「こんな話を知ってる?」
下校中、偶然出くわしたあいつがいつもの切り出し方で話しかけてきた。こいつがこの言い方をするのは、毎回必ずオカルト絡みの話をするときなんだ。正直飽きてるんだが、とりあえず聞き流すことにして、あいつの話すままに任せる。多分これが一番良いやり方だ。
「学校の七不思議の一つなんだけどね、6時6分に西の階段の踊り場の壁にかけてある鏡を見ちゃいけないっていうの」
「へえ」
「見るとどうなるか、これが分かりやすい。鏡に映った自分が、自分を殺しに来るんだ」
「そりゃ怖い」
「まあ、躱すだけなら簡単なんだよ。そいつは鏡の外に完全に出てくることはできないから」
「そりゃ怖くない」
「いやいや、こいつが恐ろしい代物でさ。たとえその場を逃げ出したとしても、一度現れたら最後、ありとあらゆる鏡面に現れては狙ってくるんだ」
「そりゃ怖い」
「助かる方法は簡単。一度学校の敷地内から逃げ出してしまえば良いのさ。次の日にはもう安全に戻ってるからね」
「へえ」
「……ところでこれ、うちの学校の七不思議じゃ無いんだよね」
「……は?」
「君の学校の七不思議なんだよ」
こいつとは高校に上がってから通う学校が別になったわけだが……何故そんなことを知っているのか。
「つーかなんでそんなこと俺に教えんだよ。明日からどんな気分で学校行きゃ良いんだ」
「何も知らないよりは安全かなー……って」
「季節が悪りィよ季節が……」
遥か昔、全てにおいて優しさを降り注いで下さる暖かい方がいらした。
そして今もその方は全てにおいて優しさを降り注いで下さっている。
「なぁ 恋する気、ない?」
そう言ってしまってから、それだけ伝えたらただの告白じゃないかと後悔した。
案の定清水さんは固まって、耳を赤く染めながら聞き直してきた。
『それは…どういう…』
「んぅ、」
焦りすぎて、声とも呼べない息のような音が喉から絞り出されていった。
それでも彼女は、一音でも聞き逃すまいというようにこちらをじっと見つめていた。
「あ、いや、違うくて」
一瞬彼女の目に浮かんだのは何の色だったか。
この空気から逃げようと、必死に言葉を編んだ。
「ほら!俺、文学部なんやけど」
『…あぁ』
彼女は何かを察知したようで、そそくさと鞄を持ち、帰る姿勢を見せた。
放課後、よく知らないクラスメートに突然、【恋する気、ない?】なんて言われた。
うん。すごく怖い。それは帰りたくもなる。
だけどまだ帰す訳にはいかないのだ。
「文学部で、恋愛小説を書くノルマが出たんよ」
『…うん』
「けど俺恋愛なんて分からんしさ」
ばん、と机を叩く。
ここからが重要だ。
「恋する乙女に意見を伺いたくて」
続ける。
「清水さん、香坂のこと好きやろ」
どやぁ、と言わんばかりに胸を反らすと、そこには今にも泣き出しそうな顔をした清水さんがいた。
鞄を握る手が震えている。
マスクをしているから分からないけれど、彼女が明るい表情でないことは明らかだった。
『大橋くん』
まっすぐ俺の目を睨んで(?)彼女は続けた。
『言っていいことと、悪いことがある』
「そう、やな、、、」
『じゃあね』
遠ざかっていく彼女の足音は、心なしかいつもより大きかった。
やってしまった、と思った。
俺は放課後が苦手だ。
こうやって、黒い思い出が増えていくから。
「…」
とりあえず探そう、とわたしは再度歩き出す。
だが…
「…見つからない」
壁に沿って歩いてみたが、それらしい物は見当たらなかった。
「おかしい」
”彼ら”が姿を消した時と言い、トイレが見つからない所と言い、さっきから何かがおかしい。
何がわたしの周りで起きているのだろうか。
「て言うか、こんな所に壁なんかあったっけ?」
わたしは思わず壁を見上げる。
物心付く前からこのショッピングモールに通っているが、そもそもこの辺りに壁なんてあっただろうか。
何か妙な事が起きている、わたしはそう思った。
…と、後ろから声が聞こえた。
「不見崎さん!」
振り向くと、白い帽子を被った坂辺さんがいた。
部屋に戻ってゆっくりしていると、幼馴染予約してくれた航空券のデータがLINEで送られて来る
彼女にも送られた航空券のデータを見せる
「成田行きだね。私のは羽田行きなのに…私、関東はほとんど行ったことないから分からないんだけど、成田と羽田って遠いの?」と返ってきた
そこから、関東トークが始まる
「俺は九州行ったことねぇから細けえことは分かんねえけど、強いて言うんなら羽田が北九州、成田は福岡空港みたいな感じかなぁ…まあ空港と市街地の距離は福岡が異常に近いんだけどね」と答える
「東京と成田空港ってどのくらい離れてるの?」「分かりやすく言えば下関〜博多と同じくらい」そう答えると「えっ?思ったより遠い」と言って絶句している
「そりゃ利根川のすぐ近くだからね」と言って苦笑いを浮かべる
「利根川って遠いの?」と返ってきた
「江戸時代までは近かったよ。でも、東北からの東周り航路だと今の千葉県にある銚子という町の沖からは黒潮に逆らって船を漕がないといけない関係で危なくなるので、銚子から江戸まで安全に船を進められるように付け替えたからめちゃくちゃ遠くなったんだ。九州で例えると小倉から唐津くらいの距離になってるんだ」と言うと「多摩川は?貴方の地元から近いの?」という質問になり、話題が変わる
「俺の地元からは少し離れてるけど、池袋以外のターミナルからは基本電車一本で多摩川に行けるし、羽田空港はその河口の埋め立て地にあるんだ。それに、君が好きな土方歳三の故郷を流れる浅川は新田義貞の古戦場がある関戸の辺りで多摩川にぶつかるんだ。」「私にとっては夢みたいな川だなぁ」「江戸時代に多摩川から水を引くために作られた水路のおかげで武蔵野が潤い、明治の頃に浄水場ができて、その跡地が故郷のランドマークになったんだ。それに、割合こそ減ったものの多摩川は今でも都民の喉を潤す水道水に活用されているから東京で生まれ育った俺にとってみれば自分のルーツの一つを形作る大切な川さ。まさか、関門海峡や不破関、丹那や箱根の山、馬入川と並んで俺達を隔てていた物の象徴の多摩川が俺達を繫ぐ象徴になるとはなぁ…」そう言って物思いに耽っていると、彼女が不安そうに訊いてくる
「私達は離れててもずっと一緒だよね?」という質問には即答で「勿論、ずっと一緒さ。君に嫌われない限り、ね。」返す
ブリテンの都の夜はこれから更ける
橘が企んでいると仮定すると、おそらく青路の違和感はその影響…ならば、あの陰キャは被害者か
『青路と体を入れ替えられた』
“まだ仮説の段階だがカマをかけるには十分か…”
小橋はスマホの黒い画面に映ったその悪魔的な笑みにも気づかないほどに夢中だった。
「なぁ青路、お前は今何を企んでいる?」
まずはゆっくり、“青路”があの陰キャだと断定する。
入れ替わったとすればどう考えてもあの日しかない。
あの日のことを聞き出せれば…
「企む?何を?もしかして闇子ちゃんのこと?」
とぼけやがって、このタイミングでそれ以外に企むことなんて…ない…はず…
ん…?待てよ…何で“青路”がとぼけるんだ…?
自分の考えの根底に揺るぎが生じているのが音を立てているようにわかった。
今、俺の行動はどこまで“青路”の…
ダメだ…
今まで見えていたものが…何も信じられなくなる…
「大方、俺が闇子ちゃんに何をしたのか、そしてそれが何の目的なのか知りたいんだろうけど」
次に続いたLINEはそこで区切りられている。
スマホを握る手にじっとりと汗が滲む。
「そもそもあの罰告まで俺は彼女を知らない」
結局待っていたような答えは来ない。
手に溜まった汗が解放され、急激に手が冷えた。
座っていた椅子で手を拭いてすぐに返信を打ち始める。
「いや、ならなぜお前はあんなに…」
そこまで打ち込んだタイミングで“青路”の返信が続いた。
「と言っても納得しないんだろ?」
…?
完全に踊らされているとわかったが、もう後には引き返せないほどこの状況にハマっていた。
「知りたいなら、少し手伝ってくれ」
そのLINEを返すのにもう迷いはなかった。
「わかった…何をすればいい?」
「喪黒闇子を完全に排除したいんだ」
納得と矛盾と、少しの信頼が俺の抱えた復讐心をかつてなく燃え上がらせていた。
to be continued…