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転生するのも案外良くないものだ p.3

 さて、この身体は元人間の私には申し分ない身体である。文明未熟の点、始めは不安を抱かざるを得なかったが、コマ=リャケットとして生を受けて九年、慣れてしまえば問題はない。

 コマ=リャケットは三十人から五十人規模の小共同体を形成して殆ど自給自足で生活する。

 我々は一般に魔物に分類されており、人類からは文明とかけ離れた存在として扱われているが、魔物にも文化や文明といったものは存在する。魔物としては人類文化からは学ぶことが多く、少しでも彼らの文明世界に追いつこうという心意気を持っておおよその人類とは親しくしている。

 しかし人間はというとかなり鎖国的で、他種族との交流を持とうとしない。他の人類、例えばエルフや獣人、亜人すらも野蛮として扱っているらしく、人間の国にはとても近付けないという。

 思えば前世における人間もそうして発展していった。
 どの世界でも人間は愚かだ。

 いや、魔物や獣人のような身体的な強さもエルフや亜人のような寿命も魔力も持たぬ人間が種を守り抜くためには致し方がないことなのだろうか、私が知らないだけで魔物や人類の国でも差別や戦争が蔓延っているのだろうか……。

 兎も角も、私の浅い知見で判断できるものではない。

 話が逸れてしまったが、そういう訳で、人間が国家を建設するように、魔物や人間以外の人類にも立派に国家があり、都市や市場がある。そういうところでは公用語や文字が存在するが、コマ=リャケットに関しては国家とは乖離した農村共同体的な集落を形成している。

 年に二回、秋春に集落の行商男達が中央山脈とその向こうに横たわる大河とを超えて、人類の街に家畜や鉱石を売りに行き不足物、衣料品や物珍しい嗜好品を荷馬車一杯に買って帰ってくる。彼らがチョコレートやビスケットを買ってきたときは感嘆した。

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転生するのも案外良くないものだ p.2

 まず、繰り返しになるが苦痛がなかった。全くの無とは勿論言えないが、直前のあの一瞬だけの痛みであるから、比較的宜しい。

 次に転生を果たした。死後の恐ろしい無はなく、早死にの未練で現世にしがみつく怨みや何かはなく、両親より先に死んだ罪障もない。これは非常に宜しい。

 また、今まで歩んできた人生のことを思っても文句はない。勤勉な父上の馳駆によって食うに困ったことはない。几帳面な母上によって家庭環境は整備され、私は幼少の頃より剴切な情操教育を享受していた。良師、良友にも恵まれ、国立大学進学も叶った。
 就職も順調に行き、地方企業でプライベートを保障された独身貴族生活を送り、上司にも恵まれた。

 私の周囲は人格者ばかりで、しかし私自身は大した劣等感もなく、万事上首尾であった。その中で死んだのだから、これは非常に宜しい往生である。これ以上の高望みは足るを知らなすぎるというものだ。

 さて、転生したのちの話をしよう。

 私は人間には転生しなかった。
 人文学的には人類として分類されると言うが、生物学的には爬虫類として分類される。赤褐色の硬い鱗で身を包む、二足歩行の巨大蜥蜴。それが私の転生した高知能爬虫類コマ=リャケットである。恥ずかしながら異世界に知見がないため、現世でこれに当たるモンスターやクリーチャーを知らないのだが、読者諸君が想起しているもので正しいと思う。

 語意的な話をすると、コマ=リャケットの言葉で、コマが『人』、リャが『蜥蜴』、エットが『大きな』の意を示す。
 この言語では被修飾語となる名詞の直後に修飾語を追加していくが、『リャェット』は大きな蜥蜴という単語として存在しているため前記のように分けている。

 前世で言うところの『c』の発音が『〜のような』を示すらしく、それでは種族の自認として『蜥蜴ではなく人間だ』というのがあるのかと始めは思っていた。しかしよく聞いてみるとコマの後にも『c』が付いていたので、どちらでもないというのが自認として正確なところであろう。
 多分我々は蜥蜴も人間も大した違いのないように感じているのだとも思う。

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転生するのも案外良くないものだ p.1

 読者諸君には突然で申し訳ないが、私は死んだ。

 私にとっても突然のことだった。
 駅のホームで、酩酊する青年にぶつかって、入ってきた通過電車に轢かれて死んだ。大した痛みはなかった。それは本当に良かった。自分は死というのは一体どのような心地であろうかと無意なことを人生の中で時折考えたものだが、そのときはいつも、できるだけ苦痛なく、かつて読んだ小説の主人公が思い描くような当にそのような死に方をしたいと思っていた。現実に死に際し、苦痛を伴わずに死ねたことには、神や仏や、もしくはそれ以外の死を司る者らに深い感謝の念を抱かずにはいられない。

 とは言えども、その後が問題である。
 人は死んだ後どうなるのか。様々な説が飛び交っているが、持論を言わせてもらうと、それらの説の殆ど全てが正しいと考えている。結局はどれに当たるか、という問題なのではなかろうか。それが偶然にしろ必然にしろ。

 では私はどれに当たったのか。

 私の場合は転生だった。
 読者諸君の恐らく大部分が今頭に浮かべた『転生』の意で取ってもらって問題ない。巷では『異世界転生』といって、非常に大きな市場規模を誇るエンターテイメント・ジャンルの一つであり、若い頃には一度は皆憧れたであろうトピックである。私も幾分か読んだし、ある一作は我が短い生涯の愛読書となった。私は今、その渦中にいるのである。正直なところ、満更でもない。

 確かに私は寿命を全うせずに死んだ。親の死に目にも会えないままだ。当然ながら友人らに挨拶して廻った訳でもない。やり残したこともここらある。
 しかしながら、今のところは最大限に幸福だという自信がある。

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企画「短編集『残滓』」

 少し前に私が個人的に作っていた小説集を少し変えて企画にしたいと思います。
 規定は以下のとおりです。

1,テーマは『戦争の残りかす』
2,形態は詩、小説、評論、歌詞、俳句、など文章
3,主体は日本語
4,長さの目安は書き込み1つ分〜5つ分
5,戦争賛歌にはしない
6,タグの一つに「短編集『残滓』」を入れる

 今回の『戦争』は武力衝突全般を指します。そのため、第二次世界大戦のような現代的で広範囲の戦争ではなく、古代の戦争でも、地域紛争でも、宇宙戦争でも、ファンタジーで魔法戦争でも何でも大丈夫です。また、『残りかす』は何も戦後を描く必要はありません。『残ったもの』という感じで、結構広義的に捉えてもらえればと思います。人間でも、ものでも、人間以外の生物でも何でも大丈夫です。
 形態は文章なら何でも良いです。
 何も日本語が主体になっていればいいだけで、英語だって中国語だってラテン語だって使っても大丈夫です。日本語なしでも大丈夫ですが、私が読めないのでそういうときは日本語訳もつけてくださると嬉しいです。
 長さは、短編集なのでそんなに長くなるイメージではないなと思っているだけなので、上記より長くても問題ありません。
 戦争賛歌になってはいけませんが、演出上の賛美は大丈夫です。最終的に反戦を示唆していれば良いです。なお、戦争賛歌にならなければいいだけで、だからといって反戦を唱える必要はありません。
 できるだけ企画名を入れてもらえればいいです。タグが足りなくなったら入れなくても大丈夫です。

 重い感じとか泣ける感じの話でも、笑える話、くだらない話でも、反戦を唱えなくても良いです。とにかく、夏休みには終戦記念日もありますし、少しだけでもみんなで(まあひとりひとりではあれ)戦争について考えていけたらなと思います。
 企画参加作品にはすぐではないかもしれませんがレスします。
 ご質問等あればレスください。
 ぜひご参加ください!

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トカゲの木 4

 さあこんな恐ろしい子供が近所にいたかな、と思慮を巡らしましたが、そんな子供がいた覚えはありません。そこで様子を伺い続けていると、箱から離れてトカゲの木の方に接近していきます。
 やっと全貌が見えました。
 ローブを着ているように見えましたが、よく見ると、それは黒褐色をした長い毛でした。体毛はところどころ毛玉になって、汚れてもいるので毛が固まって、よもや毛というより棘の様相でした。腰を曲げているのでトカゲの木の半分くらいの体躯に見えますが、実際は同じ程度と見受けられます。しかも、毛の隙間からは何やら粘液が出ております。それが白い月光に照らされて、ヌラヌラ光るんでございます。毛は顔のところだけ剥げ出ていて、血が通っていないかのように青白いのです。なのに顔中には細くて若いブルーベリーのような青の血管が張り巡らされています。また、縦方向に、鼻のあたりから顎まで裂けた口には何層にもなった草食動物の歯が無造作に生えております。その歯茎は融けているようにも、爛れているようにも見えました。口以外のところは全部、大小さまざまな、向く方もさまざまな、無数の目で埋め尽くされていました。
 それが、表情というのはありませんが、嬉々として煮干しのようにみすぼらしいトカゲを枝に刺しているのです。
 毎日トカゲの木にトカゲが刺さっているのは、彼が毎日やってきているからだったというわけです。
 あの子はすっかり納得して、満足しました。近所の怖い子供がやってきているからではなかったからです。
 そして、トカゲを串刺しにした犯人が去る頃には、その子は家に戻って、ベッドに入って寝てしまいました。

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トカゲの木 3


 箱の中は真っ暗で、ぼんやりとした月の逆光で、トカゲの木は踊る骸骨のようにおどろおどろしく見えます。その上、生暖かい風が板の隙間から鋭く刺してくるのです。四方を囲まれた箱の中は、その子の体躯からして、膝立ちをしていても余裕はありますけれども、心持ち狭く窮屈でした。そして閉ざされ蒸し暑いのにも関わらず、背中に井戸水が差された悪寒がします。ジージーというセミの大合唱も阿鼻叫喚に聞こえる心地です。
 不安を無理やりに噛み殺したとき、阿鼻叫喚に異質な音が混ざりました。
 ズーッズーッと何か引きずるような音です。例えば、浜辺の波打ち際で毛織物を引きずっていると言ったら分かるでしょうか、ええ、分かりませんか。まあ、そういったまとわりつくような音です。
 その子は音の方を見やりました。ただ、箱の中にいるものですから、音源を認めることはできません。大きくなる音に耳を澄ますだけです。
 音が大きくなるにつれて、ぶつぶつと、何かひっきりなしに呟くのも聞こえてきました。音源は先のものと同様に思われます。しかし何を言っているのかは一向に分かりません。唸っているだけだとも、異国の言葉だとも思われます。
 その上不思議なのが、いつの間にやら、先ほどまでの目眩のするほどうるさい蝉の音が、一つも聞こえなくなっていたのです。それどころか、横笛のような風の音や、賑やかな草木の騒めく音も一切聞こえないのです。もしかしたら、あの子も緊張していたようですし、聴覚を一点に集中していましたから、相対的に静かに感じただけかもしれませんが、何か異様な空気が頬を撫ぜるのは確かな感覚でした。
 にわかに音が止みました。その子がおやどうしたことかと思った瞬間のことです。……視界が大きく削れたのです。驚きましたが、これは、その子の入った箱のすぐ外側に、触れようかというすぐ近くに、何か現れたため影って黒く見えているわけです。
 唐突に現れたそれは、何かボソボソ呟いています。……毎日毎日、律儀にトカゲの死骸を持ってくるその張本人です!この、呟いている言葉というのは、その子に聞いたところ、おおよそこんな感じです。
「わーしわ……たあ、あ、あ、たれそ……た、た……」
 これを息継ぎなしに、ずっと繰り返していたのです。