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パーティー

「くう〜りすっまっすがこっとっしっもっやあ〜ぁてっく〜るっ♪」
「上機嫌だね」
「当たり前じゃん。もうちょっとでクリスマスなんだよ」
「クリスマスって毎年あるんだな」
「そうだよ」
「どうして?」
「んー。なんかの記念日なんじゃない?」
「なんの?」
「えーっと……誰かの誕生日だった気がする」
「誰かの誕生日を世界じゅうの人が祝うってすげーじゃん」
「うん。すごい人なんだよ。ところではると、今日も仕事休んだでしょう」
「だって正社員がさあ。むかつくんだよ。派遣にばっかりきつい仕事押しつけやがって。いや、やってもいいよ。だけどさ、そのぶん仕事の効率悪くなるだろ。あいつら仕事じゃなくて自分優先なんだよ」
「工場労働者というのは仕事ではなく感情を優先して生きている。定年まで何十年も同じことを繰り返して生きていかなければならないんだからそうしないと自我防衛できない。仕方ない」
「それ刺さるー」
「ツイッターにあった」
「あー、パーティーしてー。クリスマスまで待ちきれねー」
「じゃあやろっか、パーティー」



「クリスマスだってのにバイトかよ」
「だってパーティーしすぎてお金なくなっちゃったんだもん」
「せつねー」

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ファイルA

 人は想像力があるゆえに絶望する。希望はどうだろうか、希望もやはり、想像力の産物だろう。だが絶望を凌駕する希望を持つには、想像力だけでは足りない気がする。一時期、宗教にすがるということも考えたことがあるが、宗教をまるごと受け入れる純粋さはもはやないとあきらめた。情報社会に生きる現代人は想像力が多岐にわたっているため、宗教を受け入れる単純な想像力を失ってしまっているのだ。だがしかし████████████████████████████。
 受動意識仮説というのがある。すべては記憶が作り出した無意識が処理をしていて、意識はその結果を受け取っているにすぎないという説だ。では意識は何のためにあるのか。意識は記憶の補助装置なのだという。それならば意識が無意識の暴走を抑制することができるのではないか。意識化され、まとめられた情報を無意識に送ることで無意識も変わる。意識と無意識は相互に作用することによって成立しているのだ。自己欺瞞することなく、██████████████████████████████████████████████████████ていれば素晴らしい人生を送ることができるだろう。

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エドヴァルド・ムンクにささぐ

 ムンキーな気分だったので会社を休んだ。嫌味を言われたが平気だ。なぜなら上司は社会制度、社会的慣習に従順な権威に弱い自分の頭でものを考えられない他者の心を想像することができないモンキーだから。
 わたしはモンキーではない。人間には好きに休みを取る権利がある。このところ、疲労により、脳の一部しかはたらかなくなっていたのだ。脳の一部しかはたらかないとどうなるか、視野狭窄になる。
 人間は脳の機能低下により神経が過敏になったり、感受性が鋭くなったりする。情動脳の抑制がゆるくなるため、情動脳にたくわえられた記憶にアクセスしやすくなる。遠いむかしのことをくよくよしたり。いつまでも嫌味を言われたことを気に病んだり。
 すべての精神疾患は脳の一部だけが活性化することによって生じる。脳全体が活性化しなければ精神疾患は治らない。仕事とは常に距離をとっていたい。でないと本格的に頭がおかしくなってしまう。そろそろスーパーが開く時間。ビールと、韓国海苔と、チーズとキムチを買おう。今日は一日、動画を見るのだ。
 スーパー行ってついでに日用品買って帰ってタブレット、テーブルに立ててとりあえず旅番組チョイスしてソファーに座って韓国海苔でカマンベールチーズ巻いて食べてたら悪魔が現れた。わたしの母の姿で。
「お母さんだよ〜」
「さっさと消えてください。わたしは動画を見るのです」
「そんなだから彼氏ができないのよ。同僚の男の子とLINEの交換とかしてるのかしら。してるわよね。ほらあなたにしつこく言い寄ってきてるあの人、何ていう人だったかしら。とりあえずチャットでもしてみたら?」
「……わたしは暇つぶしに好きでもない男の人とチャットするような志の低い人間ではないので。ではさよなうなら」
「あなた会社休みすぎなんじゃないの〜」
「わたしは奴隷ではありません。日本人は先進国の住民であるにもかかわらず、主体性がないのです。わたしはわたし。わたしのことはわたしが決めます。そもそもあなたはわたしにアドバイスできるような就労経験などないでしょう」 
 つい本当の母には言えないことを言ってしまう。  
 わたしの母は幸せである。なぜなら向上心がないからである。向上心がないのは足りないからである。
 向上心があるから人は病む。母は病まない。

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Autumn Letter 後編

「何それ。……いまどんな研究してるの?」
「DNAの鎖で立方体を作ってる」
「そんなのただの折り紙じゃん」
「その立方体を既存の乗用車のパーツに置き換えて組み立てたらどうだ?」
「……小さな、乗用車ができる」
「そうだ。つまりナノ乗用車ができる。その乗用車にやはりDNAの鎖でできたマニピュレータをつける。その車両は特殊な変異を遂げた細胞を取り除くようにプログラムされている。それを人間の体内に入れたらどうなる?」
「ガン細胞などの変異体をやっつけてくれる」
「ピンポイントでな」
「そんなのまだ先の話でしょ」
 乃恵瑠はすっかり氷のとけたコーヒーを飲み干して言った。陽翔の目が光った。
「何だか、身体が、変」
 乃恵瑠の様子に頓着せず、陽翔が立ち上がった。
「先の話じゃない。試作品はできている。だが量産ができなかった。量産できなきゃ従来の高額な治療費の壁をぶち破れない。これじゃ意味がない。だが画期的な方法を僕は見つけたんだ。マシーンは人間の細胞で作られている。人間の細胞に親和性がいちばん高いのは人間の身体だ。君が飲んだのは酵素入りのコーヒーだ。君はナノマシーンの工場になるんだ。悪く思わないでくれ。ひとりの犠牲で世界中の億単位の人たちが助かる」
 と、言い終えるか言い終えないかのところで陽翔は血を吐きくずおれた。
「あっはっはっはっはっ」
「⁉︎」
「あなたが書類の束に忍ばせておいた試験管の中身、あれはただの水よ」
「何だと」
「あなたのいる前で堂々とすり替えたのに話に夢中でまったく気づいてない。シングルフォーカスしか持たない典型的なオタクね」
「なぜだ……」
「死ぬのやなんで。ま、わたしも女、告白欲求が強いから教えてあげるわ。どうせあなた死んじゃうんだから。わたしは某国の製薬団体に雇われた工作員なの。製薬メーカーの抗がん剤の売り上げってわかる? 風邪薬なんて目じゃないわ。あなたの開発した技術が出回ったらどうなるか、わかるでしょ。じゃ、おやすみ。あっはっはっは。あっはっはっはっは。あーっはっはっはっ」
 夜はめっきり冷え込むようになりましたね。皆さま、ご自愛くださいませ。

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Autumn Letter 前編

「あったかいコーヒーと冷たいコーヒー、どっちがいい?」
 両手に紙コップを持った柏木乃恵瑠(かしわぎのえる)が日向陽翔(ひなたはると)にたずねた。秋の昼下がりの研究室。昨日も遅くまで実験していたらしく、陽翔は椅子に腰かけたまま伸びをして、「冷たいの」と眠そうな声でこたえた。
「乃恵瑠は地元どこだっけ?」
 コーヒーを受け取りながら陽翔が言った。陽翔の質問はいつも唐突だ。
「お父さんは京都、お母さんは神奈川。どうして?」
 湯気の立つカップに息を吹きかけながら乃恵瑠が言った。
「性的な魅力のある人は遺伝情報に多様性があるそうだ。両親の出身地が物理的に離れているということは遺伝的距離も離れている可能性が高い。つまりその子どもは遺伝情報に多様性が生じる可能性が高いということになる」
「わたし、魅力ある?」
 乃恵瑠がそう言うと陽翔は、「大したことない」と言って立ち上がり、散らかった机をごそごそやり出した。
「そういうふうにはっきり言っちゃうところが理科系なんだよなぁ」
 乃恵瑠はそう言ってくすくす笑った。
「なあ」
「うん?」
「やっぱりあったかいの飲みたいわ。取り替えて」
「えー、やだよ」
「いまあったかいコーヒー飲むと、いいアイデアが出るってお告げがあったんだ。頼むよ」

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稲荷寿司

 空気は乾燥してるし毎日嫌なことばっかだしまわりは嫌な奴ばっかだし田舎だし学校遠くて通うのめんどくさいしでもお母さんうるさいからしぶしぶ唇の皮を歯でむきながらほら、ぷぷぷって歯の先でむいた皮吐き出しながらとぼとぼ歩いてたら汽車来てたからでっかい胸揺らしながらホームに向かって階段ダッシュしてわたしの胸はお母さんゆずりの巨乳でずっとコンプレックスで高校卒業したら東京で絶対小さくする手術するんだって三年前から強迫的に浮かんでくる観念にまた頭支配されちゃってわーってなっちゃってホームにうずくまってたらトレンチコートに肩かけ鞄、ハット姿の哀愁漂わせた初老の紳士が大丈夫ですかって声かけてきてうつむいたまま大丈夫ですって言ったら、「そんなに世のなか素晴らしい人いますか? あなたはまわりにばかり求めているようですがあなたは素晴らしい人に見合うだけの人なのでしょうか。まあそんなことはいい。あなたを傷つけてくるような人はあなたより劣った人なのです。そんな人に出会ったとき、わたしだったらほっとします。自分の劣等感を刺激されずにすみますからね」なんてぬかしやがる。
 何言ってんだこのじじいって思ってからもう帰ろって思ってとりあえずベンチに座って呼吸ととのえてたらじじい、肩かけ鞄からコンビニのおむすび出してきて、「朝ごはん、食べてますか? 朝食べないから貧血起こすんですよ」って。うつむいてたけど絶対にやにやしてやがるのはわかった。
 むかついたわたしはおむすび(沖縄塩)引ったくって貪り食って顔を上げたら地元の観光協会の作った稲荷大明神のオブジェ。
 田舎は変化しない。老化するだけだ。塩おむすびび色の雪がまた今年も。けっ、死ねよ。どうせなら稲荷寿司よこせ。