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第一部【FANATICALとADDICTED】p.11

 発散されるはずだった光が砲塔内部で爆ぜた。

『ギィィイィイィィイィイ!』
「ぎゃっ」

 ディソーダーが叫び声を上げ、頭部にあたる部分が爆散する。爆風でファナも吹き飛ばされるが、今度はうまく着地する。辺りが砂埃に包まれ視界から色が消える。
 ただ、気分の悪い空気を、脳が拒絶するような音波が揺らしている。


 ファナは、急に独りになった気がした。停滞した空気が、彼女の肺の中にまで入り込んで、その思考を停止させてしまった。

 恐怖が五感を支配して、何も聞こえなくなった。

 助けを求めなきゃ。

 いつものように名前を呼ぼうとした。

 アディくん。

「あ、ね、あれ」

 しかしそれしか出てこなかった。呼ぶべき人の名前が分からなくなって、頭では分かっているのに、なぜか、呼ぶべき名前はそんなものではないような気がしたのだ。
 真っ暗な孤独を貫いたのは――

「ファナっ!」

 その瞬間、世界が音を取り戻した。
 反射的に声の方を見ると、砂埃の中からトバルカインがとんできた。アッドが投げたのだ。

 ファナはトバルカインを掴んだ。リニアーワルツとしての本能的な反応だった。
 ファナはもう一度、目に鋭い光を宿し、災禍を睨んだ。

 砂埃が晴れる。

 ディソーダーの砲塔は完全に吹き飛んで、外皮は溶け、内組織の毒性のある体液と反応してぐずぐずと気泡を発している。生命力を失った赤い光が、時々思い出したように強まって、すぐに消え入るを繰り返していた。

 それが対峙する小さなリニアーワルツの両手には、ナアマとトバルカインではなく、対物ライフル並みの巨大な火器型の合体形態のジェミニ。

 それを片腕で、涼しい顔をして構える。そして引き金を引く。

 直後、冷酷な白い光が、ディソーダーの動力部を完全に破壊した。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.10

 すぐに起き上がって周りを見渡すと、ナアマが自分の左の方……ディソーダーの脚のすぐ下にあるのを見た。時折アッドの攻撃を受けてよろけたディソーダーの脚が掠めて位置が移動した。

「おい大丈夫かっ」
「へ、へーきよ! 構わないで早く動き止めてよ!」

 ファナは強がって叫んだ。アッドが舌打ちで返したのは気付いていないことにした。

 ファナはナアマに駆け寄る。視界がふさがれたディソーダーは明後日の方向に熱線を放ち、脚はでたらめなステップを踏む。アッドは片方しかない腕でトバルカインを握り、敵の脚を1本ずつ、確実に突き刺し、切り落としていく。切り口からはディソーダーの体液が噴き出て、周囲は既にどす黒い水たまりができている。時折粘性の高い液体に足を取られてよろける。しかも全身にディソーダーの毒性のある体液を浴び、身体は重く体力もかなり削られている。

 ――正直、今の満身創痍の状態のアッドにとどめを刺すのを任せることはできない。自分がナアマを取りに行って、トバルカインを受け取り、とどめを刺さなければ。
 ファナは考えた。
 ファナは意を決し、ナアマを手にした。

「キモいの! こっちよ!」

 ファナはディソーダーの後頭部……アッドがいるのと反対側に回って、ナアマで切りつけた。アッドから注意をそらすためなのであまりダメージにはなっていない。
 しかしディソーダーはアッドから攻撃の対象をファナに変えた。ファナは強張った表情で空笑いをする。

「アディくん!」

 ファナは名前を呼んで、アッドに目配せした。彼もそれで目的が分かった。相方の無茶に目を丸くしたのもつかの間、すぐにディソーダーの近くから離れて、その視界の外から都合のいい地点に移動する。

 ディソーダーの砲塔部の内部が赤く発光する。可聴域ギリギリの音波が脳を貫く。それを無理やり無視するためにファナは目をかっと見開いて、大きく跳びあがりナアマを振り被った。焼けただれたような熱い空気を薙ぎ払い、ナアマが砲塔部の付け根に直撃した。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.9

 ファナが叫んだときには、口論に気を取られている間に体勢を立て直したディソーダーの熱線攻撃が、アッドの右腕に直撃した。勢いで後方に吹き飛んで、地面に身体中を打ち付ける。そのたびに、肺の空気が圧し出される音が口から洩れた。かろうじて地面にトバルカインを突き立てて勢いを相殺する。

 しかしアッドの右腕はもうダメそうだ。当に皮一枚で繋がっている状態。右腕は力なくぶら下がっているだけである。熱線によって切断された部分はすぐに溶けて固まって、血は出なかった。代わりに治癒は遅くなる。

「ああああクッソいってえなあぁ」

 アッドは痛みというよりもいらつきで低く唸った。役に立たなくなった邪魔な腕は無理やり引きちぎって、いらつきを発散するように投げ捨てた。

「ちょっとアディくんっ、大丈夫なのっ」
「心配してる暇ねえだろーが!」
「そんな言い方ないじゃない!」
「無駄口叩くなよ、またぶん殴られてえのかっ」
「それはっ」ファナがひるんだので、彼女の様子を無視して指示する。

「ファナは目玉狙え、俺はこっちで動き止める」

 アッドはそのままディソーダーの脚元に滑り込んでいった。上半身を狙うと熱線攻撃が危ないが、それも砲塔のような機関が1つあるだけなので、8本もある脚の攻撃を捌きながら無力化するよりは安全なものである。
 ファナもそれは分かっていた。

 黙って足を伝って上半身に登って、砲塔を振り回すのを避けながら、ナアマを充血した目玉に振り下ろした。

『ンンンギイィアアアアアア!』

 ディソーダーが耳をつんざくような悲鳴を上げて頭部を振った。ナアマは目玉に刺さったままで、ファナはそのまま振り回される。飛ばされないようにナアマを強く握るも、華奢な少女はすぐに振り落とされてしまった。

「やっ」短く悲鳴を上げたファナの手からナアマが離れる。ファナは受け身を取りながら、少し遠くで愛機が固い地面にぶつかる音を聞いた。

「やばっ」

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.8

 しかし敵が全滅したわけではない。大型個体が残っている。
 鋭いものが風を切る音に気付いて振り向いたときにはもう遅かった。大型ディソーダーの脚が目前まで迫っている。今から避けても腕の1本はダメになることは確実だった。

「やっ」

 ファナが短い叫び声を上げたとき、禍々しいものが、避けられなかったか弱い女の子の白い肌を裂き、肉を抉り、臓腑を貫き、骨を砕き、身体が真っ二つに――ならなかった。
 痛みの感覚の代わりに、少女は何かが金属にぶつかる音を聞いた。

「え」

 顔を上げると、そこには、あとはファナの身体を貫くだけだった真っ黒い凶器と、それに飛び蹴りをかます少年。少女の親愛なる――

「アディくん! おっそい! ファナあとちょっとで死んじゃうところだったじゃない!」

 助けてくれた相手へのものとは思えない言葉である。それに対してアッドの方はというと、

「ファナの取り逃がした奴を片付けてたんだよ! ほんっとにファナは役立たずだなこんなことも1人でできねえのか!」

 こちらもまた愛する人に向ける言葉ではない。先ほど優しいキスをしたその口で罵詈雑言を浴びせる。彼は車の運転をするとき性格が変わるタイプのようだ。

 アッドは怒鳴りながらも三叉槍型ジェミニをディソーダー脚の付け根に突き立て、体勢を崩させた。

 ――アッドのジェミニの名は『トバルカイン』。ハニーサックルピンクの体躯は1.7メートルはある。2本の棒が絡み合っているような、いささか不気味な見た目のジェミニである――。

「はあ? ひっどい! ファナだって大変だったのよ、いっぱいケガもしたし! アディくんだって1人じゃどうもできなかったでしょ!」
「俺はファナみたいなヘマしねえ」
「じゃあアディくんがこっちやれば良かったじゃない!」
「ファナに避難誘導ができるわけねえだろっ! べちゃくちゃ喋ってるだけで使えねえなあっ……てぅがっ!」
「アディくんっ」

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.7

「おいキモいの! ファナが相手してやるわよ!」

 ファナはディソーダー群に近づくと叫んだ。空気の振動に彼らは足を止め、ファナの方を真っ赤な目玉でぎろりと睨んだ。そして耳を塞ぎたくなるような共鳴音を上げて、たった1人の華奢な女の子に一斉に向かってくる。

 ファナは臆せず群れに飛び込み、ナアマを振り回す。熱線攻撃と鋭い脚での攻撃を軽々と避けつつ、足元に回りナアマをひと振り。ディソーダーの体躯に対して細い脚は簡単に切断されて、がじゃんがじゃんと音を立てながら体勢を崩す。崩れ落ちたときに外皮の破片が四肢を掠めて、いくらか傷ができた。浅いものはすぐに治癒したが、深く肉が抉れた傷はそう簡単には治らず、生温い鮮血がどくどくと流れ出た。

「いやぁだぁ! アディくん以外がファナを傷つけるなんてっ」

 なんだか狂気的なことをほざきつつ攻撃を避ける。その間に血は止まってきた。
 何はともあれ、こういう戦い方ができるのは、小型ディソーダーと比べても小さい人間型のリニアーワルツたちの、数少ないながらもかなりのアドバンテージである。攻撃を受けたディソーダーは、人間の叫び声と鯨の鳴き声を混ぜたような鳴き声を上げて、最後の抵抗とばかりに熱線攻撃を浴びせる。しかしほとんど動くことのできない彼らの攻撃が当たるはずもない。目玉から脚の付け根まで伸びた赤く鼓動する溝にナアマを突き立てて、一気に引き下ろすと、ディソーダーはグロテスクな叫び声をあげ、粘性の高い黒い液体を噴き出して動かなくなる。

 ファナ1人ではどうすることもできない大型個体はとりあえず放置し、小型個体の殲滅を図る。ファナは先ほどのような戦闘を何度か繰り返し、最後の小型個体を倒した。

 ふと自分の身体に目をやると、どろりとした体液が白い肌の上を流れている。ディソーダーの体液と自分の血液という質感の違う液体が混ざって気持ち悪い感覚がした。

「うぇーっ、まじサイアク!」

弾かれたように手足をばたつかせて悪態を吐いた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.6

「……な、なに? 早く行きな?」

 アッドは不思議に思って優しく諭す。するとファナが、不満そうな顔で自分の口を指さす。

「ちょっとアディくん忘れてる」
「……ああ、急いでんのに……」

 言われてやっと気づいたアッドは、観念したというように、ファナの桃色の唇の端に口づけをした。互いの唇のピアスが当たって、2人にしか聞こえないくらいの小さな金属音を発した。

「やったあ、じゃあ行ってくるわね」

 ファナは満足そうに目を細めて地上20メートルはあろうかという城壁を飛び降り、城壁に足を滑らせて勢いを相殺しつつ地上に降りた。ディソーダーの方に走っていったのを確認すると、アッドは第3鉱山に向かった。



2話 戦闘開始

 ディソーダー群は地響きを轟かせながら第3鉱山に近づいていた。時折異界の地中のエネルギーと共鳴してモスキート音とも重低音とも聞こえるような、気味の悪い音を発した。

 今回のディソーダーの見た目は、おおよそ黒くぎらつく蜘蛛型ロボットの様相で、ところどころ赤く爛れているように見える。生き物の外皮を剥いで人工外皮を張り付けたようで、何か生物の尊厳を侵害しているようで見ていて心地よいものではない。それだけならまだしも、理由の如何も不明だが、人間やその社会の破壊を図るのだから厄介なものだ。

 ファナにとって、それ自体は大した問題ではないし、そもそも興味もないからできることなら放置しておきたいのだが、「アッドに言われるから」ということでサイレンが鳴る度に立ち向かっていくわけである。

 ファナはディソーダーに向かって荒野を駆け抜けながら、ジェミニを起動する。
 ファナの持つのは鉈型ジェミニ。ショッキングピンクを基調として、ハートやリボンのモチーフが散りばめられた、武器としての禍々しさに対して相応しくない可愛らしいデザインのジェミニだ。名前は『ナアマ』である。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.5

 前線都市カナンは異界開発機構の基地を中心とした環状都市である。研究施設と軍事施設を囲むのは、そこに務める人々が使う飲食店や日用品店。その周りに住居群があり、異界鉱石で造られた高い城壁が、不愛想なカナンの街並みを睨みつけている。ラボに隣接した街のインフラを担う動力供給部や城壁は、変換しきれなかったエネルギーが冷たい可視光線となって、時折幽霊のように瞬いた。この街は、資本主義によって死んだ、異界資源と理性の未練によって動かされているのだ。

 この街が活動的になるのは、心臓を抉るサイレンが鳴り響くときだけである。

「アディくーん、様子どー?」
「まあ大したことねえな。デカいのが1体と、あとちょろちょろいるだけ。でもまずいな」
「何よ」
「あっちは第3鉱山の方だ。働いてる人がたくさんいる。ファナは先に行って戦っててくれ」
「ええー、アディくんも一緒に行こうよ。ファナあんなのキモくて相手してらんなあーい」
「キモいのの相手なんかいつもしてんだろ……」
「アディくんと遊ぶためだから我慢してるの」
「じゃあ今回も我慢してくれ、ちゃんとできなきゃ処分だぞ」
「んぇー」

 ファナが頬を膨らませてごねると、アッドは苦笑して頭を撫でてやった。

「ファナは良い子なんだから、できるよな? 俺もすぐ行くし」
「んー、仕方ないなあ」
「じゃあ行ってきなさい」
「はーい」

 返事はしたものの、ファナはアッドの方をじいっと見つめるだけで動こうとしない。アッドがジェミニを起動して第3鉱山に向かおうとしたところ、まだ隣に可愛らしい顔でこちらを覗く少女がいた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.3

「へー、俺には飽きたって言いたいの?」

 アッドが不満げに言いながら、先ほど自ら崩してしまった髪を優しくなでる。そしてそのまま、耳、頬、首筋、鎖骨と手を滑らせる。もう一方の手はファナの腰に回している。

「そんなこと言ってないじゃないっ」

 ファナが目を見開いて反論すると、アッドはいたずらっぽく笑って、にわかに彼女の身体をぐいっと引き寄せた。

「きゃっ」

 何が起こったのかよく分からないうちに、アッドはそのままベッドに仰向けになって、ファナがその上に抱きかかえられる形になる。

「この浮気性の不良娘! 悪い子にはこうしてやるっ」
「きゃっ、ちょっ、やめてよっ、あっ、あっははは!」

 ファナの抵抗も虚しく、アッドはキャミソールから出た白い肌をくすぐる。
 通りすがりの研究員2人組が、扉の小窓からリニアーワルツたちの様子を一瞥し、呆れた溜息を吐く。

「……今日も懇ろにやってるみたいで結構なことですね……オレなんか彼女いたことすらないのに……」
「それは頑張れとしか言いようがないが……」

 先輩研究員が苦笑いする。しかし直後、眉をひそめて不快感をあらわにした。

「気持ち悪いヤツらだ」
「確かに、リニアーワルツが色恋だなんて」
「あー、お前は開発部じゃないから知らんのか」
「まあぼくはFラン大学卒の下っ端すからね」

 後輩研究員が口を尖らせた。先輩研究員は「学歴厨だなあ」と苦笑した。
 しかし直後に「……旧帝卒でも就職難しいのに? お前実はすげえのでは……」とこぼした。

 そのときである。ラボに不穏なサイレンが鳴り響いた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.2

「あ、でもほんとはね、20万の予定だったのよ? でも負けてくれっていうの。信じらんないでしょ、リニアーワルツと遊べることなんて滅多にないのに。だから途中で帰ってきちゃった。早くアディくんに会いたかったしー」とファナが呑気に話す姿を見て、アッドは、はぁーっと大きな溜息を吐いた。

「ファナぁ……またそんなことやってたの? カネなんかなくても生活できるでしょ?」
「でもファナ、アディくんと遊び行きたいんだもん。ラボの連中遊びに行くカネくれないじゃん」
「そりゃ外出禁止なんだから」
「じゃあいいの? アディくんはファナとデートできなくても」
「それは嫌だろ」
「じゃあちょっとくらい許してよ」
「……そんなことしてるとさ、俺が女に遊ぶカネ稼がせてるみたいでしょ?」
「大丈夫よ。だってご飯食べておしゃべりするだけよ?」
「……ほんとにそれだけ?」
「ぅやっ……それだけ」
「……嘘だな」

 アッドの刺すような眼差しに、ファナは後ろめたそうに顔を背ける。自分に隠し事をしようとする態度に些か気が立ったアッドは、先ほどの大切なものを包むような手つきから一変、乱雑に彼女の髪を掴んで、その不安定な光を放つ瞳をのぞき込む。

「やぁ痛あい!」
「あっ、すまん……」

 強気に出ていたアッドが、痛がるのを聞くとすぐに手を引っ込めた。彼の眼には不安と、何かに対する恐怖のようなものがちらついている。ファナは崩れた髪を手櫛で直しながら、観念したというように、口を尖らせた。

「そーよ。でも別にいいでしょ? 気分転換よ気分転換」

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【第一部 FANATICALとADDICTED】p.1

1話 狂信的で依存的な


「ただいまアディくーん、愛しのハニーが帰ってきたわよー」

 07号室の扉が開き、派手な服装の少女がにこにこしながら闖入してきた。

「おー、おかえりー。ファナ、遅かったな」

 アディくんと呼ばれた少年――アッドは簡易ベッドに横になって、本を読んでいた。その隣には文庫や新書など五冊が積まれている。
 アッドは少女をファナと呼んで、一度振り返っただけで読書を再開する。

 時刻は午前0時。子供が出歩くには遅すぎる時間に帰ってきた相棒を心配する素振りを見せないアッドに、ファナは不満そうな顔をした。

「ねーちょっと! 親愛なる女の子がこんな遅い時間に帰ってきたのよ。心配してよ!」
「別に心配することないだろ。襲われても倒せるんだし」
「そーうーだーけーど! 何、ファナには興味ないんだ?」

 ファナは拗ねた顔でベッドに寝そべるアッドの上に跨って座った。アッドは苦笑して本を閉じた。

「なんか飛躍したなあ」

 アッドは起き上がって、左手でファナの頬を優しく撫でた。その左の薬指にはめた指輪はファナとお揃いだ。

「じゃあどこ行ってたの」
「えー、どこだと思う?」
「自分で言わせといて……」

 不平を漏らしつつもアッドの表情は愛しい者を見るときの微笑みを浮かべている。ファナはその手を優しく包んで、満足げな表情を呈している。

「それよりね、ファナ、今日10万も貰っちゃった」

 ファナはそう言って剥き身の10枚の紙幣を鞄から取り出し、無邪気に少年の目の前に突きつける。アッドは複雑な心境で眉をひそめた。

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【プロローグ】p.3

 私はFANATICAlの質問に「そうだね」と答えた。FANATICAlは「じゃあ最期もお揃いってことね」と満足そうに言った。そして続ける。

「天国で会えるかしら」
「そういう死後の世界があるとしたら、きみたちは少なくとも天国には行けないだろうね」
「アディくんのこと悪く言うなんてサイッテー」
「天国に行けるような生き方をしていたなら、二人揃って処分されることなんてなかったんじゃないのかね」
「んむー」

 先の妖艶な笑みとは打って変わって、FANATICALは小さな子供のように頬を膨らませた。表情どころか、その身にまとう雰囲気までもころころ変えるのは、些か気味が悪かった。多かれ少なかれ、リニアーワルツにはそういう傾向がある。人間の子供の形をしながら、確実に人間ではない……彼らの魂は、人工物としての歪さを孕んでいた。

 私はその違和感から眼を逸らすように話題を変えた。ずっと気になっていたことだ。

「きみ、どうしてADDICTEDは処分されたんだい。きみらはカナンでも屈指の実力だったみたいじゃないか。確かにADDICTEDは精神的に危ういところがあったが……リニアーワルツの中では基本安定していたし、指示もよく聞いてくれた。なのにどうして」

 私が尋ねると、FANATICAlはおかしそうに笑って、ベッドの隅に置かれていた小さな箱を手に取った。それを開け、中に入っていたFANATICAlが身につけているものと色違いの指輪を手に取り、部屋の明かりにかざした。色を失った石がちらと輝く。FANATICAlはその指輪に優しくキスを落とした。唇の端のピアスが指輪に触れて、小さく金属音を発した。

「アディくんはいない。それだけ。理由とか興味ない」
「知られたくないのか」
「別に。知りたいなら調べればいいわ」
「そうか。分かった。時間を取らせて申し訳なかった」
「いいのよ」
「……じゃあ、処分のときに来る」
「待ってるわ」

 私は07号室を後にした。

 午前中、ディソーダー討伐から戻った他のリニアーワルツの検診をして、午後は半休であったので、資料庫にFANATICAlとADDICTEDの件を調べに行った。

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【プロローグ】p.2

「そうかい。訊きたいことは」
「んー、何かしらね。そうだ。処分って、ファナ死んじゃうってことでしょ?」
「その表現はかなり近いと思うよ」
「どうやるの?」
「君のことを眠らせて、身体の中の動力を取り除く。万が一生きていると良くないから、その後一酸化炭素を吸わせて半日放置する。苦しむことはないから安心したまえ」
「思ったより長いのね」
「ずっと2時間でやってたんだが、焼却のときにまだ生きていたことがあって、それ以来大事を取って半日放置することになったんだ」
「ふーん」

 FANATICAlはつまらなそうに相槌を打った。左手の薬指の指輪をしばらく見つめて、鼻で笑った。

「アディくんのこともそうやって処分したの?」

 ――アディくん。

 3年前まで彼女の相棒だったリニアーワルツ『ADDICTED』の、彼女だけが呼ぶ愛称である。ADDICTEDは3年前に問題を起こして処分された。私は彼の処分には立ち会ったものの、ことの終始は何も知らなかった。私は基本的に研究所から出ることはないし、検診と処分だけが仕事である職員が知る必要のないことだったからだ。

 彼女はADDICTEDが処分されて以来、リニアーワルツとしての役目を完全に放棄してしまった。ペアを当てがうとすぐそのリニアーワルツに身体的、精神的な危害を加えるので、ペアで利用することなど到底不可能だった。だからといって単独で派遣すると毎回ボイコットして役に立たないので、ここ3ヶ月はこの07号室に幽閉している状態だった。1人部屋に移動するように掛け合ったこともあったが、ADDICTEDと過ごした07号室から出る気は一向にないようだった。

 また、ジェミニに関しては、適合するリニアーワルツがなかなか見つからないので、まだ彼女が持っているのである。FANATICALとADDICTEDのジェミニは非常に強力であるが、代わりに使いこなせるペアを見つけるのは難しかった。

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【プロローグ】p.1

 ラボの5階にはリニアーワルツのための部屋が15室ほど並んでおり、環状の建物の中庭側に廊下がある。中庭はガラスの屋根がついていて、地球から持ち込んだ常緑樹や草本が植えてある。しかしどこからか異界の植物の種子が混入してしまったらしく、常緑樹には白い花の咲く蔦が絡まり、ガラスにも張り付いた跡がある。その上にまた新しい蔦が這っている。庭師が週に2回整えに来るが、どう見ても追いついていなかった。

 毎日リニアーワルツの問診でこの場所にはやってくるので、最初こそ感じていた情緒など今はない。それに関して思うこともなくなってしまった。

 今日はいつもの問診とは違う目的でやってきた。
 3年間も使い物にならないで、ラボの荷物になっていたリニアーワルツの処分を明日に控えているので、様子を見にきたのである。

 07号室の前で私は足を止め、白衣のポケットからカードキーを取り出す。パスワードを入れてカードキーを機械にかざすと、小気味良い解錠音がした。扉を開けて向かって右を見ると、2段ベッドの上段に膝を抱えて座る少女の姿が確認できた。処分のことは昨日か一昨日に通告済みだが、特に変わった様子はなかった。少女はこちらを一瞥もしない。絹の天蓋のような色素の薄い髪の間から除く瞳は、どこか、明後日の方を見据えている。そして左の薬指には、リニアーワルツとしての役割を放棄したにも関わらず指輪を嵌めている。

「明日が処分の日だけど、話しておきたいことはあるかね」

 私が話しかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。そしてその大きな瞳を細めて微笑む。やつれたような雰囲気を纏うその微笑みは、見た目年齢のわりに妖艶に見えた。

「別にないわ」

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ガチでガチな、ガチのガチ。

こんにちは、もう片方のメインキャラも見た目情報書けたので再掲。
今回は気軽な感じに書きたいのと、しばらく書き終わりそうにないけど早く投稿したいのとで、メインキャラのリニアーワルツ二人の容姿はキャラクター説明として事前に書いてしまいたいと思います。
レス欄により詳細な服装などの情報を書きます。今調べたファッション用語を容赦なく使っているので、自分にも何が書いてあるのかあまりよく分かりません。ただ、折角詳細な見た目の情報があるので書こうと思った次第です。もしよければ見ていってください。

【名前】FANATICAL/ファナティカル
【通称】ファナ
【ジェミニ】ナアマ
 鉈型のジェミニ。峰の部分には赤やピンクのハートがプリントしてあり、柄にはピンク色のリボンが巻いてある。全長一メートルくらい、刃渡り七十センチメートルくらい。
【指輪の色】ショッキングピンク(#ff1eff)
【服装】
トップスはピンクのレース地のキャミソール。ボトムスはホットパンツ。黒のローライズデニム。ソックスはグレーとピンクのボーダーのオーバーニーハイソックス。その上にひざ下までの黒のレッグカバー。靴は黒の厚底スニーカー。身体のいたるところにピアス、レザー調の黒いチョーカー、左の薬指にジェミニ起動用の指輪。
【身体的特徴】
身長一五三センチメートル瘦せ型。十代半ばくらいの見た目。髪は後ろは肩につくくらいの長さで明るめのピンク。色白、垂れ目垂れ眉、瞳の色はショッキングピンク。

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悪女と呼ばれた令嬢は皇太子殿下に愛される

感想ください!

「ん〜!いい朝。」
私の名前はティアラローズ・ルナ・アフネル。エルザカール王国の上級貴族、セフィロス・リリック・アフネルの娘です。
「お嬢様、失礼いたします。」
「どうぞ。」
入ってきたのは私の侍女、マリー。
「おはよう、マリー。」
「おはようございます、ティアラお嬢様。お髪を整えてますね。」
エルゼカール王国は、北にフィルクガイラ帝国、南にリィニ法国、西にヴィロ妖精国、東にルウェン公国と、四つの大国と隣接しています。エルゼカール王国はそのうちの二つ、フィルクガイラ帝国とヴィロ妖精国と同盟を結んでいます。フィルクガイラ帝国の皇帝はアレカシウス・クィ・フィルクガイラ様、ヴィロ妖精国の王はミハエル・ディ・ヴィロ様です。お二方ともお会いしたことがありますが、アレクシウス様は豪快で勇敢な方、ミハエル様は知的でお優しい方でした。リィニ法国とルウェン公国とは宗教上の違いから敵対していますが、今は休戦しています。ちなみに、この国の王様はセシル・バイエ・エルゼカール様、次期国王である皇太子様はフランシス・バイエ・エルゼカール様です。
「ティアラ様、どうなさいました?お支度終わりましたよ?」
「あら、ごめんなさい。少し考え事をしていたのよ。さあ、広間へ行きましょう。」

毎週投稿します!続きも読んでください!

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【企画参加!】LINkerWorld LINearWaltz メインキャラ①

こんにちは、新しく書いた小説を掲示板に載せるのは久しぶりな赤石です。
今回は気軽な感じに書きたいのと、しばらく書き終わりそうにないけど早く投稿したいのとで、メインキャラのリニアーワルツ二人の容姿はキャラクター説明として事前に書いてしまいたいと思います。
縦書きで書いたので漢数字なのは許してください。
レス欄により詳細な服装などの情報を書きます。今調べたファッション用語を容赦なく使っているので、自分にも何が書いてあるのかあまりよく分かりません。ただ、折角詳細な見た目の情報があるので書こうと思った次第です。もしよければ見ていってください。

【名前】FANATICAL/ファナティカル
【通称】ファナ
【ジェミニ】ナアマ
 鉈型のジェミニ。峰の部分には赤やピンクのハートがプリントしてあり、柄にはピンク色のリボンが巻いてある。全長一メートルくらい、刃渡り七十センチメートルくらい。
【指輪の色】ショッキングピンク
【服装】
トップスはピンクのレース地のキャミソール。ボトムスはホットパンツ。黒のローライズデニム。ソックスはグレーとピンクのボーダーのニーハイソックス。その上にひざ下までの黒のレッグカバー。靴は黒の厚底スニーカー。身体のいたるところにピアス、レザー調の黒いチョーカー、左の薬指にジェミニ起動用の指輪。
【身体的特徴】
身長一五三センチメートル瘦せ型。十代半ばくらいの見た目。髪は後ろは肩につくくらいの長さで明るめのピンク。色白、垂れ目垂れ眉、瞳の色はショッキングピンク。


追記・もう片方は明日にでも投稿します。ファッション用語、解説なしで並べれば楽かなと思ってやってみましたが、思ったよりも全然大変でした。創作において楽をしようなどという浅はかな考えは捨てなさいということですね……。

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午前1時45分、ある庁舎にて

「今日の分、終わりました」
「ありがとう、こんな遅くまで」
「いえ、先輩1人に残業させるなんてできませんから」
「よくできた後輩だね」
「どうも、それにしても最近は多いですね、最適化対象の投稿文が……」
「やっぱり政治とか経済とか、社会の変わり目はね、どうしてもね、仕方ないよ」
「いちいち表現が過激ですよね。むやみに恐ろしく書いたり……そんな文章誰が読むんですかね」
「分からないけど、そういうのは考えたって仕方ないことだよ。社会に出ていく文章は全部ここで確認して、大筋は変わらないように言葉を整えて、当たり障りない形で発信する。それでオーケー」
「でもめんどくさくないですか?」
「めっちゃめんどくさい。でも、これ書いてる人たちの目的って内容を伝えることでしょ?大枠が伝わればいいの。というか、そうするしかない。ほら、多様性の時代だから」
「誰も傷つかないように、でも意見は尊重してって話ですよね」
「分かってるじゃん」
「でもこういう表現する人ってリアリティとか気にしてるんじゃないんですか?」
「ちゃんと作者欄見た?10代で、しかも女の子。戦争のリアルを知らない人が書いたんだから、別にいいよ。そりゃ体験者のノンフィクションならもっと尊重する」
「それって平等なんですかね……」
「別に平等じゃなくていいよ。意見には質ってもんがあるんだよ。そしてその質は『であること』で決まる」
「そんなことってまかり通っていいんですかね」
「少なくともそれが世論だよ。無意識かもしれないけど」
「デモクラシーの時代ですよ?」
「ポピュリズムの時代だよ」
「……」
「別に悪いことしてるんじゃないんだから、そんな顔しないでよ。この仕事って正しいデモクラシーの時代に戻そうっていってやってるんだよ」
「そう、ですよね」
「うん。じゃあ原本、保管庫に持ってっといて。こっちは鍵閉めてくから」
「……」
「何眺めてるの?それさっきまで編集してたやつの文章でしょ?」
「あ、ああ、はい、すいません、保管庫行ってきます」
「うん。終わったら外で待ってて。お礼にタクシー代出す」
「うわほんとマジでありがとうございます」

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【最適化済】2頁目

【前頁から続く】

 ――やっぱり駄目そうだ。

 本能がそう囁きます。その瞬間気が楽になりました。やっと神仏が手を差し伸べた……今の男にはそれが天道神だろうと疫病神だろうと関係はありませんでした。ただ、やっとこの苦しみから逃れられると、一心にそう思っていました。

 ――ああ、最期に、最期に一口でいいから綺麗な水が飲みたかった。俺の末期の水はこんな泥水か……。

 霞む目を瞑る寸前、男の脳裏には諦念に混ざってそれとは別の感情がよぎりました。しかし正体に気づく前に男の意識は完全に途絶えてしまいました。
 

 どのくらい経ったのでしょうか、男は目覚めることができました。
 戻った聴覚に戦争の音が飛び込んできます。薄く開けた眼に容赦なく白い日光が木々の隙間から差し込んで、唐突に肌に張り付く暑さが襲ってきました。戦争で受けた傷がジンと痛みます。黄泉の国でないことは明白でした。

 ――ああ、そうか。

「み……ず、か」

 そうか。あれか。あれの所為か。

 どうせ後で苦しむことになるなら、あんな水は飲まなくても良かった。飲まない方が良かった。

 それなのに何故。

 理由は明白でした。身体が水を求めていたからです。自分の意思ではありません。しかしそれだけで、男の胸の奥底から、生きようという気持ちが湧出してきました。

 ……自分が死ねば兵士達の死は誰にも知られず異国の泥に埋まっていく。彼らと自分に報いずに、このまま死ぬことが許されるのだろうか。自分は許せるのだろうか。

 男は自分に問いかけました。

 明確に答えを言葉にはしませんでしたが、彼は投げ出していた銃を支えにして立ち上がっていました。

 倒れる直前の感情の正体が分かった気がしました。

【完】

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【最適化済】1頁目

戦争について語った短編小説【最適化済】

題名「末期の水」
作者 10代・女
制作 2025年   検閲・最適化 2026年

《本文》
 マニプール河に沿って、兵士たちは歩いていました。行軍と呼ぶのもはばかられる様子でした。

 彼らは撤退する間に次々と亡くなっていきます。彼らが亡くなってしまったその道は「白骨街道」と呼ばれました。歩ける者も、そうでない者も、多くが飯盒と手榴弾と小銃以外は捨て、殆ど身一つです。足元は殆ど裸足のような状態でした。

 ――もう駄目だ。

 朦朧とした意識の中で、最後を悟る男がいました。

 昨晩までの雨で道には川のように泥水が流れています。しかしそれを気にしている余裕はとうの昔になくなっていました。右半身は泥にめり込んで、温い水が滲みて身体がいつもの数倍重く感じています。

 体中が痛い。力が入らない。感染症が生命を蝕む。目蓋が嫌に重い。脚も疲れて立っているのも難しい。腹は減っている。しかし吐き気がする。固形物はもう身体が受け付けなくなって久しい。
 疲れた。もう、疲れたのだ。

 男は細い腕を腰にやりますが、触れた場所に求めていたものはありませんでした。いつの間にか手榴弾の入った布鞄までどこかに捨ててきてしまったようです。
 次に男は投げ出した銃に手を伸ばしました。しかし掴んでも引き寄せることができません。今の男にとってはあまりにも重すぎたのでした。

 ――ああ、水が飲みたい。綺麗な水が……。

 ふと、絶望した脳内にそれだけがぼんやり浮かんできました。
 母の顔も戦友の声も妻子の手のぬくもりも何も思い出せないのに、それだけが。

 気がつくと男は、道の中央に溜まっていた水を無意識に口に含んでいました。綺麗とは言えない水です。しかし、それを起き上がって震える両手で掬います。
 夢中になって二口三口しますが飲み込み切れず吐き出してしまう。また一口飲む。また吐く。身体が液体すら受け付けなくなってしまっていました。

【次頁に続く】

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【検閲済】2頁目

【前頁から続く】

 夢中になって二口三口する。飲み込み切れず吐き出す。また啜る。また吐く。身体が液体すら受け付けないのだ。
 ――俺ももう✕✕✕。
 本能がそう囁き男を嘲笑った。その瞬間気が楽になった。やっと神仏が手を差し伸べたのだ。今の男にはそれが天道神だろうと疫病神だろうと関係はない。ただ、やっとこの✕✕✕✕✕✕✕✕✕。
 ――ああ、最期に、最期に一口でいいから綺麗な水が飲みたかった。俺の末期の水はこんな泥水か……。
 霞む目を瞑る寸前、男の脳裏には諦念に混ざってそれとは別の感情がよぎったが、正体に気づく前に男の意識は完全に途絶えた。
 
 どのくらい経っただろうか、男は目覚めてしまった。
 戻った聴覚の中に遠くの✕✕音と✕✕声が飛び込んでくる。戦友の✕✕が低く響く。薄く開けた眼に容赦なく白い日光が木々の隙間から差し込む。唐突に肌に張り付く暑さが襲う。✕✕✕✕✕✕✕が土色の肌を刺す。名誉でも何でもない銃創がジンと熱くなる。✕✕✕✕✕の上を✕✕✕✕。黄泉の国でないことは明白だった。神仏は男を見放したのだ。
 ――ああ、そうか。
「み……ず、か」
 そうか。あれか。あれの所為か。
 どうせ✕✕✕✕、後で苦しむことになるなら、あんな水は飲まなくても良かった。飲まない方が良かった。
 それなのに何故。理由は明白だった。身体が水を希求していたからだ。自分の意思ではない。しかしそれだけで、男の胸の奥底から、✕を✕✕✕✕✕得ないという脅迫感が湧出してきた。
 ……自分が死ねば兵士達の死は誰にも知られず異国の泥に埋まっていく。✕✕✕✕を生き、✕✕✕✕を✕✕✕彼らと自分に報いずに、このまま死ぬことが許されるのだろうか。自分は許せるのだろうか。
 自分に問いかけた。
 明確に答えを言葉にはしなかったが、男は自らに✕✕✕✕を払い、投げ出していた小銃を支えにして立ち上がっていた。
 倒れる直前の感情の正体が分かった気がした。

【完】

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【検閲済】1頁目

戦争について語った短編小説【検閲済】

題名「末期の水」
作者 10代・女
制作 2025年   検閲 2026年

《本文》
 マニプール河に沿って、兵士たちは生きたまま✕✕✕ような✕✕なものになってふらりふらりと✕✕していた。行軍と呼ぶのもはばかられる✕✕な様子だった。
 彼らは撤退する間にバタバタ✕✕✕✕✕。道には✕✕や、もうすぐ✕✕になる者があちこちに落ちて、皮肉にもかろうじて歩ける者たちの帰還の道標となっていた。皆瘦せ細り✕✕✕✕✕✕、ある者は体内の✕✕で✕✕✕✕✕✕、ある者は✕✕✕を垂れ流したまま✕✕✕✕✕にたかられ、ある者は✕✕✕✕✕で「✕✕✕くれ、✕✕✕くれ」と喘いでいる。多くの者が飯盒と手榴弾と小銃以外は捨て、殆ど身一つであった。足元は殆ど裸足のような状態である。雨季は✕✕の腐食を早め、✕✕が露わになり✕✕✕✕✕✕を✕✕✕✕が✕✕✕✕✕た。
 ――俺もその一員になるのだ。
 ある男が朦朧とした意識の中で考えた。どこか他人事のようだった。
 昨晩までの雨で道には川のように泥水が流れている。しかしそれを気にしている余裕はとうの昔に失せていた。右半身は泥にめり込んで、温い水が滲みて身体がいつもの数倍重く感じた。
 体中が痛い。力が入らない。熱帯熱が生命を蝕む。目蓋が嫌に重い。脚は皮膚病や脚気に侵されて立っているのも難しい。腹は減っている。しかし吐き気がする。固形物はもう身体が受け付けなくなって久しい。昨日も✕✕を幾度か✕✕た。
 疲れた。もう、疲れたのだ。
 男は✕✕✕✕✕✕✕✕✕腕を腰にやった。触れた場所に求めていたものはなかった。いつの間にか手榴弾の入った雑嚢までどこかに捨ててきてしまったようだ。
 男は投げ出した小銃に手を伸ばした。しかし掴んでも引き寄せることができない。今の男にとってはあまりにも重すぎた。
 ――ああ、水が飲みたい。綺麗な水が……。
 ふと、絶望した脳内にそれだけがぼんやり浮かんできた。
 母の顔も戦友の声も妻子の手のぬくもりも何も思い出せないのに、✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕のに、それだけが。
 気がつくと男は、道の中央に溜まっていた✕✕を無意識に口に含んでいた。泥と✕✕✕✕✕と✕✕と✕✕で汚れ切った水だ。希うものとは程遠いそれを、起き上がって震える両手で掬う。

【次頁に続く】

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転生するのも案外良くないものだ p.6

 その上、記憶力の低下は著しい。
 必死で覚えた英単語や趣味だったギリシア語、難解な漢字熟語などは相当忘れてしまった。義務教育レベルの世界史も曖昧だ。

 中でも固有名詞に関しては深刻である。

 例えば、毎日の通勤に使った駅の名。愛読した書物の題名。よく飲みに行った同僚や高校時代からの旧友の名。気付いた頃には思い出せなくなっていた。今の、コマ=リャケット語を操る私にとっては馴染みなく規則性も意味もない文字列であるからだろうか。思い出せた名は全てリストアップした。あまり多くはなかった。家族、親しい親戚、何人かの友人。

 しかし日を追うごと名前と顔が一致しなくなった。

 出来事の記憶はあるが、それが誰との記憶だったのか、思い出せない。読者諸氏には、大事なことは何度も思い返すことを強くお勧めしておく。

 最近、私を産んだ異形の顔を見て、私は泣き崩れた。
 私の頭の中に、前世の母の顔がないことに気付いてしまったのだ。
 私の思い描く母親像は、全長二メートルの、硬い鱗に覆われた、鋭い爪の、大蜥蜴だった。私は名前のリストの一番上の『家族』の欄を確認した。不器用な文字の羅列は、私の全く知らないものだった。

 その瞬間、私は、私が人間である資格を完全に失ったように感じた。

 否、今まで醜く足掻いていただけで、実際はこの世界にコマ=リャケットとして生まれ落ちた時点で私は人間である資格を喪失していたのだ。今まで認めようとしなかっただけなのだ……。

 これからもっといろいろなことを忘れていくだろう。いつか日本人としての精神を失いコマ=リャケットの倫理に迎合せざるを得なくなる日が来るかもしれない。日本語もいつまで覚えていられるか分からない。今残っている記憶のどこまで忘れてしまうかも不明だ。

 だから私は、今のうちに、私が覚えているもの全てを書き残す。

 いずれここに記したことの一切を誰も解読できなくなったとしても、所詮私が、人間の振りをした化物であったとしても、私がかつて人間として、日本人として、生きていた証左となるなら。


×年×日 橋田勇作

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転生するのも案外良くないものだ p.5

 ただし不満がない訳ではない。

 例えば宗教学的に見れば、宗教は古代的なアニミズムがあるようだが、立派な神殿や聖典、確固たる教義は存在しない。

 御天道様にお祈りを捧げる、埋葬する、といった文化はある。しかしキリスト教をはじめとする前世に存在した宗教、また街の方の宗教のような、支配と結びついた宗教ではない。一神教と支配について好んで学んだ身としては非常に残念である。

 人文科学の点から見ても、我々の使用言語にはそもそも文字がない訳だから歴史研究や文学の発展もないに等しい。勿論口伝の神話や寓話は存在するが、それ以上の『文学』は私が見たところ存在しないようである。私は前世、本、殊に文学や古代史書、天文学書をよく好んで読んだのでその点落胆した。

 また、コマ=リャケットには文字がないと述べたが、文字を覚えられる者が殆どいないのである。
 
 集落の中で公用語を話せる者は一割程度、その上記述が可能な者は一人といった具合である。それにはやはり鱗と鋭い爪で武装した使い勝手の悪い指という身体的な特徴の原因もあるが、主な理由としては知能の低さにあるであろう。

 元は人間である私も今では立派にコマ=リャケットである。知能の低下に抗う術は持っていなかった。

 まず思考力が低下していることが分かった。計算は随分遅くなった。小学生の頃と比べてもあまりにも遅い。
 それに、高校や大学で当然に説明のできた理論が理解できなくなった。知能の低下に気が付いたときに一つ一つ確認したところ、虚数が理解できなくなっていたのだから驚きだ。

 補足しておくと、コマ=リャケットの脳機能は十年程度で成熟する。私が他の者よりも極端に知能が低い訳でもないようだ。

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転生するのも案外良くないものだ p.4

 一体街はどれほど文明が進んでいるのかと思い行商の者に話を聞くと、あちらでは動力のない巨大な馬車が轟音を上げながら走っていると言う。恐らくは蒸気機関車であろう。電気が通っているかどうかは測りかねる。今の私にとっては灯油ランプと電気の違いを彼らに説明することは困難なことだ。

 彼らの話を総合すると、どうやら街は、あるいは人類は産業革命時程度の文明を持っているようだ。

 街の亜人らは魔力を持ち魔術を操るので産業革命時程度だが、それらを持たぬ人間はより発展した科学技術を有している可能性が高い。コマ=リャケットの文明は未だ中世の農村共同体程度で止まっている訳だから、人類、殊に人間と比べれば雲泥万里というものである。

 しかし、文明未発達といえども、周囲の生活に合わせていれば大した苦労はない。

 コンクリート・ジャングルで時間に追われた生活をするのも、充実感に満たされていて嫌いではなかった。ただ、今の自然の中の共同体的な生活も悪くない。時間が悠然と流れて行き、それに身を任せる。
 人の形をしているとはいえども分類上は爬虫類。子供は過酷な生存競争の中で生き延びねばならぬものと覚悟していたがそれも杞憂に終わり、成人するまで親の扶養を受け、誠実に秩序を遵守していれば成人したのちも集落の中で暮らすことができる。類稀な平和を享受しているように思う。

 現在の私は幸福感で満ち満ちている。

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転生するのも案外良くないものだ p.3

 さて、この身体は元人間の私には申し分ない身体である。文明未熟の点、始めは不安を抱かざるを得なかったが、コマ=リャケットとして生を受けて九年、慣れてしまえば問題はない。

 コマ=リャケットは三十人から五十人規模の小共同体を形成して殆ど自給自足で生活する。

 我々は一般に魔物に分類されており、人類からは文明とかけ離れた存在として扱われているが、魔物にも文化や文明といったものは存在する。魔物としては人類文化からは学ぶことが多く、少しでも彼らの文明世界に追いつこうという心意気を持っておおよその人類とは親しくしている。

 しかし人間はというとかなり鎖国的で、他種族との交流を持とうとしない。他の人類、例えばエルフや獣人、亜人すらも野蛮として扱っているらしく、人間の国にはとても近付けないという。

 思えば前世における人間もそうして発展していった。
 どの世界でも人間は愚かだ。

 いや、魔物や獣人のような身体的な強さもエルフや亜人のような寿命も魔力も持たぬ人間が種を守り抜くためには致し方がないことなのだろうか、私が知らないだけで魔物や人類の国でも差別や戦争が蔓延っているのだろうか……。

 兎も角も、私の浅い知見で判断できるものではない。

 話が逸れてしまったが、そういう訳で、人間が国家を建設するように、魔物や人間以外の人類にも立派に国家があり、都市や市場がある。そういうところでは公用語や文字が存在するが、コマ=リャケットに関しては国家とは乖離した農村共同体的な集落を形成している。

 年に二回、秋春に集落の行商男達が中央山脈とその向こうに横たわる大河とを超えて、人類の街に家畜や鉱石を売りに行き不足物、衣料品や物珍しい嗜好品を荷馬車一杯に買って帰ってくる。彼らがチョコレートやビスケットを買ってきたときは感嘆した。

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転生するのも案外良くないものだ p.2

 まず、繰り返しになるが苦痛がなかった。全くの無とは勿論言えないが、直前のあの一瞬だけの痛みであるから、比較的宜しい。

 次に転生を果たした。死後の恐ろしい無はなく、早死にの未練で現世にしがみつく怨みや何かはなく、両親より先に死んだ罪障もない。これは非常に宜しい。

 また、今まで歩んできた人生のことを思っても文句はない。勤勉な父上の馳駆によって食うに困ったことはない。几帳面な母上によって家庭環境は整備され、私は幼少の頃より剴切な情操教育を享受していた。良師、良友にも恵まれ、国立大学進学も叶った。
 就職も順調に行き、地方企業でプライベートを保障された独身貴族生活を送り、上司にも恵まれた。

 私の周囲は人格者ばかりで、しかし私自身は大した劣等感もなく、万事上首尾であった。その中で死んだのだから、これは非常に宜しい往生である。これ以上の高望みは足るを知らなすぎるというものだ。

 さて、転生したのちの話をしよう。

 私は人間には転生しなかった。
 人文学的には人類として分類されると言うが、生物学的には爬虫類として分類される。赤褐色の硬い鱗で身を包む、二足歩行の巨大蜥蜴。それが私の転生した高知能爬虫類コマ=リャケットである。恥ずかしながら異世界に知見がないため、現世でこれに当たるモンスターやクリーチャーを知らないのだが、読者諸君が想起しているもので正しいと思う。

 語意的な話をすると、コマ=リャケットの言葉で、コマが『人』、リャが『蜥蜴』、エットが『大きな』の意を示す。
 この言語では被修飾語となる名詞の直後に修飾語を追加していくが、『リャェット』は大きな蜥蜴という単語として存在しているため前記のように分けている。

 前世で言うところの『c』の発音が『〜のような』を示すらしく、それでは種族の自認として『蜥蜴ではなく人間だ』というのがあるのかと始めは思っていた。しかしよく聞いてみるとコマの後にも『c』が付いていたので、どちらでもないというのが自認として正確なところであろう。
 多分我々は蜥蜴も人間も大した違いのないように感じているのだとも思う。