「でも、あの時は、あっちはあっちで用事があって…」
「いやぁ、僕知ってるんだよね~。お前の事ちょっと面倒くさいって言ってた人…例えば川畑とか」
「なっ…嘘でしょ? 初実が?」
あぁそうだとも、と言って彼は立ち止まる。
「前にさ、川畑が他の女子に、『何かいつも誰かと一緒にいたがるからちょっと鬱陶しい』とか言ってたぜ?」
「…まじか」
「ハハハ…マジなんだよねーこれが~」
がっかりするわたしに、美蔵はニヤニヤと笑いかける。
「だからそうなんだろう? その友達とはぐれたのも、単純にお前が面倒で一緒にいたくないからわざと置いてけぼりにしたんだろう?」
ま、あくまで僕の推測だけどな、と彼は付け足す。
多分…彼の言っている事は合っている、多分。
でもわたしとはぐれてしまった”彼ら”に聞かないと、本当のところは何も分からない。…実際そうでもないかもしれないし。
だからこう言い返した。
「…確かに、そうかもしれないけど…ちゃんと聞かないと分かんないと思う、そいうのは…きっと」
…ま、そうだけどな、と言いながら、美蔵はまた歩き出した。
「…そういや不見崎(みずさき)」
「ん、何?」
何を思いついたのか、美蔵がわたしに話しかけてきた。
「さっき駄菓子屋行く途中で友達とはぐれたとか言ってたじゃん」
「うん」
「…もしかしてさ」
美蔵はニヤリと笑った。
「その友達に避けられてるんじゃね~?」
「…ちょっ…!」
何だか自分の中を見透かされたような気がして、わたしは思わず立ち止まった。
「…べ、別にそうと限ったワケじゃないし」
まぁ、その可能性も十分にあるかもしれないけど…
「は? てかそうと限ったワケじゃねぇって事は、そうかもしれないって事じゃん」
そう言いながら、彼は皮肉交じりに笑った。
「ぅぐ…」
「やっぱり不見崎は変わってねーなー。友達に避けられちまうトコとか。小学校の時からそうだろ?」
確かにそうかもしれない、でも…
「よかったよ」
「ありがとうございます」
「あの子声いいねって後ろにいた人がゆってくれてたよ」
「そやったんですか。嬉しいです」
なんでそんなに泣きそうなんですか
なんでそんなに優しいんですか
なんでこんなに苛立つんですか
なんで何にもできないんでしょう
歌って何も何も伝えられなかった。
僕たち 同じ空を見てたんだって
何の気付かず普段見上げてるこの空は
僕らが住んでる世界なんだよ
どんな感動もわたしサイズでしか消化できなくて
言葉にできなかった分のため息を量産中
「ブレーキとアクセル踏み間違えちゃったあ〜」
運転席から高齢の男性が降りてきて言った。
僕は軽自動車の前に駆け寄り、彼女を抱え起こした。
絶命していた。
なきがらを抱きしめ、次に会えるのは、いつだろうか、と考えていたら、彼女が目を開けた。ゾンビ化したのだ。
「なぜゾンビに」
「流行ってるから」
僕の二の腕に、彼女の爪が食い込んだ。
「そうか、じゃあしょうがない」
彼女を腕から引きはがし、僕は立ち上がった。
店から出ようとすると、彼女が飛びかかってくる気配を感じた。僕は尻ポケットから銃を引き抜き、振り返りざま、彼女の頭を撃った。
ゾンビになった人間に、来世があるのかどうかはわからない。
ソファー席に座り、店内を見まわした。ミレイの、オフィーリアのポスターが目にとまる。
ビールが運ばれてきた。僕はたずねた。
「あのポスターは、誰の趣味?」
すると彼女は、笑顔になってこたえた。
「わたしの趣味です。あまり絵とか詳しくないんですけど、絵の好きな友だちとイギリスの美術館に行ったときになぜか引かれるものがあって買ったんです」
「……オフィーリアは、来ないんだけど、いま、上野でミレイ展やってるの知ってる? よかったら、一緒に行かないか?」
初対面の女性をいきなりデートに誘うなんて初めてのことだった。なぜだろう、びびっとくるものがあったのだ。
「行きたいです」
「じゃあ連絡先交換しとこう」
「はい。スマホ持ってきますね」
嬉しそうにスマホを手にして戻ってくる彼女を見て、急に僕はさとった。僕たちは何度も生まれ変わり、何度も出会っていたのだ。そしていつも、別れは突然やってきた。
軽自動車がガラスをぶち破り、突っ込んできた。
明け方まで仕事をしてベッドに入り、九時に起きて洗濯をすませてから定食屋で遅めの朝食をとったあと、なんとなくぶらついていたらふと、ビールが飲みたくなった。
そういえば最近オープンしたカフェがあったな、ビールはあるだろうか、とりあえずちょっとのぞいてみるか、と店の前まで行くと、店頭にメニューが出ていた。生ビールが、あった。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
ドアが開き、美人の店員が顔を出した。初めて会ったのに、前からよく知っているような印象。
店内に進む。カウンターで注文し、代金を先に払うシステムだ。僕以外に客はいなかった。
「ご注文お決まりですか?」
ここのオーナーなのかもしれない。ほっとした表情が浮かんでいた。自分も店をやっていたことがあるからわかる。オープンしたばかりの先の見えない不安な心理状態のときに来た客は、たとえジュース一杯の客でも、まさに神のように感じられるものだ。
「生ビールをお願いします」
クラブカーストなんて、ないと思ってた。1年前までは。
ただ同輩と、話して、笑って、演技をすればいいと思ってた。
だけど、やっぱり人間は1番上に立ちたがる。
女子ってそういうもん。
1番上に立ってる人は1番下に立ってる人の気持ちは分からないけど、
1番下に立ってる人は1番上にたってる人の気持ちがわかる。
そういう理不尽な世界。私は嫌い。