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久しぶりにアプリを開いたので、SOLの思い出を書き込んでみる。

20周年おめでとうございます!
(10周年記念グッズのトートバッグを持っているのですが、あれからもう10年経ってるとは…)
とーやま校長、よしだ教頭〜あしざわ教頭時代を中高生として過ごしていました。
毎日ずっと聞いていましたが、高3になって塾の時間が長くなり、だんだん聞くことができなくなっていったときは本当に寂しかったです。
センター試験前日には不安すぎて書き込みをしたところ、当時の応援部顧問のあしざわ教頭に名前を呼んでもらうことができ、無事第一志望の大学に合格できました!
大学生になって忙しくめっきり聞かなくなっていましたが、大学4年生にコロナ禍でステイホームしていた時、久しぶりに聞いてみたらさかた校長・こもり教頭になっていてびっくりしました。
「ヒラヒラ」をかけながらリモートで腹筋してた授業のせいで、ヒラヒラは私にとって腹筋の曲です笑

今は社会人になったので立場は変わってしまいましたが、時々現役生徒の話を聞きながら昔こんなこともあったな〜とか思い返しています。
学生ならではの悩みはたくさんあると思いますが、ぜひこの学校で校長・教頭・生徒・講師陣とたくさんコミュニケーションして、ヒントを得ていってほしいなと思います。

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SOLの思い出

せっかくなので、自分がSOLに関係することの楽しい思い出を振り返ってみます。
SOLとは、2013年6月1周目に出会ったことを覚えています。
当時、高校の寮に住んでおり、22時には消灯になるのですが、元気な高校生はそんな時間に眠れる訳もなく、ウオーク万で音楽を聴く日々でした。
毎日同じ音楽では飽きたので、ラジオを付けてみたら、とーやま校長とよしだ教頭がAmazon祭りの宣伝をしていて、楽しそうとなり毎日聴くようになりました。
一時期はSOLが好き過ぎて、予約録音できるラジオを買って、毎日録音したり、掲示板に入り浸り、自分のラジオネームで検索すると、レスを含めて、1か月に200ページ近くヒットする月があったりしました。
掲示板での生徒さんとのやり取りが、スタンプがないために、レスしあっていたのも懐かしいです。
SOLのおかげでいろんな音楽に触れ、閃光にあこがれもでき、ドラム、ベース、DJもやってみたのも良い思い出です。
そんな私は閃光や未確認、その他のSOLのイベントにも行くようになりました。
特に、未確認は2015~2017年は全会場に行くほどでした。
今でも毎年閃光ファイナルだけは顔を出すことにしています。
イベントに行くと、高校では友達が全くできなかった自分に、SOL生徒さんの友達もできました。
そんな生徒さんの中には、今でも遊ぶ友達がいて、一生の友達と思える人もいます。
その友達の中の1人は共通点が多く、趣味が近い、地元が同じなどだけでなく、閃光などで直観で好きになるアーティストが同じ、味覚も95%一致しており、好きな食べ物、嫌いな食べ物、出されたら食べるが、好き好んで食べない物までほとんど一緒なレベルです。
そんな奇跡的な出会いをさせてくれたSOLには感謝しています。
こう振り返って思うことは、SOLは私にとって青春そのものです。
改めてありがとう。
そして、20周年おめでとうございます!!

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17年後の、現在のわたし。

17年前の2008年5月7日かりゆし58先生、初来校時、生放送教室で生でウクイウタを送ってもらった17歳の私。テーマは「頑張ってる人たちの◯◯宣言」。
親の顔を知らない17年の施設生活、境遇を理由に学校でのいじめ、絶望感しかなかった当時、それでも夢があったから頑張れた。
そのことを話して夢を宣言した「バレーボールの道を極める」。
それからも何度か逆電に出させてもらって、海外でバレーをプレーする夢も応援してもらったり、夢が変化していく過程も、変化した夢の話も全て聞いてくれた場所がスクールオブロック。
やましげ校長、やしろ教頭、とーやま校長、よしだ教頭、あしざわ教頭、みんなに支えてもらった10代〜20代。

そんな私は今、自分もお世話になった養護施設職員の責任者をしながら、自分の手で子どもたちやその親を支援できる場所を立ち上げるべく働いています。
1箇所だけじゃ足らないからこそ、全国にネットワーク、繋がりを作るように働いています。

「簡単じゃないからこそ、やる!やりたい!」って気持ち。
この気持ちは17年前、当時、17歳だった私と変わらない。
寄り添うって簡単じゃない。
寄り添い方に正解なんてない。
だから、私なりの寄り添い方を形にしたい。
いや、形にします!


子どもより子どもな大人の私ですが、こうやってスクールオブロックに、ただいまって帰ってこられるのは嬉しい。
今、10代のみんなにこんな生徒も居たんだな、こんな大人もいるんだなって伝わったらいいな。