一袋十九円のもやしで救われた昨日があって、ただぼくがその続きを歩いている、それをいのちと呼ぶかぎり誰のことも好きにならない。救急車のサイレンを聞くたびに三秒だけ祈るひと、かたちのない意思のない夜、生まれ変わりを信じているから他人に優しくなれるとかぜったい嘘だと思う。エンドロールまで泣かなくたっていいよ、秒針のリズムでこぼれ落ちていく愛想笑い、幼い頃の水面のきらめきを忘れて正常に死んでいくことなんてできない。
無責任な涙ばかりを集めたら湖ができました 溺れることを心底おそれながら飛び込まずに いられないのです健康的で文化的なぼくらは 神さまの名前で輪郭をつくったせいでいつも きみの持っているものは眩しくてきらいだし 朝日には背伸びひとつぶんだけ間に合わない 祈りが届く瞬間をまだひたすら信じていた頃 大切にしたいすべてはずっと傍にいてくれた きみが光ったことをおぼえていてあげるから ぼくが死にたがったことは絶対に忘れてくれ
マフラーのあたたかい巻き方を覚えました。ひとりで食べるおでんの味にも慣れました。はじめましてに、たぶん少しだけ鈍感になりました。わたしを生きるために不必要なものってなに? ずっと好きでした、いつかだれかに告げるかもしれない。その瞬間にきっとぜんぶを嫌いになるような、予感、あのね、怖くないことがおそろしいと言ったら、笑ってほしい。 ぬけがらで塞いだこれまでの道に墓標を立てて、なみだと眠って朝日を待つよ。みんなみんないっせーので生まれたらよかったのにね。
口癖のように口笛のように死にたいを繰り返してここまで来てしまった、ずっと生きたいまま。涙が出るから眠るよ。ぬるくなった湯船だけがあなたが憎いことを憶えていてわたしは、朝になって剥ぎ取られるすべてから空っぽのプレゼントを守ろうとしていた。やわくひかる、あの翅に口づけてもいいですか。目が覚めることがこんなに怖くていとおしいこと、いつ知るのが正解でしたか。
夏と秋のあいだの夜には懐かしいさわやかさがあるよね、後悔と実らなかった夢の匂いがするよね、振り返らない後ろ姿が揺れてぼうっと光るよね、
喉につかえた底冷えが血液のめぐりに染み込む 通り過ぎてゆくひとびとの流れ 恋や愛についての話にそっと肩身を狭くした 右側だけ巻いて諦めた髪の毛はひとまとめにして 切り忘れていた小指の爪を噛み切りたい 泣きたいときに涙がでないからだは欠陥だらけだ 正しい生まれかたをおしえてよ神さま もっときれいに呼吸がしてみたい
会いたくなくて死んでしまいそうな夜だ 煤けた靴紐にひっかかったままの合言葉 ふとした時に思い出すのが想いびとなら さみしさでできた輪郭をなぞったみたい きみに繋がるすべてが街になってしまう 深夜に駆け込んだ牛丼屋さんの看板とか どこかへ帰りたい気持ちをかかえたまま ベッドに沈んできのうの夢に浮かぶふり 名前のないわたしを小説だけが見ていた
爪先だけで泣いている ずっと雷みたいだ 反射した夕日に目を細めた 去っていったピアノの音 乗り込んだバスは行き先がちがっていて なにもなかったような顔のまま 二停先で下車して歩く ひとつのことだけを考えている そのとき遠くなるすべてを 笑顔で見送った知らないあなた 秋のにおいが立ちこめる坂道 振り向いたわたしは何者でもなくて 夜のはじまりが鳴るまで空を見ていた
諦めないことはうつくしくて、だから、もう光らない星、朝の雨、髪を切ったきみ、そういうすべてがとてもすきだ。あいしてると言えない、ただそれだけのせいで、たくさんの不格好な飾りに埋もれていく。こんなふうに消えるために生まれたわけじゃない、透明になれないものばかりが叫んで、勝訴勝訴、勝訴。それでも痛みは権利だ。3周まわってひっくり返った世界なら、出会わなければよかったなんて思わない。
カーテンの隙間から降る白い空 大人になりたい何度目の夜