表示件数
0

3.11

9年前のあの日、未だに覚えています。

当時私は中学3年。前日に公立高校の入試を終えたばかりで、翌週に控えた卒業式の合唱練習中でした。
この時は最後にもう一回歌って練習を終わろうと皆で決め、指揮者が腕を振り上げた瞬間にとてつもない衝撃音と経験したことのない揺れに襲われ、背筋が凍った事は今でも忘れられません。
夜は家族全員でリビングに雑魚寝しましたが、ラジオから流れる緊急地震速報の音があまりにも不気味で全く寝られませんでした。
そして翌日の朝に電気が復旧し、テレビをつけた瞬間に目に入ってきた津波被害の映像に、これが自分の住んでいる東北なのか、どこか別の国なんじゃないのか、と絶望感で心が張り裂けそうでした。

あれから9年、復興は少しずつ、でも着実に進んでいます。
9年も経ってしまえば、震災を知らない・覚えていない子供たちも増えました。
そんな子たちにこれだけは伝えたい。
当たり前の毎日がこれからもずっと続くと思ってはいけない。
当たり前に家族とずっと一緒にいれると思ってはいけない。
いつか、何かの拍子にこの「当たり前が」無くなってしまうかもしれない。
だから、「当たり前の生活」を大事にしてもらいたい。

最後に。
東北にぜひ観光に来て欲しい。
今はコロナで旅行できないかもしれない。でも、いつか東北に来て欲しい。
震災を、忘れないで。

0

あの日から8年

皆さんより年上ですが書き込みします。毎年この日になると書き込むことがあります。
8年前、私は高校生でした。試験期間中で早く自宅に帰った私はテレビを見ていました。
すると、地震速報が入りその時までは「地震があったんだ」と気にも止めていませんでした。
しかし、テレビから流れる映像や情報を聞いていくうちに「これは本当に日本で起きていることなのか?」とどこか違う国で起きたことのように思っていました。
しかし、震災のことを考えるきっかけをくれたのがやしろ初代教頭でした。
震災後、最初の放送の黒板の所で「前にラジオで無意味に悲しいことをしてはいけないと言われたけれど言わなければ一度も思わないままかもしれないから敢えて言いたいんだけど、今まで一緒に過ごしてきたこの学校の生徒、同じ学校の生徒が亡くなってしまって掲示板に「私は亡くなりました」と掲示板に書き込むことはできないからみんなずっと覚えてろとは言わないけれどたまにでもいいから思い浮かべてほしい。と泣きながら私たちにやしろ教頭が伝えてくれた言葉です。
私は、福岡に住んでいて震災の影響はまったくなくそれまで震災について日本では無くどこか違う国のことのようであまり実感が湧きませんでした。しかし、このやしろ教頭の言葉を聴いて震災を身近に感じ、震災について考えるようになりました。とーやま校長とやしろ教頭がその当時毎日泣きながら私たちに沢山の思いを伝えてくれたことを今でも忘れていません。
長くなってしまいすいません。

0

虐待の存在を知る人へ。相談する勇気を持ってほしい

こんばんは。28歳になる大人の生徒です。
今日の授業テーマについて、過去にクラスメイトの被虐待児を保護した経験があるので、メールをしました。当事者本人ではないので役立たないかもしれませんが、その当時の経験を綴ります。
中学2年生のとき、クラスメイトの女の子がお弁当を持ってきていないことに気づきました。はじめはダイエットなのかなと思っていましたが、4日ほど続いた後に「義理の両親がずっと帰ってきていないのでお金がなく、お弁当が作れない状況」だと聞きました。
彼女は両親と死別しており、中学1年生から叔父夫婦の元へ引き取られた子で、事情は把握していましたが、裕福な家庭の子でしたし、ネグレクトであるということは全く気づいていませんでした。
その後はしばらく、家の母がお弁当を2つ分持たせたりしていたのですが、1ヶ月後くらいからウチの家に泊まる様になりました。
しかし、ある日警察官が自宅にやってきて、「未成年者略取」の疑いで私を含む家族全員が話を聞かれることになり、警察が児童相談所に通報。彼女は児童養護施設に入ることになりましたが、彼女の養父母は金銭的な理由で彼女との同居を望んでいたこともあり、大人の都合で振り回される彼女が可愛そうで仕方ありませんでした。
この話の辛いところは、彼女が結局施設で知り合った方と早い年齢で結婚し、彼女自身も子供をネグレクトしてしまった点です。最終的には子供の命を救うために、私が児童相談所に通報をしました。この時18歳でした。
その後、子供は乳児院から養子に出され、幸せに暮らしていると聞いていますが、未だに彼女から子供を取り上げてよかったのか、私がしたことは子供を本当の意味で救う行為だったのか悩んでいます。
そしてこういう悩みを抱えているのもそれを話す相手、話せる相手が周りにいなかったからです。SOLを聞いているみなさん、虐待されている人の存在を知っている皆さん、ぜひネットでもラジオでもいいので、自分の状況をなるべくいろいろな人に話し、たくさんの意見を聞いてみてください。大人が信用出来ないかもしれない。でも若いあなた達よりもいろいろな経験をしてきた大人には、大人なりの知恵があったりします。本日の放送を聞くすべての未来に、明るい光が差すことを心から願っています。

1

0.001%の力

今、虐待に苦しんでいる子に伝えたいことは「どんな状況にあっても0.001%の自分の最後の力を信じていて欲しい」ということです。私は親に捨てられ、18年間施設で育ち、今は施設職員をしています。親の記憶がなくても、今でもふと自分の境遇が辛くなる時があります。だから今の仕事でたくさんの被害を受けた子達を見守り支え、励まし、時間を共にすることで、今、関わっている子達と一緒に、自分の過去を乗り越えようとしているのかもしれません。
毎日のようにネグレクト、身体的・精神的虐待疑いの通報、子どもたちが保護されています。虐待がニュースになるのは事件になったから。通報があってもニュースにならない虐待(疑い)事案はあります。今、虐待の渦中にいて苦しんでいる子は、自分がどうすればいいか分からない状況かも知れません。誰かに話すことで家族を壊すとか、自分への報復があるんじゃないかとか不安かもしれません。でも、、誰だって苦しい時や辛い時、一人ではどうしようもない時は「助けて」と声を上げて良いんです。我慢しなくていい。虐待され、傷ついているのにそれを我慢をすることは自分で自分を虐めていること。でも、我慢しなくちゃ…と思う気持ちも分かります。だから今、我慢しなくちゃと苦しいのを我慢している子は、どんな状況にあっても0.001%の自分の最後の力を信じていてください!我慢の限界に達した時、その0.001%の自分の最後の力で助けを求めてみてください。すぐ助けてくれる人や場所があります。
100%の力を信じるなんて、苦しい時に出来るわけない…それを私は実体験で知っています。だから0.001%でいい。とにかく0%にしないことだけ考えて、0.001%。誰の力を借りても、誰を頼っても良いんです。でも本当に最後の最後、苦しんでいる自分を笑顔に出来るのは0.001%の力を持っている自分自身。今、苦しんでいる自分自身を笑顔にしてあげるためにも、自分を信じてあげてください。守ってくれる味方は必ずいるから。