「え、耀平、霞さんにヴァンピレスの事話してもいいの⁈」
彼は一般人なんじゃ…とわたしは耀平に近付くが、耀平は、は?と振り向いた。
「霞は…」
耀平がそう答えかけた時、見つけたわよ‼と聞き覚えのある声が飛んでくる。
わたし達が声のした方を振り向くと、10メートル程後方にヴァンピレスが立っていた。
それを見て耀平はなっ!と驚く。
ヴァンピレスはうふふふふと高笑いをした。
「ネクロマンサーはわらわの分身で足止めさせてもらったわ」
これで貴方達を…とヴァンピレスはこちらへ歩いていくが、不意に辺りがもやに包まれる。
「⁈」
突然の出来事に、わたしは困惑した。
「何、これ…」
わたしは辺りを見回すが、白いもやが立ち込めているため耀平たちやヴァンピレスの姿がよく見えない。
それはヴァンピレスも同じようで、彼女は何ですのこれ⁈と慌てた声を上げていた。
ヴァンピレスに遭遇してから暫く。
ネクロマンサー以外のわたし達5人は、寿々谷駅の方へ向かって走っていた。
とにかく人通りの多い場所に出られれば、ヴァンピレスは攻撃してこないだろうという事で、人の多い大通りをわたし達は目指しているのだ。
「…アイツ、なんで急に襲ってきたんだ?」
細い道の交差する所で立ち止まりつつ、耀平がポツリと呟く。
「え、それは、わたし達をたまたま見かけて…」
わたしがそう言いかけると、耀平はまぁそうなんだろうけどと振り向いた。
「最近そういうの多いから気になるんだよなぁ」
耀平が呟くと、確かになと師郎はうなずく。
「たまたまかもしれんが、アイツは妙に俺達を襲いまくってるよな」
暇なのかねぇ…と師郎が後頭部に両手を回した所で、ねぇ、と霞さんが声を上げた。
「さっきのあの子って…」
霞さんがそう尋ねると、耀平があぁアイツ?と返す。
「アイツはヴァンピレス」
この街で他の異能力者の異能力を奪って回ってるやべー奴だ、と耀平は歩き出した。
それを聞いてわたしは驚く。
「ヴァンピレス‼」
何で出てきた⁈とネロが怒号を上げる。
「何でって、わらわは異能力を奪いに参りましたの」
貴方がたの、ね‼と不敵な笑みを浮かべながら、ヴァンピレスはその右手に白い鞭を出してわたし達に向けて振るった。
ネロは咄嗟に目を赤紫色に光らせて右手に黒い鎌を出し、それでヴァンピレスの鞭…具象体を受け止める。
「ネクロ‼」
耀平が思わず声を上げるが、ネクロマンサーは皆逃げろ!と叫ぶ。
「コイツはボクが、ここで食い止める‼」
ネクロマンサーは具象体の黒い鎌を振るって白い鞭を弾いた。
弾かれた白い鞭はヴァンピレスの元へ縮むように戻っていき、持ち主のヴァンピレスは不機嫌そうに顔をしかめる。
「あら、抵抗すると言うのね?」
その言葉にネクロマンサーは、当ったり前だぁ‼と言い返した。
「ボクらの大切な一部を、奪われてたまるかぁ!」
ネクロマンサーはそう声を上げると、ヴァンピレスに向かって駆け出す。
「…よし、今の内に逃げるぞ!」
ネクロマンサーがヴァンピレスを食い止めている姿を見てから、耀平はわたし達4人に声をかけた。
わたし、黎、師郎は静かに頷く。
しかし霞さんは状況が飲み込めていないのか、あ、うん…とぎこちなく返した。
そんな霞さんを見た耀平は、行こう!と彼の手を取って走り出し、わたし達もそのあとに続いた。
そういう訳で、わたし達は皆で霞さんを駅まで送っていく事にした。
寿々谷公園から寿々谷駅までは少し離れているので、わたし達はその道中ずっと話しながら歩いていく。
そんな中でも、黎は何かを気にしているようなそぶりを見せていた。
「へー、耀平くん、中学校では軟式テニス部に入ってるんだ~」
「まー適当にやってるだけだよ」
霞さんと耀平が楽しそうに話し、ネロと師郎はその様子を暖かく見守っている。
しかし黎は何かを気にしているようで、わたしの意識はそちらに向いていた。
一体何を気にしているのだろうとわたしが気にする中、黎が急に足を止める。
「黎?」
わたしがつい立ち止まって尋ねると、黎は後ろを向いてあれ…と呟いた。
「あれ?」
一体な…とわたしが言いかけた時、不意にうふふふふふと高笑いがわたし達の後方から響く。
わたし達がそちらを見ると、そこには白いミニワンピースにツインテール、そして赤黒く輝く瞳を持った少女が立っていた。
「そろそろ日も暮れてきてるし、帰る事にしようか」
霞さんがそう言ってわたし達に背を向けると、えーもう帰るの~‼と耀平が声を上げる。
霞さんはそうだよ~と振り向いた。
「君達だって、そろそろ帰らないと親に心配されるでしょ?」
「まーそうだけど…」
耀平は不満げな顔をするが、霞さんはじゃーあー、と彼に近付く。
「僕の事寿々谷駅まで送ってくれない?」
その言葉に耀平の顔がパッと明るくなった。
「え、いいの⁈」
「うんもちろん!」
ギリギリまで一緒にいたいし~と霞さんは続ける。
「やったあ!」
耀平はそう言って嬉しそうに立ち上がった。
霞さんはふふと微笑んだ。
「何だか彼を見ていると、昔の自分を見ているみたいな気分になってくるんだよ」
霞さんが不意に言い出したので、わたしは目をぱちくりさせた。
霞さんは続ける。
「昔の僕もあまり慣れない人の前ではビビってる事が多かったからさ」
あんまり友達がいなくて…と霞さんは頭をかく。
「でも耀平くんに出会って、少し変われたんだ」
霞さんはふふと笑った。
「耀平くんは昔から明るくて、何だかこんな僕にもよくしてくれて、すごく嬉しかった」
だから僕も、人が怖くなくなっていったんだろうね、と霞さんは微笑む。
わたしや師郎は黙ってそれを聞き、隣のベンチにすわるネロと耀平も静かにこちらを見ていた。
「ま、そういう訳で、僕は変われたんだ」
霞さんは笑う。
わたし達はそんな霞さんの様子を見ているばかりだったが、やがて彼はさて!と手を叩いた。
「…黎、相変わらず師郎の陰に隠れようとしてるね」
わたしが思わずこぼすと、師郎は黎の方をちらと見て、あぁそうだなと答えた。
「たまに黎は見ず知らずの他人に対して隠れようとするからさ」
仕方ない、と師郎は笑う。
そうなの、とわたしは返すが、ここで、ねーねー何話してるの~?と隣のベンチの方から霞さんの声が聞こえてきた。
見ると霞さんがベンチから立ち上がってこちらへと近付いてきている。
「あ、えーと…黎が師郎の陰に隠れているのは何でかって話をしてたんです」
わたしがそう答えると、霞さんはそっか~と言いながら師郎の右隣に目を向けた。
黎はパーカーのフードを目深に被って顔を隠している。
「…」
霞さんは笑みをたたえながら黎の顔を静かに見ていたが、ふと師郎がなぁと口を開いた。
「何で黎にそんな興味持つんすか?」
その質問に、え、と霞さんは驚く。
「もしかして迷惑だった?」
「いや、迷惑って程でもないんだが…」
ちょっと気になって、と師郎は苦笑した。
霞さんはふーんとうなずき、そうだねぇ…と宙を見上げる。
しかしそんな中でも、黎はどこか霞さんから見えない所に隠れようとしている。
それに気付く度に霞さんは黎に話しかけようとしていたが、黎自身はその都度そっぽを向いて無視していた。
わたしはその事が気になっていたが、ネロ、耀平、師郎にとっては気になる事でもないらしく、あまり意識していないようだった。
「そういえば、星羅(せいら)ちゃんは? 元気してる?」
「あー妹? 元気してるよ~」
霞さんと耀平がベンチに座って楽しく会話し、耀平の隣でネロがゲームセンターで取ったぬいぐるみを抱えて話を聞いている。
そのベンチの隣のベンチで、わたし、師郎、黎は座って彼らの様子を眺めていた。
「耀平と霞さん、本当に仲良いよね」
わたしが何気なくそう呟くと、ま、そうだなと師郎が返す。
「耀平は意外と交友関係が広いし」
こんな風に古い友達と話し込むのも無理はない、と師郎は腕を組む。
わたしはふーんとうなずきつつ、師郎の右隣に座る黎の方を見やった。
黎は師郎の陰に隠れるように、彼にくっついている。
ネロと耀平がクレーンゲームで取ろうとしたぬいぐるみは、霞さんの手伝いもあって見事に取る事ができた。
目当ての品を手に入れる事ができたネロはご満悦のようで、嬉しそうにそれを抱えていた。
とりあえずネロがぬいぐるみをゲットしたので、わたし達はゲームセンターをあとにする事にした。
その後、寿々谷のあちこちを回ったのち、わたし達は寿々谷公園へと足を向ける。
そこは、どうやら耀平と霞さんの思い出の地のようだった。
「わー、昔と変わってないね~」
懐かし~と霞さんは公園に辿り着いて早々に呟く。
「まぁ確かにそんな変わんねーよな」
ここは地方の街だし、と耀平は赤い上着のポケットに手を突っ込みながら言う。
霞さんはだよね~と笑った。
…そんなこんなで、わたし達は公園内を回っていく。
遊具が設置されているエリアや噴水があるエリア、だだっ広い芝生が広がるエリアに小さい子ども向けの浅いプールがあるエリア…とあちこちを巡りながら、わたし達はずっと話し込んでいた。
「…君は、引っ込み思案なんだねぇ」
「⁈」
霞さんの急な発言に、黎は驚いて飛び跳ねる。
霞さんはまた笑った。
「この子はどうして耀平くん達と一緒にいるようになったの?」
霞さんが師郎にそう目を向けると、師郎はあぁ、それは…と黎の方を見やる。
「黎はネロと耀平が拾ったようなものなんすよ」
夏の雨の日に、ネロが傘貸してやったのが縁だそうな、と師郎は腕を組んだ。
へー、と霞さんはうなずいた。
「なんだか不思議なもんだね~」
「そうなんすよ」
俺達は偶然が重なって一緒に行動するようになったんで、と師郎は笑い返した。
すると霞さんは不意に…僕もそうだよと呟く。
わたしや黎は驚いて霞さんの方を見た。
「僕だって、長らく独りだったんだから」
霞さんのどこか寂しげな呟きに、わたしと師郎は目をぱちくりさせる。
それに気付いたのか霞さんは、あーごめんごめんこっちの話と手を振って苦笑いした。
わたしは何の事だろうと不思議に思うが、師郎はふと側にいる黎がゲームセンターの外に目を向けている事に気付いたのか彼に話しかける。
「黎、どうかしたか?」
師郎がそう聞くと、黎は彼の方を見て横に首を振った。
師郎は、そうかと答えると、ネロと耀平が攻略に四苦八苦しているクレーンゲームの方に目を向けた。