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17年後の、現在のわたし。

17年前の2008年5月7日かりゆし58先生、初来校時、生放送教室で生でウクイウタを送ってもらった17歳の私。テーマは「頑張ってる人たちの◯◯宣言」。
親の顔を知らない17年の施設生活、境遇を理由に学校でのいじめ、絶望感しかなかった当時、それでも夢があったから頑張れた。
そのことを話して夢を宣言した「バレーボールの道を極める」。
それからも何度か逆電に出させてもらって、海外でバレーをプレーする夢も応援してもらったり、夢が変化していく過程も、変化した夢の話も全て聞いてくれた場所がスクールオブロック。
やましげ校長、やしろ教頭、とーやま校長、よしだ教頭、あしざわ教頭、みんなに支えてもらった10代〜20代。

そんな私は今、自分もお世話になった養護施設職員の責任者をしながら、自分の手で子どもたちやその親を支援できる場所を立ち上げるべく働いています。
1箇所だけじゃ足らないからこそ、全国にネットワーク、繋がりを作るように働いています。

「簡単じゃないからこそ、やる!やりたい!」って気持ち。
この気持ちは17年前、当時、17歳だった私と変わらない。
寄り添うって簡単じゃない。
寄り添い方に正解なんてない。
だから、私なりの寄り添い方を形にしたい。
いや、形にします!


子どもより子どもな大人の私ですが、こうやってスクールオブロックに、ただいまって帰ってこられるのは嬉しい。
今、10代のみんなにこんな生徒も居たんだな、こんな大人もいるんだなって伝わったらいいな。

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思い出の曲は最大公約数です。ららら。

いつもありがとうございます!!
RADを追いかけて16年、気づけばライブ参戦も40回を超えました。
そんな、僕にとって1番の思い出は最大公約数です。

高校生の頃に三重県から初めて一人で和歌山のライブに参戦して、「懐かしい曲をやっていいですか?国内ではまだやってないんだけど」とアンコールラストに最大公約数を歌ってくれました。
まさか、大好きな最大公約数を聴けるとは思わずに、
大興奮したのを今でも覚えています。同時にその大興奮を誰とも共感できなかったのを覚えています。

そして、10年越しに、昨年のライブツアーでは最大公約数を演奏してくれました。

10年越しの最大公約数は、
10年前と違って、大切な人と一緒に聴くことができました。声出しはもちろんのこと、歌詞の「君が8なら僕は2になる 僕が10なら君は5になる」では、隣で顔を合わせながら、2人で指をおって、息を合わせて、(2人の指の数の合計)で8を作ったり、10を作ったりと、、、たぶんライブ会場でそんなことしてるの俺らだけじゃね、?ってくらいの世界観でノリノリで聴いてました。

実は大切な人とはRADをきっかけでお付き合いを始めました。(改めてありがとうございます。)2人にとっても思い出の曲はたくさんです。辛い時、頑張りたい時、楽しい時、掃除してる時、ずっとRADを聴いてまいます。正直書ききるのが難しいのですが、、いつもいつもRADのおかげでリアル数字1.5馬力で気持ちを上げられています。
これからもずっとずっとRADを応援してますー!

一度でいいからRADのメンバーたちにお礼がいいたいです。

20周年ツアーも色々な曲を聴けることがこれから楽しみです。