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田中の日常 3

 「おい田中、」
 「うるさい黙ってろ」
 そう言うと田中はフェンリルと目を合わせる。と、今にもこちらに飛びかかってきそうなフェンリルは動きをぴたり、と止めた。
 「…………!!!」
 横で大賢者がオーバーなリアクションをとっているが気にしない。ゆっくりと足をあげると、田中はフェンリルの脳天目掛けて真っ直ぐにかかとを振り下ろした。パァン!という音が響くと、フェンリルは粉が舞い上がるように散った。
 「……で、何の話してたっけ?」
 そう言いながら田中がまた椅子に腰かけると、大賢者は静かに、いつの間にか淹れていたコーヒーを差し出してきた。一口飲む。普通だ。
 「……確かに君の『目を良くして欲しい』って願いは叶えたけどさ……」
 「お陰でサングラスなしじゃ昼間は外歩けないんだぜ、迷惑してらあ」
 「それにしてはそうそうに君のアイテムとしてあげたサングラスは割ってしまったけれどね。全く、私もとんでもない魔法使いを生んでしまったよ」
 大賢者が頭を横に振る。
 「コーヒーごちそうさん。またそのもう1人の20歳越えにも会わせてくれよ」
 「はいはい。とは言っても彼女は最近忙しそうだからね。先になると思うよ」
 「いつでもいいさ。俺は暇だからな」
 そう言うと田中は席を立った。店を出ようとドアに手をかけると、大賢者が声をかけた。
 「サングラス、忘れてるよ」
 「あぁ、ありがと」

 桐崎町は不思議な町だ。青白い化け物はうじゃうじゃいるし、それ以上にヘンテコな金髪の美人がいる。それでも田中は、平和に暮らしているのだった。

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田中の日常 2

 「で、何の用だよ。わざわざこんな場所拵えるんには、俺に何か用があったんだろ?」
 「ちゃんと生きてるかなって」
 「じゃあその確認も済んだな、帰る」
 「ちょっ、ちょっと待ちなよせっかちだな。話があるんだよ」
 「……。」
 仕方なく腰を下ろす。ほっとしたような顔をすると、大賢者は手元のコーヒーミルをガリガリやりだした。
 「そういえば君はもう23なんだってね。大きくなったもんだ」
 「昨日で24だ」
 「おっとそれは失敬、なんせ久々だからね、誕生日なんて忘れてしまうよ」
 「失礼なやつだ」
 「20を越えた魔法使いは今のところ君と、あと一人だけだ。それになんだい、わたしがあげたアイテムもさっさと壊してしまったくせに」
 「仕方ないだろ、うっかり踏んじまったんだよ。よくある事じゃないか」
 「君がアレを壊した、と言った時、わたしの方がよっぽど焦ったものだよ」
 「あの時の顔は傑作だったな」
 「うるさい、全く図に乗っちゃって。どうやって君が生きてこられたのか不思議でたまらないんだよ」
 「で、なんだ、今更それを聞きに来たってのか。なんでもないよ、俺はただ普通に生活してただけだ」
 「だからそれがおかしいんだって言ってるじゃないか!あれから7年だよ、7年!一体どうやって……」
 「待った」
 田中は手を上げて大賢者の剣幕を押しとどめた。[いつもの]匂いだ。田中は椅子から静かに立ち上がった。大賢者はカウンターの向こうで何も言わずにまっすぐ立っている。
 田中はドアの方を向いた、途端に窓ガラスをすり抜けて青白い狼のような化け物が店の中に飛び込んでくる。さながらフェンリルだ。

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田中の日常 1

 「田中ぁ、またなあ」
 「おー、元気でな、平田ぁ」
 駅前のロータリー、久々に会った友人と別れた田中は、ポケットに手を突っ込みながらいそいそと帰路に着いた。
 桐崎町は不思議な町だ。確か町のキャッチコピーは「1日に四季のある町、桐崎町」みたいなだったか。何となく聞こえはいいが、よく良く考えればそんな町誰も住みたがるわけが無い。だから住民はみんなこの町に住み慣れた人達ばかりだ。こんな変な町に住み慣れたら、逆に他の町に慣れないのだ。出ていくのは友人の平田くらいのものだ。なんでもバンドを組んでよろしくやっているらしい。この間テレビにも出たらしいが田中の家にはテレビがなかった。
 「……ん?」
 いつも駅から帰る同じ道だが、行きつけのコンビニの斜向かいに見慣れない建物があった。
 「喫茶パ〜プル」
 看板にはそう書いてあった。こんな所にカフェが、いつの間に?あからさまに胡散臭すぎる。そう思いはしたが、田中は試しに入ってみることにした。
 ドアを開けると、小気味良いベルの音と共にコーヒーのいい匂いが漂ってきた。サングラスを外してドア近くのカウンター席に座る。店内には誰もいない、と思ったらカウンターの奥から店員らしき人が……。
 「……あ。」
 忘れもしない、その顔だ。長い金髪にいつもの青いエプロン。
 「やあ、田中。久しぶりだね」
 「なんだお前かよ。通りで胡散臭い外観だと思った」
 「なんだとはご挨拶だね。こんな美人が君との旧交を温めようと言うんだ、素直に喜び給えよ」
 「なんだよその話し方、ますます胡散臭いぞ。しばらく会わないからもう死んじまったのかと思ってたぜ」
 「ひどいなあ、勝手に殺さないでくれよ」
 大賢者。初めて会った時こいつはそう名乗った。大賢者なんて言うと白ひげのローブに三角帽子、なんてのを思い浮かべるかもしれないがこいつはどう見てもそんな大賢者には見えなかった。グラビア雑誌ぐらいでしか見かけないような外国人女性みたいな風貌(しかしどの国かと言われるとさっぱり分からないのだ)で、それでいて母国語のように日本語を話す。名前も年齢も分からない。つまりとにかく胡散臭い。

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半分

「正午って一日の半分って感じしなくね?」
「なんだよ急に、今授業中だぞ」
「しなくね?」
「いや『しなくね?』じゃねえよ。確かに言いたいことはわかるけどさ。急にどうしたよ」
「今日で今年ちょうど半分過ぎたらしいじゃんか」
「らしいね」
「でもあんまりそんな実感無いじゃんか」
「そうでも無いと思うけど」
「そこは同意しろよ」
「なんでだよ」
「まあとにかく『もう半分?!』って思うわけよ。半分も経った感じしないわけよ。なんでだろうなぁって」
「いや知るかよ。人それぞれだろ」
「そんなん言っちまったらおしまいだろ!」
「うわあ大声出すなよ怒られるだろ」
「そこ、さっきから喋りすぎだ、言いたいことがあるなら前に来い」
「す、すんませーん。ほら怒られた」
「で、これって正午が一日の半分な感じしないのと同じ理由なのではと思うわけよ」
「まるで聞いてねえな。まあいいや。それで?」
「朝、いくら起きるのが早くても学校とか仕事とか、そういうのが始まるのってだいたい8時から9時くらいだろ」
「うん」
「対して夜寝るのは早くても10時、遅いと日付を越したりする」
「つまり実際俺たちが活動してる時間だけで見ると正午はもうちょい前半よりってことか」
「ご明察」
「いや別に大して明察ってねえよ」
「それと同じことが今日という日にも言えるんじゃあないか」
「と言うと」
「俺ら今年の前半、活動してないじゃん?」
「あ―――……。自粛?」
「それ。つまりこの半年間、俺らは半年分の活動ができてないんだ。ゆえに、なんだか短いような気がする。イベントが無さすぎるんだよ」
「まあそれはコービッドくんに言うしか」
「キャラっぽく言うなよ。とまあこう結論づけるわけだ」
「なるほどね」
「ハインフタンアイッヘオン」
「待て待て待て食いながら話すな。てか弁当食うなよ。まだ25分も授業あるぞ」
「アインシュタインが言ってた相対性理論的なあれだよ」
「あー、あれか。素敵な女性の隣に座ってる時はーってやつ。あ、お前後ろ」
「そうそう、それそれ。要するにあっ、俺の弁と……」
「…………」
「…………」
「昼休み職員室に来なさい」



「お、おかえり。どうだった?」
「3時間くらい経った気がする」