見上げた空には
輝く月
その近くで
輝く電灯
なぜ人は
手の届かないモノを
手に入れたいと
思ってしまうのでしょうか
無意識に手をのばしていた白桃烏龍は、もう半分もない。
ここまで誘導されてわからないチャールズではないし、そもそも話を聞いてはじめから察していたようにさえ感じる。
「いつになっても色恋というのは面倒なものですねえ。」
「俯瞰しているのね、チャールズさん。」
渦中にいる瑛瑠は笑えない。冷ややかな目を向けると、微笑みが返ってくる。
「でも、得るものは多いんですよ。」
優しく微笑んだまま言葉を紡ぎ出す。
「そこでしか得られないものもあります。お嬢さまは縛られた立場ではありますが、否定されていいものではありません。
学校生活では、何があるかわかりませんから。」
ね?とウインクするチャールズ。これはどのように受け取ったらいいのだろう。
「チャールズも何かあったっていう解釈でいいのかな?」
ちょっと口角を上げて尋ねると、カップを置きソファに身を沈め腕を組み、
「おませさんですね。そんなにオトナの恋愛を訊きたいですか?」
なんていうから堪らない。
「お、オトナって……高校のときの話をしてるの!
そんな色気撒き散らして変なこと言わないでバカ!」
顔を紅くして横のクッションを投げつけて出ていく瑛瑠は、チャールズがしばらく笑いが止まらなかったことなど知る由もない。
運転手が車の下から手を引き抜くと、その手には黒く重厚なものが握られていた。
真っ黒な四つの円筒。
赤や緑、青の導線。
黒のバックに赤く光る7セグメントの「06:26」。
そして、断続的に鳴る、鋭い電子音。
「じ、じ、時限爆弾だ...!」
Dはすっかり腰を抜かしてしまった。運転手は目を見開いたまま驚愕の表情である。Sは完全にパニック状態だ。
「どどどどどどうしましょう?!」
「あ、あ、あわ、慌てるな!おおお落ち着くんだ!」
「二人とも落ち着いてください!」
運転手が二人をたしなめる。しかしその当人もひどく落ち着きがない。そうこうしているうちに、残り時間は「05:58」を表示している。
「こ、これって、解除しないとマズいんじゃないですかね...」
「何を言ってるんだ、今すぐ逃げるんだ!」
「しかし、このまま逃げては、F国の人々を犠牲にしてしまいます!」
「むう...。だが、それならどうすればいいと言うのだ」
「私が解除しましょう」
「「ええッ!!!」」
突然の運転手の申し出に二人は思わず声をあげた。
「本当に、本当にできるのか...?」
驚愕を隠しきれず、Dが言った。
「正体のわからない人とは常々思っていたけれど、まさかこれまでとは思わなかったわ...」
Sも目を見開いたままそう言った。
運転手は全く耳を貸さないで爆弾に向かっている。ハサミとドライバーを手にしてなにやら真剣そうである。仕方なく、Dはこの得体の知れない男を見守ることにした。
ほら、空をみあげてみよう。
世界ってかなり広いんだ。
君らの世界なんて狭いんだ。
ほら、全部ひっくるめて。
現実のいやなことをよ。
思いっきり走れ。
あの太陽へ。
なんだかいつもより喉が痛い気がして、咳き込んで吐き出した痰は、昨日言い損ねた「ごめんなさい」と、明日言おうと思った「ありがとう」の塊。
それから十数分後のことである。一行は休息を終え、車に戻ってきた。そのとき、一行の車の横に空いていたスペースに、一台のバンが勢いよく滑り込んできた。ちょうどその横にいたDは危うく轢かれそうになった。
何処を見て運転しているんだ、危ないだろ、と声を荒げるも、その車の主は何食わぬ顔で車を降り、行ってしまった。
ますます不機嫌になりながら、Dは悪態をついて車に乗り込んだ。すると、Sがドアを半開きにしたまま、車の横に立って眉を潜めているのに気がついた。
「どうした、さっさと乗らんか」
とDが車の中から未だ不機嫌そうに言うと、
「あの、何か変な音がしませんか」
Sが怪訝な顔で言った。
少し耳をすませてみると、なるほど、確かに微かな電子音のような音が聞こえなくもない。Dは表情を少し不安そうに変え、
「一体何の音だ」
と言った。Sはゆっくりと車を一周して、辺りをきょろきょろと見回し、それからもう一度ぐるりと回って言った。
「この車からです」
「何ッ」
そう叫ぶと、Dは慌てて車から飛び出した。
二人は運転手と三人掛かりで音の発生源を探した。そうして一分もたたない頃、運転手が車の下を覗き込んで、
「ありました、多分これです!」
と叫んだ。
ただし、重要なのは争い時のみの話であるということ。大きな戦争なるものは、瑛瑠が覚えている限り、生まれてから起こってはいないはずであり、チャールズのように種族関係なく関わることが求められている。
そんななかでも、相性の良し悪しには逆らえないのだけれど。強い力にあてられると体調に支障をきたすことがある。当人に向けられたものであるならなおのこと。瑛瑠は、そこに思い至ったのだった。
ずっと望が近くにいて、彼の言動には疑問を感じることもあった。増していく頭痛の原因は、彼の魔力。今日の帰り、確かに感じたワーウルフのそれに、完全に気づいてしまった。いや、それよりも前に気付いていたのかもしれない。瑛瑠が気付きたくなくて、目をつむっていただけで。
きっと望は瑛瑠を想っている。そしてそれは、力の制御に頭が回らなくなるほどに。
魔力には3つのタイプがある。攻撃型と防御型、そして特殊型だ。
ワーウルフやゴーレム、レオといった種族は攻撃型。血気盛んで、争いになると力で押すタイプだ。名の通り、攻撃的な力が強い。
「血気盛んを体現しているような者はたしかにいますが、攻撃型でも冷静沈着で聡明な者もいますからね。性格は種族じゃわけられませんよ。」
きっと、友人を思い描いているのだろう。瑛瑠は改めて、いかに自分が狭い範囲でしかものを知らないのかと思ってしまう。
防御型に当てられるのはエアヒューマンなど。チャールズに諫められてしまうだろうから、性格については割愛。こちらは、防御的な力が強い。
そして、瑛瑠たちウィッチ,ウィザードは特殊型に当てられる。ヴァンパイアやヴァンピールもここに当てはまる。攻撃と防御のどちらも兼ね備え、しかしどちらかに突出した種族よりは魔力が弱い。そのため、魔力を補うための知能に長けているのも彼ら。
そんな種族には、争い時のみの力関係がある。攻撃型に特殊型は弱く、特殊型に防御型は弱い。そして、防御型に攻撃型は弱いという力関係。逆もまたしかり。
しかし、これはそれぞれの魔力が同じ水準だったときの話。魔力が強ければ強い方に軍配は上がる。そして、権力者に近いほど生まれ持つ力は強い。
「特殊型のウィッチは、攻撃型のワーウルフとは相性が悪い。」
黙ってしまったチャールズを、横から盗み見る。すると、一見穏やかそうに見えるその顔から、目だけが後からつけたかのように浮いて見える。瞳だけが穏やかじゃない。
「チャールズ、お茶、溢れてるよ。」
完全に心がどこかへ行ってしまっていた。
慌てて、傾けていたティーポットを置き、すみませんと立ち上がった。
タブーだったのは、きっとワーウルフだ。あの瞳は、怒りか憎しみか。悲しみの色もあったかもしれない。聞きたいけれど、あんな顔させてはいけないような気もして。
布巾片手に戻ってきたチャールズに、何もいうことができなかった。
「あとは、ゴーレムとかもウィッチやウィザードとは力の相性が悪いですね。」
淡々と言うチャールズに、先ほどの色は毛ほどもない。
瑛瑠は言葉を探してしまって、沈黙が生まれた。
それを察し、チャールズは拭きながら笑みをこぼした。
「相性悪いなんていっても、私の友人にはゴーレムもレオもいますし、なんなら逆の立場のエアヒューマンだっています。関わる上で、種族に問題なんてありません。」