表示件数
1

信じるということ

信じることってとても難しくて、時間も必要。
でもその信じていることを崩すのはとても簡単で一瞬。
中学の頃クラスでいじめがあった。どんどんエスカレートしていく。止めようものなら自分も巻き込まれる。そんなことは分かってたけど止めざるを得なかった。正義感でも何でもなく、一人の人間としてやめさせた。その時から標的は明らかに自分に変わった。当初いじめられてた子に『ごめんね』と言われた。違う。謝るのはいじめられてた側じゃないはずなのに。そう思ってただ『大丈夫』としか言えなかった。
その時から自分は信じることをやめた。友達も教師も親も自分自身も。
でも負けてたまるかという変な意地だけで学校に通い続けた。やられてもやり返さず、暴言を吐かれても右から左へ流した。
今考えると壮絶すぎる日々だった。
心の拠り所にしたのがSOLだった。
同じような目に合ってる人が居て、自分よりも強く生きようとしてた。だからこそ自分も強く在ろうと思えた。
あの時夜10時にラジオをつけなければこの文章を書くことも無かったんだろうなと思う。
何も信じなかった自分が確信してることは1つ。
自分が自分を信じてやらないでどうするんだと。
長文で失礼しました。
雪に耐えて梅花麗し
冬の寒さに耐えた必ず梅の花は美しく咲く。

1

辛い、しんどい

私には苦手な友達がいます。

クラスが一つしかないので、幼稚園からずっと同じクラスの子です。
なぜか一緒に遊んで友達ごっこしてた時期もありました。
でも、本当はすごく怖いです。その子にぶつかってしまい、「ごめんね!、ごめんね!」と謝り続けたら、「きもい」と一言言ってどこかへ行ったこともありました。傍から見たらなんてことないかもしれないけれど、私には大ダメージでした。
向こうは覚えていないらしいですが、今でも私の心にずっと残り続けています。
これの他にも睨まれることはほぼずっと、幼稚園の頃にはトイレのドアを開けられたり。仲間外れ、無視、はあたりまえ。
死にたい、消えたい、9年間そう思いつづけてました。私は何もしていないのにそこまで追い込まれる意味がわからないです。もっと苦しんでいる人も居るのにこんな軽いことで苦しんでる自分も醜いです。先生に相談して話し合っても、「覚えていない、気のせい、私の目が目つき悪いように見えるだけ」と、謝ってもらった記憶がありません。
隣を通るだけで怖いし、怖くて顔も見れない。
私からしたらあの子のすべてがわざとに見えます。辛いです。
直接的なことは少ないですが、少しずつメンタルは削られ続けています。
仲良くなるつもりはありませんが、気にしてしまうので、気にしない方法はないでしょうか…。

3

誕生日!

今日は17歳の誕生日です!プレゼントなにがほしい?ってきかれてジャガイモねだったのに誰にももらえなかったです…。しょげていた私を見て母がじゃがバターを作ってくれました!
そしてそして!今日の生放送教室にはFROGMAN先生ということで!私は観劇したり映画を見たり本を読んだりすることが大好きで小さい頃から医者になるか脚本家になるという夢を持っていました。そして、どっちにするか決めなければならなくなり、結局親に反対され自らの意志も医者になりたい方に傾いていたことから、医学部受験を選択しました。でも、やっぱり昔から一つの作品を作りあげることに憧れを持っていて、いつか医者をしながらでも自費で映画作品を作ろうと思っています。でも、色々調べたところ私たちが普段見てる映画一本作るのに億単位で動いてるみたいですね…。やっぱり自費で上演されているような作品を作り上げることは不可能なのでしょうか。また、仮に脚本家や映画・舞台監督になるとして、会社に入社するのがかなり年がいってからになったとしたら、何らかの場面で不利だったりするのでしょうか。さらに、会社に入って働く場合、その年に作った作品の興行収入によって、給料がゼロになる年ってあったりするのでしょうか?質問ばかりですいません憧れの職業ということで、逆電したいです!お願いします!

4

SCHOOL OF LOCK!12周年、おめでとうございます

他の人には中々話せない深い傷、それを打ち明けられる数少ない場所がこのSCHOOL OF LOCK!で、10代の皆には道が開ける、僕ら大人には忘れていた感情を甦らせてくれる大切な心の拠り所です。

まだまだ心や体に傷を抱えている子ども達が多いです、それを知れば知るほど『僕はなんて無力なんだ』と思い知らされます。だけど、僕の中でその傷と向き合いたいという想いは今も消えていません、必ずネットから飛び出して実際に行動し、傷を抱えている子ども達の手を掴めるようになりたいです、携帯の画面を前にして嘆くだけなのはもう嫌だから。

やっぱり僕にとってこのSCHOOL OF LOCK!は、新しい自分が始まった場所だと思っています。ここに来てからは、見えない闇に怯えて自分を守る事よりも、大切な人を守る為に戦いたいという強い気持ちを持てるようになりました。どうか皆にもそんな気持ちをいつまでも忘れずに持っていて欲しいです。

きっと、まだ君の知らない君自身の事を見てくれて教えてくれる大切な人がどこかにいるはずです、そんな人と出会って道が開ける事を願います。今僕はそんな大切な人達と出会えて凄く幸せです。

これからも、皆がSCHOOL OF LOCK!と共にありますように。

5

あいみょん先生!

あいみょん先生!
「生きていたんだよな」を聞いた時、とてつもない衝撃をうけました。こんなこと歌ってくれる人がいるんだってびっくりしたし、嬉しかったんです。
みんな簡単に死ぬなっていいますよね。死にたいなんて言っちゃダメだよって。でも、そんなこと誰より本人が一番わかってるんです。それでも、苦しくて、辛くて、生きてるのしんどくて、死を選びたくなる。誰よりも必死に生きて生きて生きてるんです。

私も中学3年の頃から、ここ最近まで、本当に生きるのが苦しくて、死を選ぼうとしてました。
先月、本気で死のうと、飛び込もうと思って、遺書も書きました。でも、死ねなかった。
私はこの日から生きるのがふっと楽になったんです。
本気で死のうとした時、なんか色んなことが馬鹿馬鹿しくなったんです。人目を気にしてる自分、色んなものに邪魔されて、やりたいことを諦めてる自分。
そんなんどうでもいいじゃん。って。人はどうせ死ぬ。そして私は一回死のうとしたじゃん。一回死んでるんだよ。だから、もう怖いものなしだなって。
それから、楽しいです。もちろん、嫌なこと沢山あるし、苦しくなることも、死にてーーってなることもあります。それでも、なんか楽しいんですよね。生きててよかったまではいかなくても、人生悪いことばっかじゃないなって。生きてるんだったら、楽しいことやりたいこと全部やろうぅて思うんです。

あいみょん先生がどんな話してくれるのか、曲を歌ってくれるのか凄く凄く楽しみです。

4

君へ

中学生の頃、友達がいじめられていました。優しいその子は、教室で殆ど声を発することができませんでした。周りは彼女を嗤いました。陰で暴力を振るいました。
そんな彼女が唯一声を出せたのが、部活の時間です。「美術部はオタクの集まり」「スクールカーストの最下位」。そんな目で見られても、わたしは構いませんでした。彼女が他の部員と普通に話して笑ってくれる時間が好きでした。
彼女と同じクラスだった時、わたしはクラスメイトに立ち向かいました。
でも周りはわたしを無視しました。わたしの言葉なんか聞こえないみたいに。
普段は普通に話しかけるくせに、その時ばかりは黙って、遠巻きに見るだけでした。むしろ向こうが言い返してくれればよかったのに。
「こんな行動に意味はない」
そう、気付いてしまいました。担任も最初から他人任せ。次第にわたしも声を発する自信がなくなっていきました。あるクラスメイトはわたしのことを「可哀想な子」と言いました。…彼女は生徒会役員でした。
……じゃあどうして助けてくれなかったの?
今でもあの子を支えきれなかったことが悔やまれます。あと少し自分に勇気があったら、あと少し踏ん張れてたら…。ごめんね、途中で手を離したりなんかして。友達失格だ。罪悪感と後悔は消えないままです。でも、たった一人でよかったんです。たった一人、味方をしてくれる人が欲しかった。それは高望みだったんでしょうか。
私の言葉は、誰の心にも届きませんでしたか?

今もしもいじめがあって、それを止めようと思う誰かが近くにいるのなら。
絶対に見捨てないであげてください。一人の勇気をなかったことにしないでください。いじめの連鎖を断ち切ってください。そのたった一人の味方を待っている人がきっといます。そしてできることなら、君がいじめを止める最初の一人になってください。
わたしの経験なんてよくあることかもしれない。でも今もずっと苦しいままです。
長々失礼しました。