いつも同じ手口で
いつも同じ出口へと
逃げるみたいに騙してる自分さえ
今は好きになってもいい。
今だけは好きになってもいい。
言葉を吐き出して
頭の中を吐き出して
僕に見せて欲しい
いつも同じ手口で
いつも同じ出口へと
逃げるふりして笑ってる自分さえ
今は好きになれそうだ
今だけは、
言葉を混ぜ込んで
頭の中を誤魔化した
僕を見てほしい
「花さん。」
小さく手招きした瑛瑠を見て、歌名は寄ってくる。もちろん落ち着いたのを見て、だ。
「今日、時間のかかりそうなものばかり頼んだのに、かなりはやく出てきて……。」
瑛瑠の言いたいことを汲み取った花は、にっこりと微笑み、
「今日は奥に夫がいるから。」
手伝ってもらっているということなのだろう。あの腕時計の送り主である彼に1度会ってみたいと、そう瑛瑠は思う。
しかし、そうではなくて。
わざわざ花を呼び寄せたのは、もちろんその事もあったのだけれど、確かめたいのは前回英人とも話題になったことで。
「歌名、望さん。今の店員さん、花さんとおっしゃる方なのですが、どこかで会ったとか、誰かに似ているとかありませんか?」
すると答えたのは望。
「あの人、鏑木先生の娘さんだよ。」
夜とも朝ともつかぬ淡い色をいっぱいに湛えた明け六つ、まだ微かに寝息が聞こえる長屋に面した細い路地に若い女の絶叫がこだまする。
女はへたりと地べたに尻もちをつき、片手で口を押さえながら震える体を辛うじてもう片方の手で支えながら後退りしているところだった。
「ひっ、人が…人が死んでっ……!」
女が指差す方には、仰向けに倒れている男がいた。目をかっと見開いているが、ぴくりとも動かない。気付けば背後にはわらわらと人が集まっていた。
「死人か?」「誰か死んだのか?」
「待て、こいつ、息をしている。」
男の鼻に掌をあてると、ゆっくりと呼吸をしていた。瀕死の呼吸、というよりは寝息のようなものだった。
野次馬がざわめく。ひとりの野次馬が言った。
「おい、こいつ、なんだか酒臭くねぇか……?」
そう言ったのはなかでも異常に鼻が良いことで有名な男だった。言われてみれば今更だが、酒臭いような気がする。一瞬の静寂が落ち、次の瞬間には大きな笑いが巻き起こっていた。
「ひっ、ひひっ、なんだぁ酒飲みが酔っ払って寝てただけじゃあねぇか大袈裟な!」
「いやぁーそれにしても、目を開けて寝る輩がいたとは。」
確かにそうである。目を開けて寝る奴なんてそうそういるものではないだろう。しかしこのまま寝かせておくわけにもいかない。
「ほらお前さん、起きな。」
男の脇腹をぽんぽんと叩く。男は余程酔っているのだろう、全くもって起きる気配がない。
しかしその瞬間、不意に男の眼球がにゅるりと一回転した。全員が息を飲む音が聞こえた。
この世のものとは思えない不気味さに空気が震える。
しかしそれ以前にひとつ、気付いてしまったことがある。左目の下の泣きぼくろ。その斜め下の頬についた小さな古傷。
見れば見るほど、その姿形は自分自身ではないか……。
お元気ですか
ふと、手紙を書きたくなりました
あなたがいなくなってからもう何年たったのか
なんででしょう
今でも私はあなたの顔を思い出せます
なんででしょう
今でもあなたがこの世界にいる気がします
もう、いないのに
後悔しているんです
もっと話せばよかった
もっと長い時間一緒に過ごせばよかった
怒ると怖いけど優しくて
字が綺麗なあなたが
今でも、本当に大好きです
どうか、お空のあなたに
この手紙が届きますように
貴方が星を好きだと言ったから
夜空の星達を眺めてみたりして
貴方が猫を好きだと言ったから
図鑑を開いて猫の種類覚えたり
貴方が雪を好きだと言ったから
雪を見て貴方のこと思い出した
ズキって胸を走る痛み
この痛みになんて名前をつけよう
だなんて多くの人は歌う
僕は
病名がつかないと安心できないあの子のこと
変わってるって嗤い尽くしたけど
今思えば僕も痛いじゃん
この胸の痛みの原因を知りたくなってる
処方箋ください
無理ですね
それは恋の病気です
大切な人のこと、大事にしてあげましょう
それが薬ですよ
好きだから、苦しいのに。
好きだから、迷うのに。
好きだから、愛してるのに。
なんて考える私は相当病んでる?
病院行っても治らない濃い病。
早く治してくれますか?
この病原菌
濃いからさ、会いたいんだよ。
「なあ、多々良木。祭りにお面っていうのはやはりどこの世界でも共通なのか?」
木村が指を指した方向にはお面屋がある。
今日は祭日であり、そのお面屋の前では着物姿の子供が母親にお面を買ってもらっている。多々良木はしばらくその様子を眺めてから、言った。
「まあ、定番だよな。お面」
「妖怪がお面を被って、なにか楽しいのだろうか」
お面を買ってもらっていた少女には、狐の耳と尻尾がついていた。そして隣を歩く多々良木には鬼の角が生えている。
「どういう意味だ?」
「そのまんま。妖怪が妖怪のお面被って何が楽しいわけ?」
件のお面屋で売られているのは妖怪のお面である。妖怪のお面を妖怪が買って妖怪に化けるなど、変な話である。
「そりゃあれだろ。”妖怪じゃない奴”が来ても祭りを歩けるようにだろ」
「つまり?」
「つまり妖怪と”妖怪じゃない奴”――人間はひと目見て区別できるだろ?それじゃこの世に来た人間は祭りを楽しめない。なんたって人間は空想上の生き物だぜ?奇怪な目で見られるに決まってる。だからお面を被ってひと目で判断できないようにしてるんだ」
「へぇ」
「昔ばあちゃんから聞いた話だ。木村もなんか被ってみるか?」
「ああ。それじゃあ鬼の面、かな」
「おっ。俺と同じ種族になるってぇか。はは。いいな。んじゃ買ってくるわ」
「多々良木」
「なんだ?」
「ありがとな」
「いいってことよ。だからちゃんと祭り楽しめよ」
「ああ」
空想上の生き物が頷いた。
〜〜〜
妖怪は日本人が様々な現象に人格を与えたもの、と思っています。
この物語、舞台が妖怪の世界なのですが、まるまる人間の世界に置き換えるとって思うとわくわくしませんか? 祭りでお面をかぶっている人の中に妖怪が……。まあまつりでお面被ってる人なんて見たことありませんがね。
風船が
空に飛んでるのを見ると
やけに寂しくなる
友達も
家族も
私が手を離してしまえば
もう
空に飛んで
消えてしまうのかな
母が子に、あるお話を聞かせてあげていた。人間と鬼がまだ共存していたときのお話を。
その話を遮ったのは子。
「お母さん、今も鬼は居るの?」
我が子の問いに、母はその顔を優しく、愛しさに満ちた目で微笑みながら、
「今も居るわよ。」
とそう言う。
「鬼も人間も、何も変わらないのよ。それぞれの持つ能力が少し違うだけ。……それを、受け入れられなかったのは人間。人間は、弱いの。」
彼女の顔に陰が落ちた。
よくわかんない。まるでそう言うように、子は母を見つめる。
「でも、朔も蒼もかっこよくて、藤姐が美人さんだってことは、よくわかったよ。みんな強くて、……薊も、みんなも、辛いってことはよくわかった。」
母は子に尋ねる。
「鬼、恐いかしら。」
子は、その声の震えに気付いていた。首を横に降ったのは本心。
「会ってみたいな。今もまだ居るのなら、会ってみたい。」
辛そうに苦しそうに、そのくせ嬉しそうな、感情がない混ぜになった表情の母は、人間と鬼が共存していたときのお話,朔が薊を救うまでの物語を紡ぎ出すべく、再び口を開いた。
とほきゆきくにをおもふ
寒いのが苦手な僕にとって
雪の日というのは苦痛でしかないが
どこかの誰かは
まだ雪を見たことがないと言う
どこかの誰かは
雪に家を潰されたと言う
儚さと力強さ
いやそんなことはなんだっていいけれど
とにかくこの僕の心を
真っ白に戻してくれよ
タブラ・ラサ タブラ・ラサ
消せない日々が
タブラ・ラサ タブラ・ラサ
目に焼き付いて離れない
とほきゆきくにをおもふ