「ありがとうね……。さて、積もる話は色々あるけれど……まずはごめんね。長いこと君を1人にしてしまって。寂しくなかったかい?」
男の言葉に、ハルパは首を傾げた。全く理解できなかったためだ。彼女の左前腕に色濃く刻まれた紋様は、マスターたるその男との明確にして絶対的な繋がりの証であり、ハルパが寂しさを覚えたことなど1度として、また一瞬たりとも無かった。
男の奇妙な謝罪に、純粋な疑問と共にうずうずと湧き上がる言語化できない感情を抱いたハルパは、彼の首筋に噛みつき、鋭い牙を出血するほど深く突き立てた。
「いたたた……何だ、やっぱり寂しかったのかい。ごめんね。この街を離れられない事情があってさ……でも安心しておくれ、もうすぐ帰れると思うから。あと少しだけ辛抱してくれるかい?」
男の言葉にようやく口を放したハルパは、男が右手に握っていた突撃銃に目をやった。
「ん、これかい? ビーストは文明の利器に強い敵意を示すみたいでね……銃や爆弾で攻撃すると、ダメージは与えられないまでも意識は向けられるんだよ」
黒槍のドームが大きく震えた。外からビーストに攻撃されているのだ。
「む、来たね。それじゃあハルパ、久々に君の戦い、見せてもらおうかな」
男の言葉に顔を輝かせ、ハルパは何度も頷いて跳ぶように立ち上がった。ドームを解除すると、ビーストが3つの頭部で覗き込んでいる。
「……〈ガエ=ブルガ〉」
ハルパの口から、掠れた声が漏れる。黒槍を長さ1m強のジャベリンに再形成し、石突を蹴り飛ばした。
彼女の『射出』した槍は、至近距離にいたビーストの右前脚に突き刺さる。
「よし、勝った。逃げよう、ハルパ」
「ぇあ」
ハルパは男を肩に担ぎ、身体強化を利用した高い脚力でその場を離脱した。
固く抱き合っていた腕を放して立ち上がったササとサヤを、1人の女性が見下ろす。和風の装束に身を包んだ長身の彼女には左腕が無く、残った右手には彼女の背丈よりいくらか短い程度の短槍を持っている。
「ヒロさん!」
「ヒロさん!」
「ヒロさんありがと!」
「ありがとヒロさん!」
ササとサヤに交互に言われ、ヒロと呼ばれた女性は苦笑した。
「発音としては『フィロ』、なんだがねぇ……まあ良いや。状況はどうだい?」
ヒロ、もといフィロに尋ねられ、2人は顔を見合わせてから揃ってサムズアップを示してみせた。
「パンチ1発いれた!」
自慢げに言うササの頭を撫でてから、フィロは短槍を肩に担いだ。
「そいつは立派だ。せっかくちびっ子たちが頑張ってくれているわけだし、私も張り切ってこようかねぇ」
短距離転移によって、フィロはビーストの後方約10m地点にまで移動した。
ビーストもすぐに気付き、戦闘態勢の構えを取る。
「やぁ、化け物。相見互いに左腕欠損。尾と槍でジャンルこそ違えど、奇しくも得物も長物どうしでお揃いだ。ミラーマッチと行こうじゃないか」
ビーストが超高速で突進し、右の拳を心臓部目掛けて突き出した。
ギィ、と錆びた蝶番の音が響き、看板が開いた。
押し戸になっていた様だ。
「よし、いくよ」
「はい...」
中は小綺麗なレンガ作りの階段になっていた。
「わぁ...!」
階段を降りると、そこは様々な水晶やローブの並ぶ、色鮮やかな世界だった。
「エル!居るかい?」
リンネの呼びかけに応じる様にローブの掛かっているラックが揺れ、小柄な老人が出てきた。
「ホントなんなんだよアイツ…」
日が暮れそうで暮れない時間帯、とある大学の校舎の廊下を黒髪にゴスファッションのコドモ…ナツィがぶつぶつ呟きながら歩いている。
レンガ造りの校舎の、いわゆる“研究室”が並ぶ薄暗い廊下にはナツィ以外に人気がほとんどなかった。
「俺があの人のことを心配してるみたいなこと言いやがって」
別にどーでもいいっつーの、とナツィは口を尖らせる。
そしてナツィはある部屋の前で足を止め、扉に手をかけようとした。
「…?」
何かを察したのか、ナツィはぴたと動きを止める。
閉まっている扉の向こうからは何か物音とかすかな話し声が聞こえてきた。
「人間…じゃない」
何やら部屋の中を調べているような物音に、ナツィは思わず呟く。
すると不意に室内の音は止んだ。
ナツィは暫くの間、ここからどうするか考え込んだ。
室内から魔力の気配がする辺り、中にいるのはただの人間ではないようだ。
ナツィの保護者のような魔術師ということも考えたが、ナツィの言葉に反応して動きを止める辺り見知った者ではないのかもしれない。
「おいビースト来てんぞ。どうする?」
「どうするって言われても、私がこの状態じゃ応戦は無理だし……」
「じゃあ駄目じゃねーか」
「私のプランじゃあんたが増援呼んでくれるはずだったのー」
「それはごめん……」
「あ、そういえば、けーちゃんの家、かなり喰われたよ。守れなくてごめん」
「初撃で既にぶっ壊されてたから問題ない」
「さて……どうしよっかなー」
さっき吹き飛んだ右手を見る。まだ4分の1も再生していない。
「けーちゃん、私重い? 物理的に」
「いや、半分くらいになってるから結構軽い」
「それは良かった。じゃ、私のこと抱えてしばらく逃げ回ってくれる?」
「了解」
彼は私のことを小脇に抱えて駆け出した。直後、さっきまで私たちがいた場所にビーストの踏み付けが突き刺さる。
そんなことより、今は回復に努めよう。あんまり重くなってもケーパの逃げる邪魔になるから、足や頭、お腹の傷は放置して、右手の治癒だけに集中する。今欲しいのはここだけだから。
「……あ、やべっ」
突然ケーパが私を放り投げた。
「むぐっ……どしたの、けーちゃ……」
あいつはすぐに私を抱え直して、逃走を再開する。
「あっぶな……踏み潰されるところだった」
「大変だったじゃん。怪我とかしてない?」
「してない。ギリセーフ」
「それは良かった」
右手の治癒は掌全体の再生にまで至った。これだけあれば、大丈夫かな。
どうも、テトモンよ永遠に!です。
企画の開催期間が早くも後半戦にた辿り着いたので、企画要項の再掲です。
「今企画に気付いた! 参加したい!」って人は今からでも大歓迎です。
では以下企画要項。
タイトルは「Flowering Dolly」。
異界からやってくる怪物“ビースト”に対抗する少女の姿をした存在“ドーリィ”とドーリィと契約した人間“マスター”たちの果てしない戦いを描く企画です。
ルールは公序良俗とこの後投稿する世界観・設定を守った上でタグ「Flowering Dolly」(スペルミス注意)を付けていれば何でもOK!
開催期間は8月30日(金)まで(遅刻投稿も大歓迎)。
投稿形式・分量・回数は問いません。
今度こそぼくにとって最後の本格企画になりそうなので、よかったらご参加ください!
…ところでなんだけど、「今回で企画を最後にする」って言っておきながらまた新しい企画にできそうなアイデアが降ってきたんだよね。
ただまだ設定が固まり切っていないし難しいことになりそうなので本当にやるかどうかは未定。
まぁやるとしたら年明けになるでしょうけど。