「なぁ、去り行く時代と来たる時代の間には、一体何があるんだろうな?」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりに、同じテーブルを囲む人々の視線が俺に飛んできた。
「…何言ってっか意味わかんない」
「それな」
「お前らしいなぁ」
案の定、彼らの言葉にはあきれがにじんでいた。
「いや、2つの時代は同じ瞬間には存在できないだろう? なら、切り替わるポイントはどういうものなのかって」
「…歴史はすべて地続きだから、隙間なんてないと思うが」
正面に座る彼が、テーブルに肘をつきながら言う。
「隙間じゃなくてポーイーント! 点だよ、点。むしろ”通過点”とでもいうべきか… いっそその”通過点”を駅にでも例えるか! 2つの時代という路線をつなぐ、乗換駅。そこには何があると思うか?」
俺は一拍、手を叩いて言った。
「いやそれだとますます意味不明」
「お前の話って変なの多いよな」
「そうね。結構あるわね」
「ま、そうかもだけどさ、その駅には何がありそう?」
俺はちょっと身を乗り出して皆に聞いた。
「…キオスクとかはあるよね」
「トイレなかったら困る」
「田舎の無人駅だとないこともあるそうよ」
「うげっ! それは嫌だ…」
やっと議論が始まったが、なんか現実的なことを話してるな、こいつら、と俺は思った。
「…そもそもさ、時の流れから絶対逃れられないから、改札なんてものはねーと思う」
クリームソーダを飲みながら、左斜め前に座る彼が呟いた。
「オレもそう思った」
「だろ!」
「むしろその駅、小さい駅だと思う。線路が2本だけあって、2つはホームを挟んで向かい合ってる。去り行く時代という名の列車が来たら、新しいほうは発車していくと思う…」
彼は喫茶店の窓の外に目を向けながら言う。
「でもさ、それじゃ乗り換えできなくね? 乗換駅なら、停車時間がめっちゃみじけーけどあると思うぜ、それは。ホントに短い時間。2つの車両は別の線路の上だし、ぶっちゃけ言ったら同じ空間―瞬間にはいないだろ?」
「ちょ、お前もお前で意味わかんないこと言ってんな~」
俺は、思わず左斜め前に座る彼の言葉に苦笑いした。
「確かに、な…」
正面に座る彼は、コーラフロートの溶けかけたアイスを口に運びながら言う。
暫くの間、喫茶店の中でかなりがやがやしていた俺たちの周りに沈黙が下りた。
さくらが散ってみどりの葉
よるが消えて昇ったあさひ
なみだの痕ももういないな
ら、それがきっと最後の証
平和な時代が続けばいいな
成りきるくらいで丁度いい
「…そういえば、さっき何でここにいるのって聞いてきたけど、逆にあなた達は何でここにいるの? わたしは暇を持て余してというかそんな感じなんだけど」
わたしはさっきのネロの言葉を思い出して、彼らに尋ねた。
「それ言いたくな」
「ショッピングモールからの帰りだよ。毎週日曜ぐらいにあそこに集まってんだ」
「ちょ師郎それ言っちゃう⁈」
「いやはぐらかそうにも無理があるだろ」
言いたくないことを師郎に言われてしまったネロは、頬を膨らませて抗議したが、すぐにがっくりと下を向いた。
「週1、なんだ…」
確かに前にこの4人にあった時は日曜日だったし、場所はあのショッピングモールだった。
「…そりゃ、みんな普段は部活や塾で忙しいし、学校は違うし、ついでに今受験生が約2名いるからほぼ必然的に日曜に会うことになるだろ」
ぼそっと黎は呟いた。
「ま、テスト前とかは無理だけどなーっ。あーでも、ネロは例外。コイツはいつも暇こいてる」
「?」
わたしは耀平の言葉にちょっと首を傾げた。例外って…
「暇って言うか…やることないんだよ。第一ボク不登校だし」
「えソレ、サラっと言えること⁇」
自分だったら言うのをためらいそうになる言葉を平然と言い放ったネロに、わたしは唖然とした。
私の心が揺らいでるのに
まだ気づいてないわけ?
私のことを好きだと言うなら
もっと優しくしてよね
『令和ー。令和ー。お降りの際は………』
ああ?うるっせえな。俺はもうちょっと平成に居るんだよ。
『とっとと降りなグズが』
痛った!何もぶん投げるこたア無えだろ!
……やれやれ、仕様が無い、行きますか、令和!
煉瓦のがれきに
勢いを削がれた僕は
わかりやすく躓き転んだ
平静を装ってもこの場から離れて
行ってしまうのが
正解のようで
痛みを堪えてふらつきながら戻った
なにかが終わる時の町の騒がしさを
遠くから見て馬鹿馬鹿しいと笑う
今日もわたしはいつも通り寝て
終わりと始まりを知らないままでいる
なんだか疲れるのは同じ言葉ばかり聞いてるせいだろうか
終わって何になる?明日は今日の続きでしょ
何が二つを隔てるの?
そんなのは若者の強がりかな
デパートで彼女のプレゼントを買った帰り、前から気になっていたバーに入った。いい雰囲気だった。内装はシンプルで、客層も上品だった。高そうな店だな、と思ったが、べつに金に困っているわけではない。まずビールをひとくち。美味い。俺の好みの冷えぐあい。クリーミーな泡。お通しは、ズッキーニ、新玉ねぎ、オリーブ、パプリカのあえもの。これまた美味い。
居心地がよく、つい長居してしまった。〇時近くになり、団体客がなだれ込んでくる。平成から令和へのカウントダウンがしたいらしい。ばかばかしい。元号が変わったところで何が変わるわけじゃない。
俺は勘定を済ませ、階段を下りた。背後から、「三、二、一」と一斉にコールするのがきこえた。
外に出た。街が消失していた。果てしなく、真っ白な空間がただ広がっていた。振り返った。何もなかった。プレゼントを渡すことは、おそらく不可能だろう。
駅のホームにはデカデカと「平成」と書かれ、今を追い求める人々が電車が来るのを浮き足立って待っている。平成の駅で令和の判が押された饅頭を売りさばく人たち。そんなに焦らなくてもいつのまにか時はすぎるのに。
私はそんな人々を眺めるのにも飽きて、ベンチに腰掛けながら小説を開く。昭和に生まれ、平成にベストセラーを売り出した小説家。令和へ行こうという時に大正の物語を読んでいる。きっと令和の時代か、その後の時代に現代文の教科書に載り、生徒たちの頭を悩ませることになるのであろう作者と題名。
そう。
結局、そんなものだ。
平成という題名のついた時代の中で、主だった出来事の名前だけを覚えて、解答用紙に書き込むような、そんなもの。
令和に降り立ったからと言って、何が解決するわけでもない。結局は日常の続き。ずっと先まで行けば振り返ることすらなく、その時代の有名人たちが縫いとめられる場所。
それがここ、平成だ。そして次の令和もいずれはそうなる。
もうここには二度と帰ってこれない。だから、この場所とはお別れするわけだけれど。
私は立ち上がり、コインロッカーの中の荷物を取り出して、超満員の電車に乗る。
死んだら、また会おう。
誰もいなくなったホームにそう呟く。