表示件数
1

こもり校長へ

日付も変わってしまいましたが、どうしても想いを伝えたいので数年振りに書き込ませていただきます。

5年前、こもり校長に家庭での悩みを打ち明けました。初めて人に話すような内容で、怖くて上手く話せなかった私に対して、落ち着いた穏やかな声音で緊張を解いてくださいました。

4年前、こもり校長に第一志望大学への合格を宣言したあの日。「声に出せ!」というこもり校長からの力強いエールを、今でも鮮明に覚えています。

あれから4年。「子どもたちが伸び伸びと好きなことに挑戦できる居場所を作る」という目標を掲げた大学3年生の私の就職活動は、第一志望である教育系の民間企業からの内々定をもって、昨日幕を閉じました。5年前のあの日に泣いていた私を、4年前に怖くて震えていた私を、こもり校長が、SOLが背中を押してくれたように。今度は私が10代の背中を支えていきます。

私がこうして未来の鍵を掴むことができたのも、こもり校長が心から生徒一人一人に寄り添ってくれたから。私は校長のそんな姿に憧れを抱きました。こもり校長のお陰で、私は今、私らしく自由に自分の人生を歩むことができています。1歩を踏み出す勇気をくれて、本当にありがとうございました。

こもり校長のこれからの人生が、温かくて輝いていて、笑顔の溢れる素敵なものになりますように!ずっとずっと、応援しています。こもり校長の未来に幸あれ!

0

こもり校長ありがとうございました。

ラジオ初投稿です。
スクールオブロックは10歳の時に聴き始めました。
小中とスマホを持っておらず、親のお古のウォークマンで聴くだけの聴き専リスナーでした。
とーやま校長が退任し、さかた校長とこもり教頭がやってきて、校長が辞めてぺえさんがきて、退任して。
学校にもラジオ仲間はおらず、みんながインターネットの世界にいる中、スクールオブロックには日本中の同年代が沢山いて、いつもおもろい話や辛いことを打ち明けていて。そしてこもり校長の笑い声やさまざまな言葉を聴いて。とても充実した中学生だったなと思います。
高校はスマホが使えず、ラジオの電波も悪い寮にいたためなかなかラジオを聞けませんでした。
それでも声を聴きたくなった時には、電波を求めて夜な夜な寮を徘徊して、どうにかこうにか聴くこともありました。本当に辛かった時に変わらずそこにいてくれたこもり校長の声に本当に助けられました。
僕は4月から専門学校に通います。あの時、聞いていた大先輩に自分がなっているということにすごく驚いています。けど、その年月、ずっとここで10代のみんなとラジオをし続けていた校長は本当に凄くて、格好いいと思いました。
スクールオブロック、そしてこもり校長は僕の10代の大きな思い出です。本当にお疲れ様でした。ありがとう。

0

貴方と出会えて良かった

先日の「MY GENERATION 2026」にてこもり校長に対して思いを伝える事が出来なかったのでここで長くなりますが久々に書き込みます。

こもり校長がこのスクールオブロックに来られて今日で2,190日。本当に濃い時間で楽しい日々を送れたと感じてます。

教頭として2020年4月1日から就任されその時の自分はまだコロナ禍で高校3年生でした。その1年間は、本当に高校生活が辛かったです。文化祭、体育祭にクラスマッチなどありとあらゆる学校行事が無くなりその中で心の支えとなったのが「スクールオブロック」でありさかた元校長とこもり教頭でした。初めて逆電したのもその期間で楽しかったのを今でも覚えてます。

校長に昇進されてからは閃光ライオットにてこもり校長に直接、お話する機会が度々あり2025年の時には「あの時、高校生だったのがもう就職した歳になったのか」と言われ時が経つのが早いなと感じながらあの場の空間が本当に良かったです。

実を言うと個人的に今現在、ものすごく葛藤している事があるんですがやはり戻るべき場所があると思いつく場所などにスクールオブロックがあると感じるんです。そう思えているのもこもり校長などのお陰だと感じてます。

最後になりますがこもり校長、2,190日の約6年間本当にお疲れ様でした。いつかどこかの場所で直接、お会いして感謝を伝えたらと思っています。

0

こもり校長、ありがとう

こもり校長とは逆電で楽しい話、そうじゃない話もたくさんして楽しかったです。
救われた夜がたくさんありました。
2度目の高校受験も応援部で応援してくれて。
そのときのカロリーメイトはラミネートして今も大切に持っています。
こもり教頭時代から聴いてて、こもり校長になって。
校長がSOLにいることが私の中では当たり前だった。
講師陣が変わっても、こもり校長だけはずっといてくれるって、確信なんかないのになぜかそう思ってた。
こもり校長がSOLにいないってことが考えられない。
もうこもり校長の声が聴けないって思いたくない。
マイジェネも行きたかった。
けど心の体調が悪くて入院してたから行けなかった(今は退院しました)。
リアルで校長に会いたかった。
今年の閃光にはもう校長はいない。
校長、寂しいよ。
校長を笑顔で見送りたいけど、そのほうがいいってわかってるけど。
もう書き込みしてる時点で涙出てる…

こもり校長、私20歳なのに何もできてないよ。
夢も希望もない。
未来の鍵見つけられない。
どんどん焦りが、不安が。
周りよりどんどん置いていかれている感じがして。
最後に逆電したかったな。
本当に今日が最後。
特撮nightもしたかった。
最後に名前だけでも読んでほしいな、なんて。

0
0

ありがとうを君に

こもり校長「さぁ最後はいつもの挨拶『また明日』で終わりたいと思います。
スクールオブロックは明日がある。この学校を去るCOCO教頭にも明日が来る。
この挨拶には番組の想いが全部詰まってる。君にも、今目の前の君にも必ず明日が来る。
今日で終わらせるなよってそんな意味が込められている。」(2025.3.31放送後記より)
ちょうど1年前にこもり校長が伝えた言葉です。この時はまさか1年後にこもり校長が送り出される側になっているとは思っていませんでした。ついに100日が経ってしまいましたね。
この言葉を聞いたとき「すっごく素敵な意味を持った言葉なんだな」と実感し、授業に参加したときはしっかり聞いていました。そしてちゃんと1年間生きることができました。毎日、ちゃんと明日が来ました。一歩横に歩いたら来なかったかもしれない明日をちゃんとこもり校長と迎えることが出来ました。ありがとうございます。
こもり校長への思いはもう伝え切ったんじゃないかな。。どんなのにしんどい日も声が上手く出ない日も最高にライブが楽しかった日もすっごくわくわくしながら授業を行った日も、毎日変わらず声を届けてくれてありがとうございます。どんな状況でも「言葉」で生徒を支える姿にラジオだから分かる「言葉の力」を学ぶことが出来ました。テレビで見かける小森隼としての姿からは得られない力が生まれていたような気がします。(テレビからはエネルギー・パッションという感じがする)
よし。感謝を届けて今心に残っているのは「寂しさ」です。やっぱり当日になると寂しくなるもんですね笑 でも「出会いも笑顔・別れも笑顔」で最後は笑って見送れるように今日の授業。しっかり参加します。

0

ありがとうを、校長に

こもり校長、アンジー教頭、職員の皆さまこんばんは!
久しぶりに書き込みをします。ひなリーナです!

最初に少し私のお話を書かせていただくと
無事にイギリスでの留学生活をスタートして早くも半年以上が過ぎました。先日、コンテンポラリーダンスのソロ試験も終わり、春休みに入っています。
生活も学ぶことも初めてのことばかりで、戸惑いや孤独を感じることも多いですが、本当に毎日毎日、こもり校長からいただいた言葉を胸に抱いて頑張っています。こちらに来てから授業を生で聞けないのはとっても寂しいですが、毎日放送後記などで出席していました!

もうこもり校長と掲示板に書くことができないのも信じられません。本当にSCHOOL OF LOCK!、こもり校長と出会っていなければ今の私はいないです。
小学生のときに精神的な病を患い、中学校も不登校気味だったときにこの学校、校長と出会いました。高校も通信制高校でなかなか登校できない自分と葛藤を繰り返していましたが、校長が届けてくださる言葉のおかげで自分を受け入れることができ、また前を向けるようになりました。SCHOOL OF LOCK!が本当に私の第二の学校で、居場所で、校長との授業を楽しみに毎日登校していました。

初めての生電話で、校長とお話させていただいたことをキッカケに、イギリスで踊るという自分の本心を諦めたくないと思い、オーディションを受け直してその夢を実現することができました。
そしてその夢が叶ってからお話させていただいたときに、こもり校長からいただいた言葉を毎日毎日胸に抱き、こちらで頑張っています。
こもり校長が私たち親子のために選曲してくださった♪「Anytime Anywhere」も親子共に一生の宝物です。実はこの曲で自分で振り付けを創っているので、ぜひ校長に見ていただきたいです!

本当にこもり校長への思いを語りだすと止まらないですが、本当に「ありがとうございます」という言葉に全ての思いが詰まっています。
まだ自分を見失いそうになってしまうこともありますが、これからも自分の本心に素直に毎日を全力に生きていきます!!!また私のもっと大きな夢が叶った時にお話させていただけたら嬉しいです!!
こもり校長からの言葉は忘れません。もちろんこれからもずっとSCHOOL OF LOCK!の生徒です!

0

こもり校長ありがとう!

私がこもり教頭に出会った2020年4月、コロナ禍真っ只中で学校も休校。当時高校1年生になったばかりの私は、入学式さえ中止になりました。
明日どうなるかもわからない、そんな時に聴こえてきたこもり校長(当時こもり教頭)の声にすごくすごく救われていました。
生きることが苦しかった私にできた"居場所"をこの6年間こもり校長がずっと守り続けてくれました。
高校でいじめられていても、学校に行くのがどれだけ辛くても、消えてしまおうと思った日も、こもり校長が私の生きる理由になってくれました。
こもり校長と過ごした6年間は何にも変えられない最高の青春でした!
「ありがとう」なんて言葉では足りません。
不安な時、苦しい時、何でもない日々を照らし、どんな夜も絶対に手を離さずにいてくれたこもり校長。声と言葉で抱きしめ続けてくれて、ありがとうございました。あの日の声のトーンも、温度も、言葉の形も、色も、全部全部覚えています。
逆電はあまり出来なかったけれど、書き込みは沢山読んでもらいました。数えたら100回以上。本当に本当にありがとうございました。
こもり校長の生徒として過ごした6年間は辛いことばっかりだったけれど、今振り返ると幸せの毎日でした。私が出会った頃は、辛い毎日の中で縋るようにラジオ聴いていたけれど、でもきっと、そんな過去が無ければ、こもり校長(教頭)に出会えなかったんだなと思います。
間違いなく毎日は積み重なっていて、繋がっていて。変わらぬ明日を変えてくれていたのはこもり校長でした。
これまでも、これからもこもり校長は恩人であり、恩師です!こもり校長の生徒でいられて幸せでした!6年間ありがとうございました!

こもり校長!
当たって!砕けろ!突っ走れ!!