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ファミリーレストランにて

 口の周りをケチャップだらけにしてナポリタンを食べる幼児。
 可愛い。
 だがこれを大人がやったらどうだろう。
 醜い。
 可愛いと思われることもまれにあるが。
 危ないと思われることもあるね。
 子どものわがままは可愛い。
 駄々こねたりして。
 だがこれを大人がやったらどうだろう。
 そういうことである。
 子どもが可愛いのはなぜか。
 無邪気だからである。
 他者の気持ちに対する想像力が低いため、感情的になり、我を通すことで他者を不快にさせているということに気がつかず、いつまで経っても我を通すパターンから抜け出せない。
 そんな大人が増えてきた。
 つまり無邪気な大人。
 無邪気で語弊があったら半分無邪気。
 なぜ無邪気なままなのか。
 無邪気なほうが得することが多いからだ。
 金や物、サービスの点でね。
 物質主義の人はそれでよい。
 しかしながら、豊かな人間関係が得られることはないだろう。
 もっとも無邪気な大人は豊かな人間関係なんて言われても理解できないだろうが。
 それにしても、注文した目玉のせチーズハンバーグ定食がまだ来ない。
 俺は店員をつかまえ、怒鳴りつけた。
 もう三〇分近く待ってる。いくらなんでも遅すぎないか、と。
 さらに、この店がいかに低レベルか、食べログに書くぞ、と。
 したらすぐに目玉のせチーズハンバーグ定食が来た。
 会計時、店長らしきが、割引券を何枚かくれた。
 さすが、大人の対応だ。

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ディナー

 いい店ありますよ、と部下に耳打ちされてから数時間後、わたしは自宅とは反対方向の電車に揺られていた。
 目当ての雑居ビルはすぐに見つかった。近代的なビル群のなかで、さびれた外観がひときわ目立っていたからだ。
 エレベーターの扉が開くと、キャミソール姿の女がピンク色の照明に照らされ立っていた。直接部屋に出るとは思っていなかったのでやや面くらったが、すぐに気を取り直した。のん気に面くらっている場合ではない。神経を研ぎ澄まして料金ぶん堪能しなくては。
「予約した鈴木です」
 こくりと女はうなずき、ジェスチャーでついて来るよううながした。
 通されたのはリノリウム床の、高度経済成長期に流行ったようなダイニングキッチンだった。ばかでかい食器棚の中央にブラウン管のテレビが納まっていた。映るのだろうか。単なる飾りか。女にきこうとしたが、すでに調理を始めていた。話しかけて集中力を削ぐのは愚だ。
 きっちり十分で料理が運ばれてきた。飴色のスープ、ちぢれ麺、正真正銘のインスタントラーメンだった。
 我を忘れてスープ一滴残さずたいらげ、余韻にひたっていると、缶コーヒーを渡された。渡されたはいいが、どうやって開けるのかわからなかった。女は察したらしく、手を伸ばし、開けてくれた。口のなかで転がし、鼻から息を抜き、香りをじっくり味わってから食道に流し込んだ。至福のひとときだった。
 缶コーヒーを飲み干してから女に、「あのテレビは映るの?」ときいた。女は何も言わず、曖昧な笑みを浮かべた。
「日本語わかる?」
 女は首を振った。
 目的は達成したのだ。長居してもしょうがない。わたしは会計してくれるようジェスチャーで示した。すると、「ありがとうございます。八万二千円になります」と元気のいい声がどこからかきこえた。テレビだった。ブラウン管に萌え系のキャラクターが浮かび上がるのと同時に女は目を閉じ、固まってしまった。わたしは戸惑い、女と萌えキャラを見比べた。
「その女は他律型ロボットです。指示を出していたのはこのわたくし。ラーメンはお口に合いましたでしょうか」
「ああ、もちろん」
 ぼそりとわたしはこたえた。
 こんな未来の到来を待たずに死を迎える世代は幸福である。

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河童にさらわれた話(後編)

 企画は、何のレスポンスもないまま終わった。
 スポーツジムに入会した。もちろんプールつきのやつ。
 自分にはこれしかないんだ。
 水泳選手は無理でも、インストラクターだったらいける。
 学校帰り、久しぶりに水に入った。
 三往復したあたりで、わたしは何者かに排水口に引きずり込まれた。
 半身を起こすと、少し離れた所に河童がいるのが見えた。
 河童が口を開いた。
「俺の棲家の情報を誰からきいた」
「情報?」
 何を言ってるのだろうか。ここは、寒い。
「小説に書いただろう」
「……あれは、山椒魚の話ですけど」
「とぼけるな。とにかく、誰から教わったのか吐くまで帰すわけにはいかない」
 わたしは安易に作家を目指したことを本気で後悔した。
「誤解です。帰してください」
 河童が近づいてきた。小六のころ妖怪大百科で見た河童とリアルのやつは全然違ってた。干した毒蛙みたいな顔をしていた。
 首筋に息がかかった、腐った卵のにおいがした。わたしの恐怖心はマックスに達した。瞬間、脳内に強烈な光が広がるのを感じた。
 覚醒したわたしは左手をチョキにして目つぶしをくわせ、間髪を入れずグーにした右手を河童の頭頂部にたたきつけた。
 河童の皿割れた。

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河童にさらわれた話(前編)

 小説投稿サイトをスクロールしてたら、『本気で作家を目指す女子高生の集い』という企画が目にとまった。
 水泳部を引退してからとくに目標もなくだらだら過ごしていたわたしはこれだと思った。
 小説を書いたことはないが読むのは好きなほうだ。
 企画主の小説を読んでみた。
 本気で作家を目指すだけあってやはり上手い。
 初心者の作品なんかボロクソにけなされておしまいだったりして。
 同性同士の集まりだから派閥みたいなのができるかもだし。
 でもこれきっかけでデビューできるくらいのレベルになるってことも。
 とりあえず書いてみた。

 あなたは女子高生、校内の水泳大会に向け、市民プールでこっそり練習することにする。あなたはおとなしいが負けず嫌いで、かつ、努力しているのをひとに見られたくないタイプ。
 入念に準備運動をし、水に静かに入る。息を整え、背泳ぎを始めようとする。すると、監視員が笛を鳴らす。
「ちょっと君!」
 自分のことのようである。あなたは怪訝な表情で監視員を見返す。
「今日は背泳ぎ禁止デー!!」
 いつものあなたなら、何それ、と思いながらもしたがうのだが、今朝お母さんとけんかしてむしゃくしゃしていたのと、夏の解放感から、無視して背泳ぎを再開する。ターンしようとしたところで、あなたは排水口に引きずり込まれ、意識を失う。
 ひんやりとした空気。あなたは湿った岩の上にいる。身体を起こす。暗闇に目が慣れると、奥に何かがいるのがわかる。
「おはよう」
「……ここは?」
「わたしの別荘だ」
「あなたは?」
「わたしは大山椒魚だ」
「ここから出たいんですけど」
「無理だ。出口はわたしがふさいでいる」
「出してください」
「無理だ」
「どうして?」
「お前は若くて美しく、健康だからだ。手元に置いておきたい」
 あなたは立ち上がり、大山椒魚をどかそうと試みるが、びくともしない。
 一か月が過ぎた。あなたの命は終わりに近づいている。
「怒っているか?」
 大山椒魚がきいた。
「……怒ってなんかいない……怒ったら……自分との関わりができてしまう……わたしとあなたは、何の関係もない」
 あなたはこときれる。大山椒魚が、さめざめと泣く。