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五行怪異世巡『霊障遣い』 その③

その夜遅く、青葉は長女が家を出る気配を自室で感じ取り、布団から抜け出した。
窓から部屋を抜け出し、蔵から持ち出した木製の杖を利用して敷地の塀を跳び越え、真夜中の街に繰り出す。
この日、街の至る所には霊能者と思しき人影があり、見つからないように青葉は屋根の上を移動することに決めた。
(……そういえばカオル)
心の中で、愛刀の半身に呼びかける。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(『力』って、この杖のことなんだよね?)
(まあね。なんでか今は眠っているみたいだけど……ワタシの可愛い青葉の愛刀〈薫風〉と同じように怪異に対して有効だから、役に立ってくれるよ。それに、〈薫風〉と違って持ち歩いても怪しまれない!)
(……たしかにね)
外見上完全に日本刀である〈薫風〉と比べて、全長1m程度のやや古風なただの杖にしか見えないそれは、普段携行するにはよほど適切に見えた。
「……っとっとっと」
民家から民家へ飛び移り、バランスを崩して屋根の上を転がりながら態勢を整える。立ち上がって服についた埃を払っていると、彼女のいた屋根の下、住宅街を貫く通りから人の騒ぐ声が聞こえてきた。
(……?)
屋根の端から、静かに顔を出して見下ろす。3人の霊能者が、無数の青白い腕の姿をした悪霊と交戦していた。
(……あれが、大量の霊能者を駆り出すほどの怪異? にしては大して強くもなさそうな……)

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その④

午後3時頃、釣果0で帰ってくると、ちょうどのタイミングで親から電話がかかってきた。テレビ通話をオンにして通話を始める。
「もしもし母さん?」
『あぁ出た出た。いつもの生存確認』
「もうそんな時期か。こっちは見ての通り無事だよ。怪我も病気もしてないし、ちゃんと飯も食ってる」
『そう、それなら良かった。でも、何かあったらすぐに他人に助けを求めなさい。こっちに来たって良いんだから。大体なんでそんな危険な場所に残ったんだか……』
「別に良いだろー。郷土愛だよ郷土愛。強いドーリィだっていんのに、むしろみんながビビり過ぎなんだって」
『はいはい。…………ところで』
向こうの視線が何だかおかしい。やけに画面端を気にしているような……。
『その子、誰?』
「あー?」
母の言葉に横を向くと、いつもの釣り場で出会ったあの少女が満面の笑みでこちらを見返していた。
「……………………」
何か言おうとした奴の口にブロック・ミール(保存食)をぶち込み、下手なことを言わないようにしてからスマートフォンに向き直る。
「最近できた友達。ちょっと用事があって来てもらってんだよ」
『へえ……?』
「っつーわけで忙しいから切るぞ。じゃ」
いやににやついている母親に手短に挨拶して通話を切り、少女の方に向き直る。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その③

次の日、朝早くいつもの釣り場に行ってみると、昨日の少女が既に釣りを始めていた。何となくその場から離れようとすると、突然こっちに振り向いてきた。
「あっお兄さん。んへひひ、おはようございます」
「………………」
1歩後退る。少女が立ち上がった。もう1歩後退る。こちらににじり寄って来た。後ろを向いて走り出す。一瞬で追いつかれて背中に貼り付かれた。
「だああ離れろ! 昨日から何なんだよお前はぁっ!」
「うひひひひ……」
「だっかぁらあっ! 笑って誤魔化してんじゃあねえ!」
体感数分の格闘の末、ようやく少女を少し引き剥がしたのとほぼ同時に、遠くでウミヘビが顔を出した。思わずそちらに視線が向く。
「あれ……今日はいつもより近くに出てきましたね?」
「あ? そうか?」
「そうですよぉ……いつもより3倍近いです。今、大体ここから100mくらいの距離ですかね?」
「そういや何かデカいとは思ったけど……」
「まあ……こっちには来ないでしょうし。それよりお兄さん、今日は釣りしないんですか?」
「いやビーストが近くにいてできるわけ無いだろ。あと離れろ」
ウミヘビに気を取られた隙に再び身体をすり寄せてきた少女の頭を掴んで引き剥がそうとする。何故か奴はすごい力で引っ付き続けていた。
「んへへ、こわいのでもう少しくっつかせてください」
「駄目に決まってんだろ離れろ」
「こんな美少女に抱き着かれてるのに、何が嫌なんですか?」
「もう3倍血色良くなってから出直せ阿呆」
「体型はこのくらいが好み……と」
「馬鹿なの?」
再び引き剥がそうとしていると、上空を何かが物凄いスピードで通り過ぎて行った。
「うおっ」
「おやいつものドーリィちゃん。朝早くから大変ですねぇ」
「あれが来たなら、もう大丈夫か」
「少なくとも陸地は安心安全でしょうねぇ」
「なら離れろ」
「腰が抜けててむりそうでーす」
「ナメてんじゃねえぞ」

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その②

翌朝、青葉が目覚めて居間にやって来ると、長女と平坂が話し合っていた。
「あれ、潜龍さん。あ、姉さまおはようございます」
「あらおはよう青葉ちゃん」
姉に頭を下げ、青葉は平坂に近付いて行った。
「やっぱり頼るんですね」
「ああ、人手は多かった方が良い」
「正しい判断だと思いますよ」
親しげに話す二人に、青葉の姉は首を傾げた。
「青葉ちゃん、いつの間に仲良くなったの?」
「まあ、少し縁がありまして。姉さま、頑張ってくださいね」
「ええ」
青葉は居間を後にして、母屋から出た。
(ねえ、ワタシの可愛い青葉?)
「……なに、カオル?」
青葉に憑依した愛刀の半身が、脳内に直接響く声をかける。
(『力』、欲しくない?)
「……力?」
(そう。今この街に現れている何かに立ち向かうための力)
「……”潜龍神社”が動いてて、姉さまも出るのに、無力な私なんかいらないでしょ」
(ねえ、ワタシの可愛い青葉? ワタシは『欲しいか』って訊いたんだよ。『必要か』じゃなく、ね)
どこへ行くでも無く庭を歩いていた青葉は、カオルの言葉に足を止めた。
(客観的な要不要じゃなく、ワタシの可愛い青葉の素直で正直な願望を聞きたいな)
「…………どうすれば手に入るの?」
(そう来なくっちゃ。この家には大きな土蔵があったよね? そこに行って)

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル キャラクター紹介

・ヴィスクム
モチーフ:Viscum album(ヤドリギ)
身長:139㎝  紋様の位置:左の掌  紋様の意匠:絡み合う蔦草の輪
紅白のもこもことした防寒衣装に身を包んだ、深緑色のショートヘアのドーリィ。
得意とする魔法は、対象と自身の肉体のスワップ。紋様の浮かぶ左手で触れた相手の肉体の一部を、自身の同じ部位と入れ替えるというもの。他人の身体の一部を借りた状態でその部位に触れれば発動する。
①魔法発動のトリガー(左掌の接触)②魔法発動の意思(ヴィスの脳で決定)③スワップ対象範囲の選択(ヴィスの脳で決定)の3要素が魔法行使に必要なのでたいへん厄介。
固有武器は全長1.2m程度の全く同じ形状の直剣7振り。7本全部合わせて1つの武器。
戦闘時に動かしやすいように、マスターのキリの成長に合わせて身長を変えている。なお契約してからの約6年、彼女の成長量は合計1㎜にも満たない模様。
キリに身体強化を施した自身の腕や脚をスワップすることで彼女も戦えるようにしたり、キリの負傷部位を自身の無傷のパーツと入れ替えつつ自身が受け持った負傷部位は回復魔法で治癒するなど、マスターのサポートに魔法を使う傾向にある。ちなみに最強なのは右腕だけをスワップした状態。手を叩く度にスワップの魔法で全身をスワップし、位置の入れ替えを行いながら大量の剣で斬りかかるコンビ戦術が鉄板。
Q,なんでキリちゃんの肌の傷痕は治してあげないの?
A,「傷だらけのちょっとワイルドなキリちゃん素敵♡」だそうです。ふざけてるよね。

・キリ
年齢:16歳  性別:女  身長:139㎝
ヴィスクムのマスター。ヴィスクムのことは「ヴィス」「サンタクロース」「相棒」などと呼んでいる。生育不良の肢体と全身小麦色に日焼けした傷だらけの肌が特徴的な黒髪ショートヘアの少女。
元は片親の家庭だったが、幼い頃に、あるドーリィのマスターだった父親がビーストの被害に巻き込まれてドーリィ諸共死亡し、それ以来ビーストたちへの復讐のために生きてきた。ある時遭遇したビーストから致命傷を受け、死にかけていたところをヴィスクムにマスターにされる形で命を救われた。
自分の肉体に対する執着心が乏しく、負傷にあまり気を払わない。これはヴィスクムの魔法も悪いところある。

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その⑥

ヴィスクムはその場でクラウチングスタートの構えを取り、全身に身体強化の魔法を高威力で巡らせた。
(キリちゃんをあの有毒空間の中にあまり長い時間いさせるわけにはいかないからね。『一瞬』で、突き抜ける!)
超高速で射出されるように、ヴィスクムは毒霧の中に飛び込んだ。そしてキリとスワップした右手と自身の左手を打ち、勢いそのままにキリと全身をスワップする。
キリはちょうど両手の位置に生成されていた2本の剣を握り、ビーストの心臓部を狙う。
それを迎撃しようとした8本の首には、転移術によって出現したヴィスクムが対応する。半数の4本は剣の投擲によって地面に縫い留められ、残り4本は剣1本で捌かれ、そのうち1本は切断された。
「そのまま……突っ込め!」
完全に防御の空いた胴体に到達したキリは、速度の乗った1撃目で鱗の装甲を破壊し、勢いの減衰しないままの2撃目で肉を貫き、骨を打ち砕き、心臓を破壊しながらすれ違った。そのまま廃墟の壁に衝突しそうになるキリを、転移したヴィスクムが抱き留める。
「やったよキリちゃん。君が倒したんだ」
「うん……ヴィスもありがと。私だけじゃまず無理だった」
「そりゃキリちゃん、ただの発育不良の人間だし……。ほら、帰ろう? こんなに大きなビースト倒したんだから、きっと手当もたっぷり付くよ。美味しいもの食べてゆっくり休もうね」
「ん」
2人は並んで、SSABへの道を歩き出した。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その②

「全然釣れないのも、ビーストの影響ですかねぇ?」
少女の方を見ると、ニタニタと意地の悪そうな表情でこちらを見上げている。
「何だお前」
「釣り人です」
「なら釣りしてろ」
「でも魚いないし……」
「それはそうだけども……」
取り敢えずウミヘビの方には注意を向けつつも、釣りを再開した。30分ほど、隣にすり寄ろうとしてくる少女を片手で牽制しながら釣り糸を垂らしていると、沖合の巨大ウミヘビが急に仰け反った。
「お、ようやくドーリィが来たな……」
「来ましたねぇ。今回も追い払うだけになるんですかねぇ」
「あのウミヘビ、無駄にタフだからな……。頑張ってほしいけどなぁ……」
「あの子のお陰で上陸してまで大暴れしたりはしないですから、それだけでも十分助かりますよね。まあアレのせいでこの町の漁業関係者は大体職を失っちゃいましたけど。海に出たら沈められちゃう」
「こうして堤防釣りしてる分には平気だから良いんだけど……いや全然良くねーか」
「んひひ…………あっ」
少女の声に海面を見ると、彼女の竿から伸びる糸が引かれている。
「かかったけど……雑魚ですねぇ……」
そう言いながら、少女はしばらく釣竿を上下させていたが、急に糸が引かれなくなった。
「逃げられちゃいました」
「そうか」
ウミヘビの方から爆発音が響いてきた。
「やったか?」
「やってないんじゃないですかね」
そっちを見てみると、巨大ウミヘビはまだ生きているようだった。
「ほらぁ」
「マジか……」

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その⑤

「相棒ぉっ!」
体外に続く穴に向けて、キリが呼びかける。
「はいはーい……っと!」
ヴィスクムは体外からビーストに接続された左腕に転移術で接近し、その掌を『キリの左手で』叩く。
「スワップ」
魔法が発動し、『ヴィスクムの左腕』と『キリの左腕』の位置が入れ替わる。
(よし、これで私の腕は取り戻せた)
そのまま己の下に戻ってきた左腕で、ビーストの胴体に軽く触れる。『ヴィスクムの左腕』と『ビーストの左前腕』が入れ替わり、竜の腕がヴィスクムに移動する。
「っはは、でっかいだけあって腕も重いね! これで……そおりゃっ!」
そのまま、竜の腕でビーストの頭部の1つを殴り潰した。残り8つの頭部は同時に咆哮をあげ、一斉にヴィスクムに襲い掛かる。その1本は、彼女のかざした竜の腕を噛みちぎった。
「あぁららー、自爆だね?」
挑発的に笑ったのと同時に、ヴィスクムの身体はビーストの体内に転移した。キリが自身に移動していたヴィスクムの左腕で、2人の位置を入れ替えたのだ。
「そしてぇ……ぽいっと」
短距離転移術で体外に移動し、毒霧の範囲外に出現してからキリと入れ替わる。
「キリちゃん、身体は大丈夫? 毒霧はまだ収まってないけど……」
隣に転移してきたヴィスクムに、キリは親指を立ててみせた。
「息止めてたから大丈夫」
「それなら良かった。……さぁて。お腹に大穴、片腕欠損、頭も1つ取った。一気に決めちゃおうか!」
「うん。手ぇ貸してもらうぞ、相棒」
キリは立ち上がり、左隣のヴィスクムと手を叩き合わせた。