「…」
青緑色の髪の少女は地面に着地すると、静かに後ろを振り向く。呆然と少女の戦いを見ていたドーリィたちはハッと我に返った。
「貴女…」
リコリスはそう言いかけるが、青緑色の髪の少女は前を向いて歩き出す。リコリスはあ、ちょっと⁈と彼女を追いかけ始めた。ゼフィランサスとアガパンサスもリコリスに続く。
「どこへ行くんですの⁈」
「どこって少年たちが避難している所だよ」
「それは分かっていますけれど…」
貴女、どうして急に戦う気になったんですの?とリコリスが尋ねると、青緑色の髪の少女はぴたと足を止める。
「やっぱり、アテクシたちを…」
「別に、君たちを助けたいからとかじゃないよ」
リコリスが言い終える前に青緑色の髪の少女は返す。
「僕はまた戦う理由ができた、それだけさ」
少女がそう言っていると、あ!と聞き覚えのある声が聞こえた。
ドーリィたちが見ると裏通りから避難所に逃げていた少年の姿が見えた。その傍にはドーリィ・マスターたちもいる。
「さて、マスターたちの所に戻ろうかね」
青緑色の髪の少女はそう呟くと、少年たちの方へ歩き出す。リコリスたちはその様子を後ろから黙って見ていたが、不意にリコリスはねぇ!と呼び止める。
「貴女、そう言えば名前を聞いてなかったけれど」
名前は?とリコリスは青緑色の髪の少女に尋ねる。少女は振り向かずに答える。
「…ストロンギロドン」
それが僕の名前さ、と少女はまた歩き出す。
リコリスたちはその様子を静かに見送った。
〈おわり〉
次の日、朝早くいつもの釣り場に行ってみると、昨日の少女が既に釣りを始めていた。何となくその場から離れようとすると、突然こっちに振り向いてきた。
「あっお兄さん。んへひひ、おはようございます」
「………………」
1歩後退る。少女が立ち上がった。もう1歩後退る。こちらににじり寄って来た。後ろを向いて走り出す。一瞬で追いつかれて背中に貼り付かれた。
「だああ離れろ! 昨日から何なんだよお前はぁっ!」
「うひひひひ……」
「だっかぁらあっ! 笑って誤魔化してんじゃあねえ!」
体感数分の格闘の末、ようやく少女を少し引き剥がしたのとほぼ同時に、遠くでウミヘビが顔を出した。思わずそちらに視線が向く。
「あれ……今日はいつもより近くに出てきましたね?」
「あ? そうか?」
「そうですよぉ……いつもより3倍近いです。今、大体ここから100mくらいの距離ですかね?」
「そういや何かデカいとは思ったけど……」
「まあ……こっちには来ないでしょうし。それよりお兄さん、今日は釣りしないんですか?」
「いやビーストが近くにいてできるわけ無いだろ。あと離れろ」
ウミヘビに気を取られた隙に再び身体をすり寄せてきた少女の頭を掴んで引き剥がそうとする。何故か奴はすごい力で引っ付き続けていた。
「んへへ、こわいのでもう少しくっつかせてください」
「駄目に決まってんだろ離れろ」
「こんな美少女に抱き着かれてるのに、何が嫌なんですか?」
「もう3倍血色良くなってから出直せ阿呆」
「体型はこのくらいが好み……と」
「馬鹿なの?」
再び引き剥がそうとしていると、上空を何かが物凄いスピードで通り過ぎて行った。
「うおっ」
「おやいつものドーリィちゃん。朝早くから大変ですねぇ」
「あれが来たなら、もう大丈夫か」
「少なくとも陸地は安心安全でしょうねぇ」
「なら離れろ」
「腰が抜けててむりそうでーす」
「ナメてんじゃねえぞ」
「自分たちも、付いていっていい⁇」
その言葉に2人は振り向く。
「え、付いてくって…」
「あ、いや、そのまんまの意味…」
露夏はポカンとして、かすみは思わず自分が言ったことに慌てる。
しかしピスケスはその様子を見てふふと笑った。
「…いいわよ、付いてきても」
「えっ」
思わぬ返答にかすみはつい驚く。
「い、いいの?」
思わず聞き返すかすみに対し、ピスケスはええと答える。
「だって、アイツのことが心配なんでしょう?」
ピスケスに言われて、かすみはうんと頷く。
「それに、アイツのぬいぐるみを返せていないもんね」
ピスケスがウサギのぬいぐるみを抱えたキヲンに目をやると、キヲンも頷いた。
「じゃあ行くしかないんじゃない?」
ピスケスはそう言って2人に背を向け、露夏に行くわよと言って歩き出す。
それに露夏が続き、かすみとキヲンもそのあとに続いた。
翌朝、青葉が目覚めて居間にやって来ると、長女と平坂が話し合っていた。
「あれ、潜龍さん。あ、姉さまおはようございます」
「あらおはよう青葉ちゃん」
姉に頭を下げ、青葉は平坂に近付いて行った。
「やっぱり頼るんですね」
「ああ、人手は多かった方が良い」
「正しい判断だと思いますよ」
親しげに話す二人に、青葉の姉は首を傾げた。
「青葉ちゃん、いつの間に仲良くなったの?」
「まあ、少し縁がありまして。姉さま、頑張ってくださいね」
「ええ」
青葉は居間を後にして、母屋から出た。
(ねえ、ワタシの可愛い青葉?)
「……なに、カオル?」
青葉に憑依した愛刀の半身が、脳内に直接響く声をかける。
(『力』、欲しくない?)
「……力?」
(そう。今この街に現れている何かに立ち向かうための力)
「……”潜龍神社”が動いてて、姉さまも出るのに、無力な私なんかいらないでしょ」
(ねえ、ワタシの可愛い青葉? ワタシは『欲しいか』って訊いたんだよ。『必要か』じゃなく、ね)
どこへ行くでも無く庭を歩いていた青葉は、カオルの言葉に足を止めた。
(客観的な要不要じゃなく、ワタシの可愛い青葉の素直で正直な願望を聞きたいな)
「…………どうすれば手に入るの?」
(そう来なくっちゃ。この家には大きな土蔵があったよね? そこに行って)
・ヴィスクム
モチーフ:Viscum album(ヤドリギ)
身長:139㎝ 紋様の位置:左の掌 紋様の意匠:絡み合う蔦草の輪
紅白のもこもことした防寒衣装に身を包んだ、深緑色のショートヘアのドーリィ。
得意とする魔法は、対象と自身の肉体のスワップ。紋様の浮かぶ左手で触れた相手の肉体の一部を、自身の同じ部位と入れ替えるというもの。他人の身体の一部を借りた状態でその部位に触れれば発動する。
①魔法発動のトリガー(左掌の接触)②魔法発動の意思(ヴィスの脳で決定)③スワップ対象範囲の選択(ヴィスの脳で決定)の3要素が魔法行使に必要なのでたいへん厄介。
固有武器は全長1.2m程度の全く同じ形状の直剣7振り。7本全部合わせて1つの武器。
戦闘時に動かしやすいように、マスターのキリの成長に合わせて身長を変えている。なお契約してからの約6年、彼女の成長量は合計1㎜にも満たない模様。
キリに身体強化を施した自身の腕や脚をスワップすることで彼女も戦えるようにしたり、キリの負傷部位を自身の無傷のパーツと入れ替えつつ自身が受け持った負傷部位は回復魔法で治癒するなど、マスターのサポートに魔法を使う傾向にある。ちなみに最強なのは右腕だけをスワップした状態。手を叩く度にスワップの魔法で全身をスワップし、位置の入れ替えを行いながら大量の剣で斬りかかるコンビ戦術が鉄板。
Q,なんでキリちゃんの肌の傷痕は治してあげないの?
A,「傷だらけのちょっとワイルドなキリちゃん素敵♡」だそうです。ふざけてるよね。
・キリ
年齢:16歳 性別:女 身長:139㎝
ヴィスクムのマスター。ヴィスクムのことは「ヴィス」「サンタクロース」「相棒」などと呼んでいる。生育不良の肢体と全身小麦色に日焼けした傷だらけの肌が特徴的な黒髪ショートヘアの少女。
元は片親の家庭だったが、幼い頃に、あるドーリィのマスターだった父親がビーストの被害に巻き込まれてドーリィ諸共死亡し、それ以来ビーストたちへの復讐のために生きてきた。ある時遭遇したビーストから致命傷を受け、死にかけていたところをヴィスクムにマスターにされる形で命を救われた。
自分の肉体に対する執着心が乏しく、負傷にあまり気を払わない。これはヴィスクムの魔法も悪いところある。
誰の目にも止まらぬような
静かに佇んだ言葉
秋の風が吹いて
名残の風鈴がちりん
そう遠くない未来に
別れというものがやってくるような気がして
告げなければいけないような気がして
きっとその日に
わたしはわたしで居られなくなるのでしょう
流されゆく世界の片隅で
私の言葉に目をとめた貴方も
この雨に乗せてどうかお忘れください
ただいま、おなかすいたって
帰るなり叫ぶ
すこやかなたましい
ヴィスクムはその場でクラウチングスタートの構えを取り、全身に身体強化の魔法を高威力で巡らせた。
(キリちゃんをあの有毒空間の中にあまり長い時間いさせるわけにはいかないからね。『一瞬』で、突き抜ける!)
超高速で射出されるように、ヴィスクムは毒霧の中に飛び込んだ。そしてキリとスワップした右手と自身の左手を打ち、勢いそのままにキリと全身をスワップする。
キリはちょうど両手の位置に生成されていた2本の剣を握り、ビーストの心臓部を狙う。
それを迎撃しようとした8本の首には、転移術によって出現したヴィスクムが対応する。半数の4本は剣の投擲によって地面に縫い留められ、残り4本は剣1本で捌かれ、そのうち1本は切断された。
「そのまま……突っ込め!」
完全に防御の空いた胴体に到達したキリは、速度の乗った1撃目で鱗の装甲を破壊し、勢いの減衰しないままの2撃目で肉を貫き、骨を打ち砕き、心臓を破壊しながらすれ違った。そのまま廃墟の壁に衝突しそうになるキリを、転移したヴィスクムが抱き留める。
「やったよキリちゃん。君が倒したんだ」
「うん……ヴィスもありがと。私だけじゃまず無理だった」
「そりゃキリちゃん、ただの発育不良の人間だし……。ほら、帰ろう? こんなに大きなビースト倒したんだから、きっと手当もたっぷり付くよ。美味しいもの食べてゆっくり休もうね」
「ん」
2人は並んで、SSABへの道を歩き出した。