしだい本達を投げていった。
「……んで。……、なんで……。なんで。なんで。なんでっ!!」
落ちた本で足が滑りそうになる中、そう叫びながら本を投げ捨てていると、涙がとめどなく溢れてきた。
「なんで!! なんで……。……なんでっ……」

~続~

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文学少女(3)

 私の好きな或るアーティストが、「音楽と文学は似たようなものだと思う」と言っていた。「どちらも、書き手の自己表現なんだ」と。私はそれを聴いて、『だから私は音楽に惹かれたのかもしれないな』と思った。
 或る暑い夏の日、私はいつも通り一人で学校から帰っていた。その日、私は朝からとても気分が悪くて立っているのもやっとだった。
私がいつものように人気のない河原を歩いていると、ふと上から飛行機の音がした。その音がまるで自分のすぐ真上にあるような気がして、私は何気なく上を見上げた。その瞬間、空を見上げたはずの私の目の前が真っ暗になった。そして、私はそのまま気を失ってしまった。
 気が付いた時、私は真っ暗闇の中にいた。頭もちゃんと働いて意識もはっきりしているのにも関わらず、何故か周りが暗かった。初め私は、何らかの理由で目隠しをされているのだと思った。理由は分からないけれど、その解釈が一番納得がいくような気がした。しかし、『それならば……』と、少し疑問を持つ自分もいた。
『目隠しならば、少しくらい光が漏れ入っても良いのではないか? もし、光が漏れ入ってこないようにきつく結んでいるとしたら、何故頭がきつくないのだろう?』
 そこで私は、目隠しを取ろうと頭の後ろに手をやった。しかしそこには、本来あるべきはずの目隠しの結び目がなかった。いや、結び目だけではなく、目隠しとして使用されているはずの布等すらなかった。そして気が付いた。目には何も巻かれていなかったのだ。
 その事実を知った時、私はそのまま動けなかった。しばらくの間、全くと言って良いほどその状況における理解が出来なかった。そしてその意味が分かった瞬間、私はありったけの声で発狂した。今思えば、普通に考えてそこは病院だったのだから、とても周りの迷惑になっていたと思う。しかしその時の私は、今いる場所がどこなのかすらどうでも良くなっていた。私の声を聞きつけて、何人かの人がやってきたのが足音でわかった。その中に母の声がして、ようやく私は落ち着いた。私が母に対して、初めて安心感を覚えた瞬間だった。母が言うには、道端に倒れて動かなかった私を、偶然通りがかった人が見つけ、救急車を呼んでくれたらしい。

~続~

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文学少女(2)

 その日、私は「乙一」という作家さんの本を読んでいた。乙一さんは、今でも二番目に好きだと思えるほど大好きな作家さんだった。
 その日は珍しく、母の機嫌がとても良かった。母は私の傍に来ると、「何を読んでるの?」と聞いてきた。そこで私が、「乙一さんっていう人の本」と答えると、母は「その人の作品、読んでみたい」と言った。私は、母が私が読んでいる本に目を留めてくれたという事が嬉しくて、「いいよ」と言うと乙一さんの作品の中で一番好きな本を渡した。母はその本を私から受け取ると、早速読み始めた。三十分後、母はその本を私に突き出すように返した。『早いな』と思いながらも、「もう読んだの? どうだった?」と聞くと、母は一言「グロい描写があった」と言い、「もう、乙一さんの本は読まない。あなたも、あんな描写がある本、止めたら?」と吐き出すように言った。私は衝撃で、何も言えなかった。その作品は、グロい描写も多々あるが、最終的にはとても心温まるお話だったから……。それなのに、最後まで読まずに拒絶し、更には私にまでそれを止めさせようとするなんて……。その瞬間、私はもう何もかもどうでも良くなっていった。私は、母からどんな酷いことされても母の想いを考え理解し、受け止めてきたのに、何故母は私の本に対してそれが出来なかったのだろうか?
 その日から私はあらゆるものに対して、何の感情も抱かなくなった。それから数ヶ月が経ち、両親が離婚した。親権問題の時、「どっちにつきたい?」と聞かれ、「どっちでも良い」と答えた。すると、「女同士の方が良い」という祖母の意見で、母に引き取られる事になった。それからまた、母のストレスの捌け口になったが、もう『恐い、辛い』という感情は湧いてこず、『痛い』という感情すら湧かなかった。
 そんな私の心を癒してくれたのは、本だけだった。二階にある自分の部屋に籠もり、部屋の大部分を占める本棚の本を読む事で、私の心は救われていた。
そんな私が音楽に出会ったのは、中学二年生の頃だった。毎日聴いていたラジオから、或る日知らないアーティストの曲が流れてきた。それは、一冊の本にメロディーをつけたような、頭の中で情景が鮮明に思い描ける、素晴らしい曲だった。気付くと私は、いつの間にか、その曲を聴きながら涙を流していた。
それから私の居場所は、「文学」と「音楽」の二つになった。

~続~

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文学少女

 私は文学が大好きだ。ファンタジー小説や随筆、興味がある事なら論文のようなものも読む。
 私の一番好きな作家は、芥川龍之介だ。芥川先生の作品は、面白いし、考えさせられるものもあり、ただの暇つぶしではなく、人生において学べる事も多い、素晴らしい作家先生だ。好きな作家を尋ねられた時、芥川先生の名前を出すと、それだけでとても高い確率で、
「凄いね」
と驚かれる。正直、意味が分からない。だから私はその中の一人に理由を聞いてみたことがある。すると
「だって、芥川龍之介って超難しそうじゃん」
と言われた。それを聞いても、やっぱり私には意味が分からなかった。いや、むしろ「疑問が増えた」と言っても過言ではなかった。だって、読んでもいないのに、『難しそう』というだけで、敬遠するのは可笑しいと思うから。芥川先生の小説は、ファンタジックなものが多く、とても面白いものばかりなのに……(因みに、そう答えた子が読んでいた本は司馬遼太郎の本だった。その本の方が、私には難しそうに見えるのだが……)。
 私にとって、文学とは【唯一の居場所】だった。私には文学以外何もなかった。友達もいなかったし、学校も自分の居場所ではなかった。そして、「温かい家族」がいるはずの家でさえも、それは存在しなかった。
 私の家は、俗にいう「家庭崩壊」をしていた。父は、仕事が忙しくなかなか家に帰ってこなかった。だから、母は一人で私を育てた。母は、意地っ張りで人に弱音を見せないようにしていた。自分の母、つまり私の祖母から「大丈夫? ちゃんとやっていけてる?」と言われても、「大丈夫、大丈夫」と平気な振りをしていた。だから、日に日に母のストレスは溜まっていき、それを私へ吐き出した。
 もちろん、父が帰ってきた時は毎回両親喧嘩していた。でも私は母の苦労を一番知っていたから、何を言われても何をされても大丈夫だった。あの出来事が起こるまでは……。

~続~