「マスター、行ってきます」
エプロンを外しながらアガパンサスは喫茶店の主人に言う。主人は行ってらっしゃいと優しく答える。
「…リコリス」
麗暖がそう言うと、リコリスは分かってるわと頷いて青緑色の髪の少女に向き直る。
「貴女、戦わないのなら逃げた方がよろしくてよ」
戦えなくても貴重なドーリィを失うのはあまりに惜しいわ、とリコリスは続ける。青緑色の髪の少女は少しの沈黙ののち分かったと答えた。
「それじゃ、避難しようか」
少年と青緑色の髪の少女は目の前の少年に言うと、あ、はいと彼は答えた。
そしてドーリィとマスターたち、そして少年と青緑色の髪の少女は喫茶店の出入り口へと向かった。
“喫茶BOUQUET”から数百メートルの、街の中心部にて。
5階建ての建物ぐらいの大きさの大型爬虫類のような姿をしたビーストが、街中を逃げ惑う人々をのっそのっそと追いかけている。そんな中、警察や対ビースト対策課の職員が人々の避難誘導に当たっていた。
「避難所はあちらでーす」
落ち着いてくださーいと対ビースト対策課の職員は人々を誘導していたが、不意にビーストの雄叫びが彼ら彼女らの耳に届いた。
彼らがビーストの方を見ると、ビーストが突然人々に向かって走り出していた。
「ひっ!」
避難誘導をしていた人々も声にならない悲鳴を上げ、慌てて走り出す。しかしビーストはその巨体故に歩幅が大きくあっという間に人々に追いつこうとした。
しかし不意にビーストの目の前に巨大な光の壁が出現し、ビーストはそれに弾かれた。
「⁈」
人々が驚いて振り向くと、そこには青髪をハーフアップにした少女が大きな盾を地面に突き立てていた。人々は呆然と立ち尽くすが、そこへ白髪の少女が逃げてください!と駆け寄る。その言葉で我に帰った人々は、慌てて避難所に向けて走り出した。
「アガパンサス!」
白い髪の少女ことゼフィランサスは青髪の少女ことアガパンサスに声をかける。アガパンサスがゼフィランサスと振り向いた。
「私が足止めしている内にあなたとリコリスであいつを倒して」
「わ、分かった」
ゼフィランサスはそう答えるとビーストに向かって走り出す。光壁に弾かれ地面に倒れていたビーストは既に立ち上がっており、アガパンサスの光壁に向かって再度体当たりする。
歪みの中から現れたのは、ピンク色のテディベアの頭部。数十倍の大きさに膨張し、鋭い牙の並んだ口が大きく開かれている。
ソレがこの奇襲的攻撃に対応できたのは、殆ど奇跡といって良かった。
テディベアの顎が高速で噛み合わされる直前、そのビーストは反射的に身体を丸め、尾で地面を打つことで僅かに加速する。結果として尾の先端を僅かに噛み切られたものの、その全身は口腔内にすっぽりと収まった。
「よし、成功!」
テディベア越しに、くぐもって少女の声が聞こえてくる。ビーストの『捕食』に成功したと確信しているらしい。口内で姿勢を整え、テディベアの舌を足場に強く踏み切り、口蓋を蹴り破る。
「⁉」
生物的な体組織が突き破られる感覚とは異なる、綿と布地を突き破る感触と共に、ビーストの身体はテディベアの外に解放される。その瞬間、ビーストの頭部をフィロの短槍が貫いた。
「完璧な誘導だったよ、サヤちゃん。ササちゃんもよくヤツをこっちに引きずり込んでくれた」
「うん。クマ座さんはやられちゃったけど……」
ササは頭部の弾け飛んだテディベアの手足を、小さな手でぴこぴこと弄り回す。
「……よし、ギリギリ使える」
「オーケイ。そォら!」
フィロが槍を引き抜き、支えを失って倒れ始めたビーストの身体に、“クマ座さん”の両手の爪が迫り、無抵抗の肉体を細切れに引き裂いた。
「しょーりっ」
「よくやった」
空間歪曲を通って、サヤも2人のドーリィに合流する。
「サヤ! 勝ったよ」
「ほんとぉ? やったぁ」
「ん、これで全員集合かい。じゃ、治すからね」
フィロはそう言い、魔法の仕込みで細切れにしていた左腕を瞬時に再生させた。
「さて……それじゃ、もう終わらせよっか」
“フィスタロッサム”を軽く持ち上げ、音楽を1回止める。
「2曲目行くよー! 〈S21g〉!」
続いてこの管楽器から放たれますは、荒々しいドラムセットのリズム。
「それ、打楽器も行けんのかよ。万能じゃん」
「そうだねぇ」
そこから始まるハード・ロックが、捻じれた家屋群に到達するのと同時に、それらに深い亀裂が走り破裂するように崩壊していく。
「そして当然お前も……『破砕』する!」
ヤツの全身に罅が入り、主旋律が一層激しくなったのに合わせて吹き飛んだ。その破片もまた、1拍ごとに細かく砕け続け、最後には塵とすら呼べないほどの微粒子にまで細分しきってしまった。
「討伐完了っ!」
「……いやすげえな。マジであっという間じゃん」
「へへん、凄かろう。褒めてくれても良いんだよぉ?」
わざとらしく胸を張ると、彼は私の頭をぐしぐしと撫でてくれた。
「手つきが乱暴ぉー。DEXクソ雑魚めー」
「悪かったな……ところでお前の魔法」
「ん?」
頭を撫でていたあいつの手が、髪の表面を滑って持ち上げ、私の眼前に持ってくる。彼の手の中にあったのは、ツインテールにまとめられた、私の「鮮やかな緑色のロングヘア」。
「……何これ? アリーちゃんブロンドなんだけど? 長さもこの3分の1が標準だし」
「魔法で変わったんじゃねーの? ついでに服も」
その言葉に視線を下に移すと、着ているものが普段の簡単な衣装とは全く違う、ごてごてしたパンクなファッションに変わっていた。
「え、何これ⁉ やだ見ないで恥ずい!」
「いや恥ずかしいこと無くねーか? 似合ってるし」
「いやだってぇ……いつもと違う格好ってちょっと恥ずかしいじゃん……取り敢えず元の格好にもーどれっ」
魔法で髪と服を普段通りに戻し、あいつに背中を向ける。
「ほら、行こ? 帰ってご飯にしようよ」
「帰る家も台所も食材も残らず食われたけどな。さーて、これからどう生活すっかなー……SSABに相談したら何とかなっかなー」
「ところで、君は何してるの?避難所も近いのに。」
次は私が質問される番だった。
「お父さんとお母さんが居るから。」
「どこに?」
「そこ。」
私は、2人の寝ているベッドを指した。
「あぁ...」
その魔術師?の子供は何かを察した様な顔になった。
「ねぇ、何であなたみたいな小さい子が出歩いてるの?」
「ちいさ...っ?!」
一瞬顔を引き攣らせ、子供ではないと訂正した。
「もう、軽く30は超えてるよ。」
「ふうん...じゃあお姉さん、何でここにいるの?」
「もうそろそろ別の土地に行こうかな、と思って。」
確かに、お姉さんは小さな肩掛け鞄をもっていた。
「でも辞めた!もう少しここに居ることにする。」
「何で?」
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皆様こんばんは、宿題に追われるやたろうです。
しばらく投稿が止まっていてすみません。
「魔術師月間」にあるまじき愚行ですね。
リンネ達も本当にごめんな。
言い訳をさせて頂きますと、ただただサボっていた訳ではなく、体調を崩して(夏風邪だったぽい)、田舎から帰って、その他にもバタバタ(?)しておりました。本当にすみません。
今週(あと1日だけど)から投稿再会します。
これからもどうぞよろしくお願いします。
追伸
宿題が終わらず追われている同志諸君!
絶対一緒に乗り切ろうな!
夜、日が暮れた後。
小さな喫茶店の2階の物置で、エプロン姿のコドモ…かすみがせっせと箒で掃き掃除をしている。
その傍では相変わらず金髪にツノの生えたコドモ、キヲンが椅子に座って白いウサギのぬいぐるみを抱えていた。
「…ナツィ、うさちゃん迎えにこないね」
不意にキヲンが呟いたので、かすみは掃除の手を止め顔を上げる。
「昼間に飛び出していっちゃった時に置いてっちゃってたけど、お迎えに来ないのは変だよね」
ね?とキヲンが尋ねると、かすみは確かにと頷く。
「普段だったら回収しにくるのに…」
なんでだろ、とかすみは首を傾げる。
「なんでだろうねぇ」
キヲンはぬいぐるみに目を落とした。
「今日のボクは寧依が迎えに来るのが遅いからいいけど、そうじゃなかったらうさちゃんはかすみの家で寂し…」
キヲンがそう言いかけた時、ガチャと物置の扉が開いた。
「?」
2人が扉の方を見ると、そこには喫茶店の主人である老人が立っていた。
「かすみ、ちょっといいかね」
主人が急に尋ねるので、かすみはあ、はいと答える。
「そんなドーリィなのに戦わないなんて恥ずかしいわ!」
ねぇ、アガパンサス?とリコリスはカウンターの方で彼女たちの様子を見ていた青髪の少女に目を向ける。アガパンサスと呼ばれた少女は慌ててそうねと答えた。
「確かに、私たちドーリィは戦うために作られたから、戦って当然…」
アガパンサスが言い終える前に、リコリスはでしょう!と手を叩く。
「アテクシたちにとって戦いは義務も同然」
それなのに戦わない貴女は…とリコリスが言いかけた所で、でもとアガパンサスが遮る。
「世の中に色んな人間がいるように、ドーリィの中にもそういう子がいたっていいと思う」
…へ、とリコリスはポカンとする。
「今まで色々な人間と出会ってきたけど、ビーストとの戦いに消極的な人も結構いるし…」
アガパンサスが苦笑いしながら言うと、リコリスはそうだけれど!と言い返す。
「アテクシたちにとっては戦いは宿命なの!」
それから逃れることはできないわ、とリコリスは拳を握りしめる。
「だからアテクシは…」
「んじゃしつもーん」
リコリスが言いかけた所で、ゼフィランサスの座っていた椅子の反対側の席に座っている若いポニーテールの女が手を挙げる。リコリスはなんですの雪(ゆき)?と彼女に目を向ける。
「ドーリィにとって戦いが宿命なら、その宿命は誰から与えられたものなの⁇」
君たちを作った人って奴?と雪は首を傾げる。リコリスは…そうですわと返す。
「アテクシたちドーリィを生み出した、太古の人々よ」
異界から差し向けられるビーストから人類を守るために、彼らはアテクシたちを作ったのとリコリスは腕を組む。
「でもその時代の人たちは今どこにも残ってないじゃん」
それならその宿命を多少無視してもいいんじゃないの?と雪は笑う。
「いつまでもいなくなった人に囚われる訳にはいかないし」
その言葉に青緑色の髪の少女は複雑な面持ちをする。一方リコリスはそれでも!と続ける。
「アテクシたちは与えられた使命を全うすべ…」
リコリスがそう言いかけた時、不意に喫茶店内にいる大人たちのスマホが鳴り始めた。各々がスマホの画面を確認すると、近くにビーストが出現したとの情報が入っていた。
「ゼフィランサス」
雪はスマホから顔を上げて目の前のドーリィに声をかける。ゼフィランサスは了解です、マスターと答える。
「さっきの子たちは…」
「知るかよ」
老人が尋ねようとすると、ナツィはぶっきらぼうにそれを遮った。
ナツィは続ける。
「…多分、“お前”を狙ってここに忍び込んだ例の人工精霊なんだろ」
明らかに魔力の気配がしたし、とナツィは言う。
「ここには俺だけだったからよかったけど…」
“お前”がいたらどうなっていたか…とナツィが言いながら振り向くと、老人は悲しそうな顔をしていた。
「…なんだよ」
何か文句でもとナツィが聞こうとした時、老人はナツィに近付いてその頭に手を伸ばした。
「っ⁈」
ナツィは思わずそれを手で弾く。
老人は驚いたように手を引っ込めた。
「な、なんだよ!」
撫でんなってとナツィは声を上げる。
「俺は“お前”が思うほどコドモじゃないんだし」
そういうこと…とナツィはそっぽを向きながら呟きかける。
しかし途中で言葉が出なくなり、顔が赤くなってきた。
老人はその様子を見て少し笑った。
「と、とにかく、俺はさっきの奴らを追うから!」
“お前”はここで待ってろ!とナツィは吐き捨てると部屋から飛び出していった。
老人はその背を静かに見ていた。