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Specter children:人形遣いと水潜り その①

8月中旬。時刻は18時過ぎ。“逢魔時”とも呼ぶべき薄暗がりの中、とある山間の集落に続く未舗装の細い道路を、一人の少女が歩いていた。
その集落に住む数少ない少年少女たちの通っているいずれの中学・高校の指定制服とも異なるデザインの、黒い長袖のセーラー服に身を包んでいながら、僅かに露出した素肌には汗の一筋も流しておらず、人界から隔絶しているかのような奇妙に仄暗い雰囲気を漂わせている。
少女は厚いスニーカーで石ころや木の根を踏み越えながら、歩調を乱すことなく歩き続けていたが、集落が目視できる距離にまで到達すると立ち止まり、溜め息のように長く細く呼気を吐き出した。
「……思ったより、距離あったな。タクシーでも使えば良かった」
その場で両脚を上げ下げしながら疲労を誤魔化していた少女は、不意に背後の木々の奥に広がる暗闇に目を向けた。
「ふむ…………“怒”」
呟いて少女がスカートのポケットから取り出したのは、掌に収まる程度の小さな人型のぬいぐるみだった。ジンジャーブレッドを立体的に膨らませたような、クリーム色の人型の頭部には、単純な丸型の小さな両目と半月型の大きく笑ったような口だけが縫い留められている。
「行っておいで」
少女が手の中に囁きかけると、人形は小さく震えながら立ち上がり、短い両腕で力こぶを作るようなジェスチャーを決めると威勢よく地面に飛び降りた。そのまま少女が元来た方向へ短い脚を精一杯回して走り、地面に盛り上がった木の根に阻まれあっさりと転倒した。
次の瞬間だった。暗闇の奥から風のように現れた大型の野犬のような生物数頭が一瞬にして人形に飛び掛かり、鋭い牙と爪によって無数の繊維片へと解体されてしまった。
破壊された人形の残骸が少しずつ崩れて消滅する様子を眺めながら、少女は溜め息を吐いて道端の木の根元に慎重に座り込んだ。
(……送り狼、かぁ…………。何か途中から気配がついて来るとは思ったけどさぁ……)
木の幹に寄りかかる少女の周囲を、送り狼たちはしばらくうろついてから、小さく鼻を鳴らして再び闇の奥へと消えた。
「……ま、あの村までの安全は担保されたってことで」
少女は立ち上がり、服に付いた土埃を手で払うと、再び集落へと歩き出した。

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夏休み 1 「あたり」

昔から運はいい方だった。
「おお、またあたりかぁ!良かったな!」
そんな話をしたのも一度や二度ではない。
ところがここ最近は別な方向に「あたり」が出ている気がする。
例えば、嫌な仕事にあたる、夕飯の刺身にあたる…何でなんだと思いながら過ごしていた。
おかしい。運は良かったはずなのに。
今までの皺寄せがきているとでもいうのだろうか。
何だかもやもやしつつも、誰に相談もできずにいたが、今日の一件で友人に相談することを決めた。
今朝出かけようとしたところ、バン!と音がして、頭頂部に軽く痛みを感じた。
振り返ると、足元にノートが落ちていた。どうやら上の階で落とした奴がいるらしい。
証拠に、数秒後には小学生くらいの子供が慌てて出てきて、頭を下げながら謝罪された。
これだけなのだが、この一件はかなり危機感を覚えた。
もし、これがノートじゃなかったら。…例えば植木鉢とかだったら。
自分は、間違いなく死んでいただろう。
そう感じて、その場で友人に電話した。
友人は黙って話を聞いていたが、途中から様子がおかしくなった。
「それって、親に相談したりしてないよな?」
「え、してないけど?」
「わかった。今から迎えに行くから、何があっても親には言うな。絶対!」
そこまで言って電話は切れた。
その後、車で迎えに来た友人は顔面蒼白だった。
「お前さ、『アタリ様』って覚えてるか?」
「え、あの祠?確か子供の頃に取り壊されてなかった?」
「そうそれ。アレの解体やったの、お前の父ちゃんなんだよ。地元のお坊さんとかの反対押し切って取り壊してさ。でもお前の両親はピンピンしてるし。もしかしてとは思ったけどまさか…」
友人曰く、アタリ様の祟り?らしい。
初めこそいいことがあるが、どんどん悪い方向へ進んでいくという。そして親はその呪いを子供、つまり自分に押し付けたのだと。その日はそのまま友人とお祓いを受けた。今は何事も無く過ごしている。
しかし、両親は違ったようだ。お祓いの日、ちょうど事故の電車にあたって大怪我をした。
留守電には「何で、お前があたっていれば」と恨み言が届いたが、今はどうしているだろうか。

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暗い過去とはさようなら〜幸せな今〜

とある年の10月初旬のある日、1組の高校生カップルはとあるテーマパークにいた。
彼女の方は満面の笑みを浮かべる一方で彼は、感情が顔に出ない様に気をつけつつも不快感を胸に秘めていた。
それもそのはずで、小学生時代にいじめを経験して一時期自ら命を断とうとするまで追い詰められた彼にとって、その当時のいじめっ子集団がいつも休日に遊んでいてつらい過去を思い出させるため、このテーマパークには行きたくないのだ。
その上で、彼を立ち直らせてくれたプロ野球チームがこの日の試の結果次第でその先のポストシーズンに出場できなくなる、という運命の分岐点とも言える重要な試合と彼女の誕生日が重なってしまって彼女を優先したのだ。
もちろん、彼女に喜んでもらいたくて彼が全額自腹で楽しもうとするのだが、午後8時を回った頃にとある事件が起きた。
2人がプロポーズの舞台として知られるお城の前を通りかかった頃、その野球チームが試合に敗れて順位が確定してベスト3に入ることなく公式戦敗退が確定したという、最悪の情報がスマホに飛び込んできてしまったのだ。
そして、彼は膝から崩れて慟哭し、球団こそ違うが野球ファン仲間で偶然居合わせた先輩2人に「ここは北国じゃねえぞ。でも、気持ちはわかる」と言われて2人の肩を借りて担がれる様にして退場した。
残された彼女は何が起きたのか分からず呆然とする中、彼は先輩2人から「今後のためにも彼女さんと別れたほうがいい。お前が潰れる」という助言を聞いて「これで確信に変わりました。でも、やっぱり悔しいです」と返すのが精一杯だった。
それからおよそ1時間、近くの街でその遊園地の前を通る路線の終点でもあるターミナル駅に着くまで泣き止むことはなく、一本後の電車に乗ってきた彼女に追いつかれた頃にようやく泣き止んだ。
そして、彼女に別れを切り出した。

月日は流れて2年後の9月28日、彼が応援する球団は4年ぶりの優勝を果たした。
彼は涙を流して飛び跳ねて球団に感謝を伝え、その後にチームは準決勝敗退をするも新シーズン開幕後は彼も気持ちを切り替えた。
そして、彼は5年ぶりとなるチームの2連覇に向けて愛する球団のために今日も笑顔で声援を送り続ける。

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空想少年要塞都市パッセリフォルムズ:告鳥と悪霧 その⑩

「見えたぜェ、リーダー後輩。お前の上げた“狼煙”がよォ……」
粉塵の舞い上がる中から、刺々しい声が楽し気に響く。
「それで? コイツをブッ殺せば良いのか? 遅刻した分働くぜェ……!」
薙ぎ払いが粉塵を吹き飛ばす。高校制服姿のアヴェスが、大盾と大刀で武装して立っていた。
「よく来てくれたぜゾッさん。テストの出来はどうだった?」
「現文駄目だった!」
「ドンマイ! じゃあ頼む!」
「りょーかいィ」
“ゾッさん”と呼ばれたアヴェス、ステルコラリウス・ポマリヌスはレヴェリテルムを変形合体させ、一つの大型戦斧を完成させた。
「叩き斬れ……“Polaris caelum”!」
全長約3mもあるそれを大きく振りかぶり、大型アリエヌスの正中線に照準を定める。
「せェー…………のォッ!」
渾身の振り下ろしが炸裂する。その破壊力はアリエヌスが構えていた両腕を破壊し、剣圧の余波を体幹部にまで到達させ、その巨体を完全に両断した。
「ふゥー……大型アリエヌス何するものぞ。俺が本気出しゃぁこんなモンよ」
レヴェリテルム“ポラリス=カエルム”の合体機構を解除し、ポマリヌスは研究者とクミを睨みつけた。
「で? 何なのお前ら。マッドサイエンティスト?」
「似たようなものだね」
研究者の男が答える脇でクミが片手を振り上げると、大型アリエヌスの残骸から黒い霧が吹き出し、彼女の足下に吸い込まれて消えた。
「うおっ、何あれ」
「ゾッさん。あのおチビちゃん、アヴェスらしいぜ」
カズアリウスの言葉に、ポマリヌスはカズアリウスとクミを交互に見た。
「えっマジで? 女の子じゃん」
「あのマッドが作ったんだとよ」
「マぁジか。ガチマッドじゃん。通報したろ。……帰してくれるならの話だけどな」
ポマリヌスが短槍を握りしめ研究者の男を睨む。しかし、男はけろっとした表情でビデオカメラをしまい、アヴェス達を追い払うように手を振った。
「帰ってくれて構わないよ。君達には感謝しているんだ。恩には報いるのが信条でね。帰った後は好きに通報してくれて構わないよ。どちらにしろ、私の研究に大きな支障は無いからね。さぁ帰った帰った。良い日を過ごしておくれ」
研究者の男とクミが手を振って送り出す中、4人のアヴェスは釈然としない感情でエレベーターに乗り込んだのだった。

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空想少年要塞都市パッセリフォルムズ:告鳥と悪霧 その⑨

「ビク太郎、ズー坊。お前らの出る幕は無ぇ。大人しく下がってろ」
カズアリウスの指揮で、他の2人は後退した。
「おや、君のような雑魚一人で相手するつもりかい? 思い上がるのはやめた方が良いと思うがねぇ」
研究者の男が揶揄うように言う。
「うるっせ。馬鹿にすんなよ? これでも“以津真天”のアタマ張ってんだ。1つ、俺の本気ってやつを見せてやるよ。アリエヌス壊されて泣くなよ?」
「確約はできないね。本当にそうなったなら、嬉し泣きするかもしれない」
「ほざけ」
そう吐き捨て、カズアリウスは彼のレヴェリテルム“Calcitrare ungula”を変形させた。変形機構が起動し、踵部分に長さ20㎝程度の折り畳み刃が展開する。
「……随分と短い刃だ。大型を相手するには力不足だろう?」
「そうかもな。まァ食らって判断しやがれ」
足裏のブースターを起動し、カズアリウスはアリエヌスの頭頂より高く飛び上がると、右脚を伸ばしたまま足裏が直上を向くほどに振り上げた。
「蹴り殺せ――」
ブースターを再点火し、振り下ろす動きを超加速して、アリエヌスの脳天目掛けて踵落としを叩き込む。
「Calcitrare ungula”ァッ!」
ブースターからは凝縮された高火力エネルギー砲が放たれ、それを推進力としてアリエヌスが盾のように構えた腕に踵のブレードが突き刺さる。勢いは衰える事無く蹴撃が完全に振り抜かれ、腕の一部を大きく抉り抜いた。
「……なるほど、なかなか悪くない威力だ。ブースターの出力断面積を敢えて絞ることで、威力密度を上げているわけか。……だが、大型の敵を相手にするにはあまりに小規模過ぎるな」
研究者の言葉に、カズアリウスはニタリと笑う。
「別に良いんだよ。端ッからそいつ殺すことなんざ狙ってねェからな。“以津真天”が何を目的にした部隊だと思っていやがる」
カズアリウスは空間天井を指差す。ブースター役のエネルギー砲は天井を貫き、地上にまで貫通していたのだ。
「『大型相手の時間稼ぎ』だぜ。俺の仕事はもう終わったんだよ」
地上から爆発的破壊音と振動が伝わり、天井を揺らし小さな瓦礫片を落とす。
「選手交代だ。“うち”の最高火力を見やがれこの野郎」
カズアリウスが言ったその瞬間、天井が粉砕され、一つの影が飛び込んできた。

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空想少年要塞都市パッセリフォルムズ:告鳥と悪霧 その⑧

アリエヌスの拳が、3人に向けて振り下ろされる。
「クソが! “カルチトラーレ=ウングラ”!」
カズアリウスの履いていた金属製脚甲の脹脛に仕込まれた加速用ブースターが一斉に起動し、超高速の蹴りが拳を迎撃する。
「この……ッ! だらあァッ!」
ブースターの出力を上げて跳ね返し、足裏の噴射機構からエネルギー砲を撃ち出して反撃する。
「この野郎ォ……俺のレヴェリテルム“Calcitrare ungula”は、ただの機動用ブーツじゃねェぞ」
カズアリウスが右脚を上げ、足裏をアリエヌスに向ける。
「出力を調整すれば、こうしてビーム兵器にもなれる」
研究者の男はビデオカメラを構え、戦闘の様子を撮影観察していた。
「なるほど。しかしまぁ……可哀そうな能力だね。その”蹴爪”という名のレヴェリテルム……その程度の出力で得られる機動力は、レヴェリテルムの標準性能で得られるだろう?」
「うっせ、俺ぁこいつが一番性に合ってんだよ。大体、動力も翼も無しに空飛べるわけ無いだろうが。常識でものを言え常識で」
「始めて見たね、『常識』なんてものを語るアヴェスは。君達は想像力の傀儡だろう?」
「生憎と人格もありゃ教育も受けてきた生命体だ。そこまで目出度い脳味噌はしてねぇよ」
「興味深いな。これからも実験に協力する気は?」
「お断りだ!」
“カルチトラーレ・ウングラ”の足裏から放たれたエネルギー砲を、アリエヌスの腕が受け止めた。ビームは腕部装甲に弾かれ、ダメージを与える事無く内壁に衝突して終わる。
「出力はあまり高くないのだね?」
「高くある必要が無いからな」