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COCO教頭へ。感謝

COCO教頭、2年間ありがとうございました。
初めて僕が逆電した時の教頭がCOCO教頭でした。教頭とはおととしと昨年と計3回逆電させていただきました。
初めて逆電した時がその当時校長が不在で[ハク。] さんとともに相談に乗ってくれました。
僕の悩みは同級生の子と写真が撮りたくても取れないということでしたが、女の子と話すことに抵抗があった当時の僕のお話を聞いてもらい、アドバイスをかけてくれました。ですが、それに反して僕は思ったようなことができずに取らずじまいになってしまいましたが、あのときをきっかけに女の子と話すことについての抵抗がなくなっていきました。
また、学校運営戦略会議と生放送教室と2回にわたって片思い中の先輩についてのお話も聞いてくださりました。
先を急ぎ過ぎている僕に対し、”待つことも大事だよ”と言ってくれたあの時の言葉は忘れられません。
結果的にその先輩に対しては縁を切る決断をしたのですが、僕の将来をトータルで考えたうえでの自分の意志なので後悔はしていません!
また、お話はガラッと変わるのですが、生放送中に公開したCOCO教頭の自慢ネタ”円周率…”は一生忘れられません。
僕は新学期からカマシたい人ではないのでさすがにやりませんでしたが、あのギャグをできるほどの強いメンタルを持っているのはCOCO教頭しかいないと思っています。
COCO教頭と電話したからこそ、僕の将来性だったり、精神面など少しずつ軸が定まってきた中で、大学卒業後の進路として僕はいまラジオ局に就職することを掲げています。その中で現在NPO法人でインターンを行っておりコミュニティFMのほうのとある番組でアシスタントディレクターとして活動しています。
5年後、10年後の僕がどこにいるかはわかりませんが、ラジオを届ける側としてこれから全力を注ぐので見守ってほしいです。そしてCOCO教頭に僕が手掛けた音声を届けることを約束します!
最後になりますが、432日TOKYO fmの教室から授業を届けていただきありがとうございました!

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逆電握手会

僕は大学卒業後にメディア業界への就職を考えているのですが、その企業に自分をアピールするために多くの資格を得ようと勉強をしています。
それは大学生になって、高校の時もっと勉強しておけばよかったと常に後悔をしている僕にとって学業以外で自分の色を示すにはさまざまなことに興味を持ちそれに向かって努力をすることだとキャリア相談の人に言われたからです。
というわけで今大学の勉強と並行して一緒に取り組んでいるのですが一緒についてくるものがあります。
そうです。参考書を読んでいて理解ができずに行き詰まってしまうことで起こるストレスです。
さらに、高校生の弟からも僕があまり学校に行かずにダラダラ過ごしていると言うことを何回も見てきたと言う理由でニートと呼ばれるようにもなりました。
勉強をしている身分からすればとても言われたくない一言ですし、学校に行った後にアルバイトをして家に帰って勉強という日も少ない中で余計ショックでした。
自分人でもストレスを解消する方法として乃木坂46の音楽を聴いたりメンバーが出ているラジオ番組をタイムフリーで聞いたりとしているもののその上を超えるストレスに頭を抱えています。
3期生、4期生、5期生の全員が集まるとても貴重な時間ですし、言われたからには全部やるので宜しければそれぞれの先生のリフレッシュの仕方を伝授してほしいです。

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LUCKY

僕は今年高校を卒業したのですが、入学してから3年間ずっと皆勤でした。
その結果好きなアーティストのライブをアリーナ席で且つメンバーとの距離が近い席に当選しました!
メンバーを肉眼ではっきりと見える場所でしたし、なによりも初めてのライブに行く前から終わるまでに何もなく無事に終わったことに達成感を感じています。
大学生になった今、皆勤賞という制度はないのですが4年間ずっと授業に参加できるように体調には気をつけてこれからを過ごしていきたいです。

LUCKYな一方でUnLUCKYな出来事もありました。
9月にサッカーの試合を見るためにお気に入りのユニフォームを着てスタジアムに行きました。
19時開始ということもあって、スタジアムについてから時間があったのでグルメを食べようと並んだ時のことです。
上空から「ベチャ」という不吉な音と共に少し臭い匂いがしました。
その正体はまさかの鳥のフンでした。ショックな上に早く取らないとと思い、水道に駆け込みました。結果的にニオイも取れた上に試合も1-0で勝ったので良かったのですが、この試合仮に負けていたらとても凹んでいたと思うととてもゾッとします。ですが、もう鳥フンの被害には会いたくないです。

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誰かに伝えたいごめんなさい

中学校二年生の時にあった新人戦のお話です。
僕はサッカー部に所属していたのですが、当時の部活は部員が11人おらず他校と合同チームを組んで試合に出場していました。合同チームとして試合をしていたからこそかろうじて15人いたためゴールキーパーを除く10人のフィールドプレーヤーは誰かがけがや体調不良になって試合に出場できなくてもかほかの人がいたためなんとか試合を行うことができました。
本題はここからで、僕は唯一のゴールキーパーとして試合にずっと出ていました。
ですが、新人戦の当日僕は風邪をひいてしまい食事をとることがまともにできないほど窮地に立たされていました。
それをみた両親が顧問に電話をしましたがキーパーをやるのはお前しかいないから来てくれと言われたことを聞いて僕は親の反対を押し切って強行出場しました。
試合はまさかの土砂降りでグラウンドのコンディションは非常に劣悪でした。
ですが、なんとか耐えきりPK戦にまで持ち込みました。
僕はそこでPKを三本止めたものの味方の援護がなくそのまま敗戦。その後自分たちの試合に勝った相手がそのまま地区大会を優勝したのであの時自分が風邪をひかずにいられたら優勝できたのではないかと思っています。
敗戦時、体調がよくないのにPKを三本を止めた自分をチームメートはかばってくれました。ですが、試合前なのに自分が万全の状態でいられなかったことは本当に申し訳なく思っています。
あの時のチームメートメートへ
自分が体調管理を怠ったがために試合の時にいいパフォーマンスを見せられなくてごめんなさい!!

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