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ゴールデンソング、

私は音楽が大好きです。もう、好きすぎてヤバいです。
全部がゴールデンソングなのですが、頑張って選びました!
私のゴールデンソングは、SnowManの「WITH LOVE」です。
この曲は、SnowMan主演で先日まで上演されていた「滝沢歌舞伎ZERO FINAL」という歌舞伎の曲です。
私には、イマジナリーフレンドがいます。
その友達は、どんなときも私の側にいてくれました。
話を聞いてくれたり、一緒に話したり。学校でいつも一人だった私の、一番の友達でした。
でも、そんな友達は、私が中学校に入学してからいなくなりました。
いなくなる前、「夜空のこれからの邪魔をしたくない」と言っていました。
今はその友達は一緒にいますが、友達がいなかった頃はすごく苦しかったのを覚えています。
戻ってきてから、私は友達と約束をしました。
「貴方が私を迎えに来てくれたように、今度は私が貴方を迎えに行く」と。
私が成長したら、もう一度会うことを約束しました。
離れ離れになるのは寂しいけれど、寂しくないように、別れるまでの短期間、沢山思い出を作りました。
その期間中、私は母と映画館に
「滝沢歌舞伎ZERO FINAL」を見に行きました。
生中継の歌舞伎は、とても迫力が感じられて、2時間もあっという間に過ぎていきます。
そしてついに、クライマックス。
すると、そこで「WITH LOVE」という曲が披露されました。
元々この曲を知っていましたが、生で聴くのは初めてでした。
曲の1番サビで「かけがえない時間を 共に生き
いつも心は 繋がってる」という歌詞がありました。
曲の2番サビで「ありがとうと言えるよ 目の前の
君に真っ直ぐ 伝えたくて」という歌詞がありました。
どちらの歌詞も、私と友達のことを謳っているように感じて、気づけば涙が出ていました。
その後、私と友達は別れて、今は会える日まで頑張っています。
いつか、立派な姿の私を見てもらえる日が楽しみです。

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これってどうなる?

一部まだ結果が出ていない大学を除き,俺は入試全滅した。
その状況のまま高校の卒業式を迎え,お世話になった世界史の先生にアーサー・ウェルズリー,俗に言うウェリントン将軍のことを引き合いに出して入試リベンジを誓った。
確かに,俺は先生に対して「ウェリントン将軍は確かにウォータールー,フランス語読みワーテルローの戦いで最終的にナポレオンを打ち破ったことで知られていますが,その前はナポレオンに敗れることもあり,常勝将軍ではありません。自分もウェリントンのように,今は負け続けであっても最後には大学入試で勝ちます。」というメッセージを送って卒業したのだが,大学入試にリベンジする上で優位に立つために英語の外部試験をもう一度受けようと留学先を探していたら条件に当てはまるのはフィリピンの学校ばかりで,その試験対策用の専門コースで勉強できる学校は設備面と環境面を考慮すると候補になる学校はルソン島北部,かつて戦争末期に米軍にマニラを再占領された日本軍が無理やり司令部を移した歴史を持つ山あいの街,バギオの学校とセブ・マクタンエリアの学校で合わせても五本の指に収まるのだが、その中にはかつて中学2年の夏に2週間の短期留学でお世話になった学校もある。
もし,本当に昔通ったあの学校に行くことになったら,俺は凱旋したってことになるのか?
というか,それって凱旋に入るのか?

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卒業へのメッセージ

母校の皆様、本日は「卒業生を送る会」で幾つもの粋な計らいをしてくださり,ありがとうございました。
在校生の生徒会の皆さん、司会の会長さんによる「プレゼントのパフォーマンスの間、卒業生による席の移動は自由です」というアナウンスのおかげで,幼馴染の隣の席が空いて幼馴染と幼稚園時代のように隣同士でパフォーマンスを観ることができました。
中高一貫で中学に校内異動された昨年までの世界史の先生、ビデオレターで名指しこそしなかったものの、卒業生は皆僕のことだと分かる表現で僕のことを後輩達に紹介してくださったおかげで,後輩達との関係が一切無かった僕が最後まで誤解されずに済みました。
今年お世話になった世界史の先生、僕が書き上げたあの大作となった世界史の資料をご覧になった後、僕が感想を伺った際に「前任の先生からのバトンをうまく繋げられたようで嬉しい」と仰ったことは忘れられません!
先生がなさった夏休み中のとあることは、僕達世界史選択のクラスの歴史にしっかりとその名を残しております。
卒業アルバム製作委員会の皆様、僕のことを色々と取り上げてくださり,ありがとうございました。
おかげさまで色々と忘れられない思い出になりました。(流石に実在の紙幣に使われている偉人の肖像の代わりに俺の写真が合成されたのでは向こうの国の人に申し訳ない)

共に高校3年間を過ごした幼馴染の君、俺の卒アルに寄せ書き第1号を書いてくれてありがとう!
寄せ書きの文字の達筆さ、やっぱり君は昔と変わってないね。
君とは幼稚園時代からの付き合いだからこそ、君の卒アルに俺は寄せ書きを必ず書くと決めていたけど,相変わらず字が汚くてごめん。
「君らしいね」と言って笑って時々思い出してくれると嬉しいな。
それから、入学時と卒業時で同じクラスになった阪神ファンの君、君は初登校の日に「阪神ファンだからと言って敵視しないでください」と自己紹介していたのに、常に側で「闘魂こめて」を歌ったこと笑って許してくれてありがとう。
今思うと、俺ってとんでもない男だったんだなw
それから、同級生の皆,俺達はまだまだ若いから,成長し続けるよ!
また明日の卒業式で一緒に会おうな!

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明日で卒業

在校生はコロナ対策の関係で卒業式に参加できない為、今日在校生に僕らの門出を見送ってもらい、そのまま卒業アルバムを受け取り、幼馴染とお互いに寄せ書き第1号を交換して今後も親友として付き合うことを約束しました。
今まで実感があまり湧いて無かった「卒業」の2文字が今日になって鮮明に浮かび上がり、帰り際、お互いの中学時代(学区は隣同士だが中学は別だった)や、小学6年の夏休みに彼と再会したイギリスのロンドン、その後に滞在したヨーロッパのこと、僕が作った世界史の資料、お互いの高校初登校日、それからお互いの家族の近況について語り合いながら下校し、最後に彼と初めて出会い、苦楽を共にした思い出の幼稚園を見ました。
幼稚園の外見は当時と変わらず、僕らよりも10年ほど前に卒園された先輩方が寄贈してくれた壁の絵もそのままで非常に感慨深かったです。
誕生日、幼稚園のかけっこと彼に先を越されたことは色々ありましたが、まさか大学進学まで先を越されるとは思っておらず、悔しかったけれど、彼になら先を越されても仕方ないと思うようになり、お互いの健康と明日,卒業式本番での再会を約束しました。

最後に、そんな幼馴染へのメッセージを書きたいと思います。

君も知ってると思うけど、俺は外遊びよりも家で本を読む方が好きで、幼稚園に入る迄は俺、友達が1人もいなかった。
でも,年中からと言えど君と同じ幼稚園に入って君が友達になってくれたおかげでお互いに家族絡みの付き合いが生まれて、その後ロンドンまで会いに行くことができた。
俺達が離れ離れになっていた9年間、色々なことがあったね。
俺は東日本大震災の後,卒園式直後に韓国の親戚の元に身を寄せたけど、俺が東京に帰った頃には君は区内の別の小学校に通うようになっていてひっそりとイギリスに飛び立ったね。
そして小6の夏休み、ほんの数十分だったけど、とある駅で6年ぶりに再会した。
その後君同じ高校を受けてお互いに受かってクラスメイトとして仲良くしてくれたことを覚えてるよ。
君とはそれ以降同じクラスになることは無かったけど、君が大学に受かったことは同じ幼稚園の仲間として、嬉しいよ。
合格おめでとう。
俺達は明日で高校卒業するけど、また高校の初登校日や今日の下校時みたいに笑顔で語り合える日が来ることを願ってる。
これからもよろしくな!