スマートフォンの画面と夜空を代わる代わる見る。
時刻は19時38分。
時間の進みがとてつもなく遅く感じられる。
「あーあ、どうしよう...。」
綺麗な夜空、画面に反射する街灯。
闇から浮かび上がる様に、独り。
黒い自転車と所在なさげに立っている。
「このまま帰ったら50分には着くな...。」
ゆっくり、ゆっくりと自転車を押して歩く。
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて歩いて、
鼻歌も歌う気が失せた頃。
「...!」
途中の公園に自転車を停め、ぶらんこに飛び乗る。
何時振りだろう。
懐かしい感覚が蘇る。
たった一つの違いは、
頭上にあるのは三日月、という事だ。
ふと、涙が溢れそうになって。
スマートフォンの画面に目を落とした。
時刻は19時50分。
時間の進みがとてつもなく早い。
神様がきっと。
ちょっと上等な魔法をかけてくれたに違いない。
「…」
黎がわたしの事を気にする事もあるんだな、わたしが心の中でそう呟きながらふと上を見上げる。
路地裏は中途半端な高さの建物が所狭しと並んでおり、その上には秋空が広がっている。
しかしわたしはある事に気付いた。
「?」
わたし達が通り過ぎた方を見ると、4階建ての建物の屋上に人影が見える。
よく目を凝らすと、それはさっき出会った穂積のようにも見えてきた。
「…え」
わたしが思わずそう呟いた時、うっふふふふふふと聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。
皆がハッとして辺りを見回すと、さっきまで誰もいなかった進行方向にツインテールで白ワンピースの赤黒く光る目を持った少女が立っていた。
「ご機嫌よう、皆さん」
先週ぶりね、と少女は笑う。
「ヴァンピレス‼」
アンタ、今度は何の用だ‼とネロがどこからともなく黒い大鎌を出しながら怒鳴る。
女性は叶絵と典礼に曖昧に微笑むと、懐からガラスペンを取り出す。蛾のエベルソルは耳をつんざくような奇声をあげてその無数の足を動かし、こちらにすごい勢いで迫ってきた。
「ひっ…」
後ずさる叶絵の腕を引いて、典礼が場を離れる。女性は幾何学模様を書きあげた。
「んと…和湯、くん?」
「典礼でいい。立って」
蛾は女性の書いた幾何学模様の盾に突っ込み、煩わしそうに暴れて、10秒と経たない内に盾を壊してしまった。女性は典礼たちのもとに駆け寄る。そのまま三人で逃げ出す。
「やっぱりだめ…昔はできたのに」
「え、あの」
混乱する叶絵が困った顔で女性を見つめると、彼女は寂し気に微笑んだ。
「私、リプリゼントルの才能が消えかけてるの。昔は典礼よりも強かったのに」
「ちょっと!余計なこと言うなよ!」
「だってあんた燃費悪いじゃない!すぐ疲れるし、一日に何回も変身できないでしょ」
両脇で姉弟喧嘩が始まってしまい、気まずくなって叶絵は俯いた。
「あ、そうだ!あなた、私のお古で良ければ使ってみない?」
「…えっ!?わた、私ですか!?」
「そう!得意なことはある?」
「得意なこと…」
叶絵の得意なこと。
「…絵、を描くこと…」
女性は満足気に笑った。
はつこい、と呼ぶには遅すぎて
あいしてる、と伝えるには曖昧すぎて
とおいとおい君を想う
どこかで笑っていてくれれば
どこかでまたすれ違えたら
その時は、そのときはきっとまた。
もう、君が陰で泣かなくていいように
もう、君が造花を愛でなくていいように
ひとつになれなかった未来を
どうしようもないこの世界を
少し、すこしだけ恨んでまた。
歩いた先に君たちの未来がありますように。
祈るのは勝手で自由なのです。
ロキは大ホールを挟んだ反対側の戦場に駆け出し、タマモは一歩前に踏み出した。
「ヘイ、エベ公! こっから先はちょいと俺一人で相手させてもらおうか。防げるモンなら防いでみろや俺の弾幕!」
光弾の密度を上げ、一人エベルソルに対抗する。しかしタマモの弾幕は直接的な軌道であり、ロキのように多角的に群れを抑え込むことはできず、少しずつ範囲外からホールに近付く個体が出る。
「あ、オイ待てい! なんで無視した⁉ (F Word)! 5秒後を覚悟しろォ!」
一度、ホールに向かったエベルソルからは目を離し、前方の群れに集中する。
「畜生が、テメエら5秒で全滅しろッ!」
タマモの弾幕が一瞬、『減速』する。リズミカルに射出される光弾に対応していたエベルソルらの防御行動は空を切り、光弾ががら空きの急所を的確に貫通し、次々と撃破していく。
態勢の崩れた群れに、駄目押しに急加速させた光弾を更に叩き込み、宣言通り僅か5秒ほどで群れを全滅させた。その残骸の向こう約数十m、新たなエベルソルの大群が近付いてきているのが見えたが、そちらは放置して足下のカセットプレイヤー片手に、ホールに向かって行ったエベルソルに駆け寄る。
「ヘイ! 文明冒涜エベ野郎共! 何故俺を無視しやがった!」
エベルソル達はタマモの声を無視して僅かに音漏れする大ホールに向かっている。
「こンの分からず屋共が……! 絵具か音符の塊だけがテメエらにとっての『芸術』か……?」
足をさらに速め、1体のエベルソルに接近する。
「ちげェだろうがァ!」
そのままカセットプレイヤーを振り抜いて殴りつけ、その頭部を地面に沈めた。しかしエベルソルもすぐにタマモを睨み返す。
「よーやくこっち向いたな生ゴミ……」
再びカセットプレイヤーを振り上げ、重力加速度も乗せてエベルソルに叩きつける。
「良いか、無知無教養のエベルソル共! 『芸術』とは! 人間が生み出した、感情を震わせる全てだ! 語彙・論理・リズム・環境・あるもの全部使って、人心を動かす『扇動』は!」
まくし立てながら、ガラスペンで直径10㎝近くの大型光弾を複数描き。
「十分『芸術』だろうがアッ!」
超高速でエベルソルに叩き込む。防御のしようも無く全身あらゆる部位を撃ち抜かれ、エベルソルは一度痙攣してから動かなくなった。
この世は全ての人達により支えられている
今日も生きてこれました
あなたのお蔭です。有り難うございます
お疲れ様でした
嘘をついたのは初めてだった。
と言ってもそれを嘘と呼んだのは後になってのことだが、紛れもなくあれは僕の初めての嘘だ。
「そうだよ、嫌われ者だもん」
小学生になり空気を読むことを覚えろと親に言われた頃だった。何も知らない私は小学生とはそういうものだと信じていた。みんなそうしていて汚い笑い方も気に触る発言も全て空気なのだと、私はそう信じてしまった。
「お前、もう女子にフラれたんだってね」
「え、そうなの?ってかもう告るとか頭おかしいでしょ」
「えー、その子可哀想〜」
根も葉もない話だった。確かに同じマンションの女子と一緒に帰ることはあったが、あくまでも低学年ならではの集団下校でしかない。しかし大して友達のいない僕がどんなに否定しても誰も信じてはくれなかった。それどころか否定する毎に話は大きくなり、時間とともに噂は形を変えていった。
「フラれても諦めてないらしいよ」
「ストーカーじゃん」
言った本人は覚えたての言葉を使いたかっただけなのかもしれない。でもその標的にされた身からすれば溜まったものじゃない。幼いながらにその女子と帰るのを気まずいと感じてしまう。
「なんで違うって言わないの?」
ある日の帰り道、その女子は迷惑そうに言った。その子がストーカーだなんだと言われることはないだろうがそもそもが根も葉もない話だ、身に覚えのない擁護や知ったか顔に何かと迷惑はかかっていただろう。
「言ってるよ」
空気を読んだつもりでなるべく軽く言った。その子は唯一真実を知っている子で、どんなことであっても嘘をつきたくはなかった。
「じゃあなんで話が大きくなるの?」
その子が僕をを疑っていたのだと察した。その時は傷ついたが、今思えばあの場で言ってないと一言嘘を言うだけでよかっただろう。たったそれだけでその子は諦めてくれたはずだ。信じて疑われるより、諦めて責任を押し付けられる方がよっぽど楽だ。
to be continued..
今日は何があったの
そう、そんなことがあったの
でもねあなたの苦しさはあなたにしか分からない
その苦しさがいつか必ずあなたを救うよ
必ずたどり着く場所があるから
そう言ってくれる人がいればどれほど良かったか