表示件数
1

ハープ

 傷心を癒しに、海に行った。浜辺で、人魚がハープを弾いていた。
「お上手ですね」
 人魚はハープを弾くのをやめ、やや警戒する感じで僕を見上げた。
「あ、どうぞ続けてください。僕もギター弾いたりするんですよ」
「いえ、もう飽きたので。……あの、この辺にビジネスホテルかなんかありますか?」
「ご旅行で」
「家を追い出されたんです」
「はあ。なんでまた」
「わたしは人魚国の王女なのです」
「それはそれは」
「父である国王が、国王であることに疲れ、これからは民主主義で行こうと考えて、選挙をしようと言い始めまして」
「ほうほう」
「わたしはそういうの嫌なので、反対したら出て行けと」
「民主主義、いいじゃないですか。選挙。大いに賛成だなあ僕は。選挙権を得てから投票は一度も欠かしたことないんですよ」
「……よく、わかりません。なんで選挙に行くんですか?」
「国民の権利だから」
「違うでしょ。周りのひとが行くからでしょ」
「そんなことは」
「いまの世の中いまの生活に不満でもあるの?」
「そりゃあ、ないけど」
「現状に満足しているのに選挙に行く必要あるの? 権威のあるひとの意見に流されてるだけなんじゃないの?」
「それはその……あ、海から誰か来ましたよ」
 半魚人ふうの男が海から上がると、人魚に近づき、僕をちらっと見てからなにやら耳打ちをして、海に戻った。
「誰も投票に来なかったので結局王政を維持することになったそうです。候補者も最初から乗り気じゃなかったみたい。それではさようなら」
 人魚は盛大にしぶきを上げ、たちまちかなたに消えた。浜辺にハープを残して

0

パルフェ

ようアキラ。まあ座れ。
りょうさん、久しぶりっす。珍しいっすね。ファミレスなんて。
お前が指定したんだろ。
正月のこの時間帯じゃあファミレスしか開いてないんで。
なんでも好きなの頼め。
遠慮なく。……えーっと、リンゴのパルフェひとつ。
お前、ずいぶんかわいいもの食うんだな。
はい。これ、アイドルグループ、シーザーサラダのカレードリアちなみちゃんが好きなメニューなんです。
そのグループ名と芸名、絶対このファミレスで考えてるだろ。
あ、来た来た……うんうん、うまたん。
なんだそのうまたんって。
うまいってことです。いまどきのティーンはみんなたんつけるんす。
アキラ、お前いまいくつだ?
三五っす。
彼女できたのか?
できません。
だろうな。
あ、でももてるための情報収集は日々怠ってないっす。
どんな情報を収集するんだよ。
最近雑誌で読んだのは……パーソナルスペースってあるでしょ。
なんだそれ。
他者との身体的な距離っすね。
うむ。
女性はね、嫌いな男性とはパーソナルスペースを広くとるらしいです。
じゃあ俺はやっぱりもてるんだな。西口の立ち飲みの店員のねーちゃんがんがんぶつかってくるもの。
それは狭いからでしょ。それにりょうさん狭い所でも周りに気ぃつかわないから。
うん、俺、狭い所きらたん。
なに若ぶってるんすか。
お前が言うんじゃねえよ。
へへへ。
へへへって……お前なあ、その手の情報正しかったらとっくに結婚してるだろ。
疑うことも必要っすよね。
クリティカルシンキングができないとな。ただ、確固たる自我がないとなにを信じいいかわからなくなり。結果、耳ざわりのいい思想を受け入れ、破滅を導くこととなる。
さすがっすね、りょうさん。
まあな。ちょっと便所行ってくるわ。

ぐっ……アキラ……お前、裏切りやがって……
いやぁ、すみません。実はカルガモ組にヘッドハンティングされましてね。あんたの販売ルートじゃあんまりもうからないんですよ。こいつは頂いて行きます。証拠になっちまうんで。ああそうだ。クリティカルシンキングができないからこうなるんですよ。じゃ。
がはっ……つらたん……

0

真に平和や幸福を願っているのなら、考えることをやめないことだ。

「あけましておめでとう。
久しぶりねえ、りょう君。
いまお仕事なにしてるの?
あらそうだったわね〜、ごめんなさい。
昨日はね、孫太郎が熱出しちゃって。
かわいいわよう、孫はね〜。
これ朝四時に起きて作ったの。
あ、じかに箸つけないでくれる。
いま分けるから。
ふん。ふん。ふん。
ところでカナがね〜、誕生日に財布プレゼントしてくれたのよ。
見る?
そんなに高いものじゃないけど。
デザインがいいでしょ。
向こうのご両親がまた素敵なひとなのよう。
こっちの親戚なんかよりずっと頼れるわ。
ところで孫太郎が最近習い事始めてね。
いまはね〜、もう三歳から習い事なんて当たり前だものね〜。
お金かかるわよう。
カナもたいへんよもう、まいん……っちお弁当だから。
自分と子どもとアキラさんの分も

もう、まいん……っち。
正月休みは?
ライブ。
カナもね〜、高校生のころピアノリサイタルしたことあるの。
この間カナと孫太郎でショッピングモール行ってね。
ばあば、ほらあれなんだっけ。ゲーム。発売日だよって。
買ってあげるしかないじゃないの。
ちゃっかりしてるでしょう。
向こうのご両親が犬五匹も飼ってるのよう。
犬だけの部屋があるんだって。
経営者だからね〜。
ケンちゃんの店なんて閑古鳥よう。
近くにファミレスできちゃったからね〜。
お姉ちゃんも三人大学出したけど。
孫がいないんじゃあ寂しいわあ。
どうして結婚できないのかしらねえ。
えっ。
ああ、だから昨日は孫太郎が熱出しちゃってお金おろせなかったのよう。
ごめんなさい。月末必ず返すから。
ほんとごめんなさいね〜。」

2

家族

「いや〜、助かりました。 なかなか止まってもらえなくて」
「ヒッチハイクで旅行なんて無謀だ」
「日本人は親切だってきいてたもので」
「そう簡単に車に乗せたりはしないよ」
「はい。三日間立ちっぱなしでした」
「もう歩けよ」
「へへへ」
「へへへって」
「あ、紹介遅れました。わたしはチャンシャガチャンドリンアスパルクです」
「すごい名前だね」
「ワンチョリカンガジ語で天の上の出っ張った谷、輝ける暗闇の閃光です」
「支離滅裂だ……ワンチョリカンガジ語ってどこの言葉だよ」
「世界で三人しか話せる人いません」
「失われゆく言語か」
「ちなみにワンチョリカンガジ語が話せるのはわたしとお父さんとお母さんです」
「君の一族で伝承してるんだ」
「いえ、わたしとお父さんとお母さんで考えた言葉なんです」
「そんなの言語として認められるか」
「ところでお家はどのへんなんですか?」
「この近くだけど。もっとにぎやかな所まで送るよ」
「あの、なんかヒッチハイクするのも疲れちゃったんで、お家に泊めてもらえませんか。よかったらワンチョリカンガジ語教えますんで」
「降りろ」
「まあまあ」
「なにがまあまあだ」
「あ、そこでいいです」
「そこで? 車なんてまず来ないぞあんな通り」
「もういいんです。国に帰ります」
「宇宙から円盤でも迎えに来るのかぁ?」
「ははは、まさか」
「じゃあな。気をつけて」
「どうも」
    *    
「ただいま」
「お帰りなさい。どうしたの? なんだか顔色が悪いけど」
「ああ、いや、なんでもない。りょうは起きてるのか?」
「もう寝ちゃったわ。あなた遅いんだもの」
「そうか」
 なぜ自宅を通り過ぎてしまったのだろう。会社を出てからの記憶がまったくない。脳梗塞かなんかの前兆だろうか。来年は人間ドック受けるか。また金がかかるな。
「ナルゴルンギュンギュワベイ?」
「なんだって?」
「ワンチョリカンガジ語でビール飲みますかって言ったの」
「なんだそれは」
「りょうと二人で、家族だけに通じる言葉を考えようって、さっきまで遊んでたの。おもしろいでしょ」
「家族だけに通じる言葉か。そりゃいいや」
 俺は缶ビールを開け、一口飲んでから、今年ももう終わりだな。と、妻に言った。ワンチョリカンガジ語で。

1

ビーバー

 二年ぶりにビーバーに会いに行った。ビーバーはダムをつくっていた。結婚するんだ。と、ビーバーは言った。
「君はまだあの女と?」
 ビーバーは流されぬよう、ダムの枝につかまりながら言った。
「続いてるよ」
「あんな腹黒女」
「腹黒どころかどす黒だ」
「どこがいい?」
「まあまあかわいい……ただ問題なのは、本人はすごいかわいいと思ってることだ」
 ビーバーは、はははと笑い。今夜は飲もうや。と言った。
「ちょっとアンタ」
 背後から、声がした。ビーバーの彼女らしきビーバーが立っていた。彼女ビーバーだ。彼女ビーバーは俺をちらっと見てから、ビーバー(彼氏ビーバーだ)に、今日はお正月の買い出しに行くってメールしたでしょ。と、ややいらついた口調で言った。
 ビーバー(彼氏ビーバー。べつに書かなくてもわかるか)はあわてて携帯を取り出し、メールを確認してから(確認したふりかもしれない)、悲しそうな表情になり、すまなそうな表情を俺に向けた。
 俺は黙ってうなずき、「じゃあ、また」とかなんとか言ってから駐車場に向かった。
 車に乗り、エンジンを始動させてから、彼女からメールが来ていたことに気づいた。そういえば正月、彼女の実家に行く予定だったことを思い出した。
 俺は携帯の電源を切り、車を走らせながら、ビーバーはまだ、ガラケーなんだな。ぼそり、つぶやいた。