校長、教頭、徳井健太先生、黒光さおり先生、お疲れ様でした。今日は、改めてヤングケアラーについてを考えていきましたが、世話をするとしても急にしんどくなるという瞬間は何度もあると思いますが、しんどいと思ったら頼りになる人に相談することが第一歩なのではないかと自分は思いました。恥ずかしいことではないので、何度でも相談してください。ありがとうございました。おやすみなさい。また明日。(最後地味に閃光2年連続ファイナリストのインタールードの曲でしたね。)
今日の逆電出演者
・兵庫県 17歳 まいーん
・兵庫県 18歳 パンパパンパンパ パンパンパン
・岡山県 15歳 MeloPLE
閃光ライオット2024・2025ファイナリストのインタールードの曲じゃないですか…
今日の授業を踏まえると、染みるね。
今日、ヤングケアラーの話しをして下さり感謝です。黒板のお言葉、涙出ます。
感謝の気持ちで一杯です。
『声あげよう。自分の未来の為に』
ヤングケアラーの問題については、本来大人が担うべきケア責任が子どもに過度に委ねられている点に深刻さがあると考えます。そもそもこの状況は、学業機会の制約や進路選択の狭まりを招くだけでなく、本人の心理的負担や社会的孤立を引き起こす要因にもなり得ますがその一方で、責任感や他者理解が育まれる側面もあるが、それが自己犠牲の上に成り立っている現状には疑問を感じるのではないかと考えてます。私自身、この問題は家庭内の事情として見過ごされがちである点に課題を感じており、周囲の理解と支援がより積極的に行われる社会の必要性を強く感じました。
未来を描く事が出来ない。
我慢が当たり前になってしまう。
自分のキャパオーバーが分からない。
助けてを、周りに伝える事が難しい。
きっと、友達が気づいてくれる。
思ってくれるのは、伝わってると思う。
心強いです。
友達にヤングケアラーかもしれない子がいます。
友達は母子家庭で、母親は仕事で夜遅くまでおらず、その子も家庭を支えるためにバイトをしています。バイトや家事でヘトヘトな上に、その子も病気を抱えているので「あと一日学校を休んだら進級できないかもしれない」という悩みを私だけに相談してくれました。
その子自身は自分がヤングケアラーだと気付いているようには見えません。でも、今は支援も広がっているし、周りに悩みを聞いてくれる人や制度が存在するということを伝えたいなと思いました。
今、私はその子の話に耳を傾けて一緒にいることしかできていません。でもこれからも、私達がヤングケアラーの当事者の皆さんにできることを見つけて実行していきたいと思いました。
やはり、前に本で読んだ時とはまた違った気持ちになりました。
あの短時間でたくさんの学びも得ることができました。
今日よ日記帳はいつもより長く成りそうでとても楽しみです!
そして私が本を読んだ時にはヤングケアラーについてばかり調べたりしていました。なので、ヤングケアラーの制度などは割と詳しいです。
そして周りに困っている人がいないかや、私の家族の中でもみんなが協力したりしていました。そしてその時の私は自分事として考えていませんでした。
その理由は自分の事を考えるのがとても苦手でした。相手が幸せになれば良い!とずっと思っています。
なので、自分事に置き換えるのが今でも苦手です。でも、校長、教頭先生方の話を聞いて自分事に置き換える事の大切さを学びました。
なので自分事に置き換えるになろうと思います。
今日全国大会でした!今はホテルにいてもう消灯時間ですが、先輩方はまだ違うお部屋に遊びに行ってます!笑結果は優良賞かなと思ったら、銀賞!ほんとに嬉しかったです!次は先輩になって金賞狙います!今radikoで授業聞いてるので、早退すると思いますが、よろしくお願いします!
年の近い妹が中学のときで、自分が高校に上がっていてコロナ禍より前だから、多分2019年のこと。
年の近い妹の同級生が、ヤングケアラーになってしまった。
詳しいことはよくわからなかったけれど、その子は同居しているおばあちゃんの介護で中2のころから学校を休みがちになって、両親も仕事が忙しいらしく家を空けていることが多かったっぽいのも相まって、1人で頑張っているみたいだった。
その時期は“ヤングケアラー”という言葉がメディアとかで取り上げられるようになるほんの少し前で、その子はただ“家族の介護を頑張っている子”みたいな扱いだったんだ。
でも妹やその周囲の子たちは「学校を休むレベルで家族の介護してるって相当ヤバくないか?」と思っていたらしいし、自分も「ちょっとヤバいよな」と心の片隅で思ってた。
…でも、そう“思う”だけで終わってしまった。
その後、その子がどうなったかは全く知らないんだけど、のちに“ヤングケアラー”という概念を知ったときに「まるっきりあの子じゃねぇか」と気づいた。
でも“ヤングケアラー”という言葉が広まったころにはうちの妹も中学を卒業していて、件の妹の同級生との縁は切れてしまっていた。
だからその子は、結局どうなってしまったんだろうって、ヤングケアラーの話題を聞く度に気になってしまう。
せめて今は幸せに、自分の思うように生きていればいいのだけど…もしそうじゃなかったら。
そう思うと、もっと早くにヤングケアラーという言葉が広まっていれば、もっと早くに我々がヤングケアラーという言葉を知っていれば、その子はもっと救われるんじゃないかと、悔やまれるばかりなのです。
自分の家では父も母もともに元気で、自分がヤングケアラーではないことが当たり前のように感じていました。しかし、調べてみると、自分が全く関係ないとは言えないと気付かされました。家族全員が健康に過ごせていることはとても幸せなことなんですね…そして改めて周りて苦しんでいる人の微かなサインも感じて、自分が出来ることを模索しようと思います!!