「…あ、ナツィ」
来てたの?とキヲンは立ち上がりかけるが、ナツィは無言でその襟首を引っ掴む。
クロミス、タイサンボク、中紅、露夏は驚くが、ピスケスは落ち着いた様子でその光景を見ていた。
キヲンはご、ごめんね!と慌てて謝る。
「ナツィのうさうさ勝手に持ち出し…」
「謝罪なんかどうでもいい」
とりあえずジークリンデを返せ、とナツィは低い声で言い返した。
「わかったから、まずボクを離してよ…」
キヲンはナツィに笑いかけると、ナツィは冷たい目を向けたままキヲンを乱暴に離す。
キヲンはナツィから解放されると、慌てて足元に落ちたぬいぐるみを拾った。
そしてキヲンは、はい、ナツィのうさうさ、とナツィにぬいぐるみを差し出すが、キヲンが言い終える前にナツィはキヲンの手からぬいぐるみを奪い取り、背を向けた。
「あっ…」
キヲンはつい言葉を失い、その様子を見る露夏はおいテメェ!と立ち上がる。
「きーちゃんに対してその態度はないだろ‼︎」
いくらきーちゃんがヒドいことをしたからって、お前までもそうする必要ねーじゃねーか!と露夏はナツィに近づく。
…うるさい、とナツィは言い返した。
「クロミスとタイサンボクと中紅で、よくやってるんです」
で、今日はきーちゃんも一緒に、とクロミスはキヲンの方を見やる。
ピスケスはそう…と言いつつキヲンの方を見た。
キヲンは不思議そうな顔をするが、ピスケスはその場にかがみつつにっこり笑う。
「きーちゃん、そのぬいぐるみはナハツェーラーのでしょう?」
「あ、うん」
「早く返しに行った方がいいわ」
「え」
ピスケスの言葉にキヲンは驚く。
「返すって、でも」
「なにを考えてるのかは聞かないけど、それはアイツが大切にしているものなの」
だから返しに行きなさい、とピスケスは続ける。
「さもないと、来るわよ」
「ふぇ?」
アイツが…とピスケスはキヲンの後方に目を向けた。
キヲンはつい首を傾げるが、目の前のクロミスたちが急に慌てたような顔をし始めたので振り向く。
その背後には、黒髪でゴスファッションを着て背中に黒い蝙蝠のような翼を生やしたコドモ…ナツィが立っていた。
「確かに」
勝手に自分のものを持ってかれたら誰だって困るわよ、きーちゃんとキヲンの右隣に座る紅色の長髪とキツネのような耳を持つコドモは腕を組んだ。
「うーん、そうだけど…」
でもこの子がかわいそうだし〜とキヲンは口を尖らせる。
「それに、ナツィは家に帰りたくないってかすみのところにいるから、どうにかして家に帰る気にさせたいんだ」
だから、仕方ないのとキヲンは開き直った。
3人のコドモたちはつい黙り込むが、ここで屋上の塔屋の方から、あらお茶会?と声が飛んでくる。
キヲンたちがそちらの方を見ると、青い長髪のコドモ…ピスケスと、赤髪でキャップ帽を被ったコドモ…露夏が立っていた。
「あ、ピスケス! 露夏ちゃん!」
キヲンが思わず立ち上がると、ピスケスは楽しそうねぇと言いながら歩み寄ってくる。
「クロミスたちが主催なの?」
「あ、はい」
ピスケスがそう尋ねると、クロミスと呼ばれたヒレ耳のコドモは慌てて背筋を伸ばして答えた。
昼、とある大学の敷地の片隅にて。
昼休みの時間になって多くの学生、教職員が食堂や空き教室、敷地内の芝生で昼食を摂っている。
そんな中、敷地の片隅にある建物の、普段は立ち入り禁止になっている屋上で、奇妙なコドモたちがお茶会をしていた。
「…それでそのうさちゃんを?」
「うんそうなの!」
髪が水色で魚のヒレのような耳を持つコドモがウサギのぬいぐるみを抱える金髪のコドモに尋ねると、そのコドモ…キヲンは明るく頷く。
「ナツィがお家に帰らないでかすみの所にいるっていうから、このうさうさもお外に出られなくてかわいそうだと思って」
「へ、へぇ…」
そう言うキヲンに対し、キヲンの左隣に座る植物の葉のような髪を持つコドモは引き気味に返した。
それを見て、どうかしたの、タイサンボク?とキヲンは聞く。
タイサンボクと呼ばれたコドモはい、いや…とビクビクしながら答えた。
「勝手にナハツェーラーのところからその子を持ち出しちゃって、大丈夫かなぁって…」
絶対怒られるんじゃ…とタイサンボクは続ける。
「聞くなよ…」
そうこぼして、ナツィは丸くなった。
キヲンはそんなナツィの様子を微笑ましげに見ていたが、ふとベッドの枕元の見覚えがある白いウサギのぬいぐるみが目に入る。
「…」
それから数分後、部屋からキヲンが立ち去るような足音がしたのでナツィが部屋の入り口を見ようと寝返りをうつと、枕元にウサギのぬいぐるみがないことに気づいた。
「えっ」
ナツィは慌てて起き上がり、辺りを見回す。
「…まさか」
ナツィは思わず呟いた。
「別に、お前のことなんて友達だと思ってないし」
「えっそうだった⁇」
「そうだよ」
ポカンとするキヲンに対し、ナツィはまたそっぽを向いた。
「…お前も、露夏やピスケスも、友達じゃないから」
だからお前に俺が家に帰らない理由なんて言う必要ない、とナツィは膝を抱える。
キヲンはなにも言えずに黙っていたが、やがて…じゃあ、と口を開いた。
「かすみは違うの⁇」
「えっ」
ナツィは驚いてキヲンの方を向くように寝返りをうつ。
「さっきの友達じゃない人たちの中に、かすみは入ってなかったよ?」
「うぐっ」
そう不思議がるキヲンの指摘に、ナツィは目を泳がせた。
「べ、別に、かすみは特別だしぃ…」
「かすみは、お友達⁇」
「い、いやぁ、その…」
しどろもどろになりながら話そうとするナツィだったが、ニコニコしながらナツィの顔を覗き込むキヲンの顔を見ていると、ますます言葉が出なくなる。
やがてナツィは、も、もう…と赤くなった顔を隠すように壁の方を向いた。
「どうして昨日はお家に帰らなかったの⁇」
キヲンの質問に、ナツィは答えない。
「ボクさー、ナツィたちに出会ってから1年くらいしか立っていないからよくわかんないけど、お家に帰らないのはダメだと思うんだ」
保護者のおじいちゃんが心配すると思うし、とキヲンは続けた。
「それに…」
「嫌だね」
キヲンの言葉を遮るように、ナツィが口を開く。
キヲンは少し驚いたように目を見開いた。
「俺は、今アイツのところに帰りたくないだけだし」
「えっ、じゃ、いつ帰るの?」
「気が向いたら帰る」
「そんなー」
「お前には関係ない」
「関係あるよ!」
2人は暫し言い合ったのち、キヲンが声を上げて立ち上がる。
そしてキヲンはナツィの方を見て、こう笑いかけた。
「…ボクたち、友達でしょ?」
その言葉に、ナツィは顔をしかめる。
「今ってナツィ寝てる?」
キヲンがそう尋ねると、かすみは、まぁ、多分そうだけど…と答える。
それを聞くとキヲンは、じゃ、起こしに行ってくる!と言って廊下に飛び出し、物置の3つ隣の部屋に向かった。
かすみは、あっちょっと…と引き留めようとするが、キヲンは気にせず扉を開け放つ。
「ナツィおっはよーっ‼︎」
バタン!という音とともにかすみの部屋にキヲンが飛び込むと、狭い部屋の窓際にベッドが置かれているのが見えた。
そしてその上には、ゴスファッションを着た黒髪のコドモ…ナツィが横になっている。
「…うるさい」
少しの沈黙ののち、鬱陶しそうにナツィが呟いた。
しかしキヲンはその言葉をものともせずにナツィに駆け寄る。
「ふへへ〜、ごろごろしてるナツィもかわい〜」
「う、うるさい」
にへへへへへ、とナツィに顔を近づけるキヲンに対し、ナツィはキヲンに背を向けるように寝返りをうった。
キヲンは、ナツィは照れ屋さんなんだから〜とベッドの端に座る。
ナツィは嫌そうな顔をした。
「…それにしてもナツィ」
不意にキヲンが呟いたので、ナツィは嫌そうな顔をしつつも目線だけキヲンの方に向ける。
キヲンはナツィの方に目を向けた。
翌朝、辺りを明るい日の光が照らすころ。
人工精霊たちが集まる喫茶店の物置の扉が、おっはよー!という元気な声とともに開け放たれる。
物置にやって来た、金髪にツノの生えたコドモ…キヲンは、誰もいない物置を見て目を丸くした。
「…あれ、いない」
そうキヲンが呟くと、後ろからおはようきーちゃんと声がかかる。
キヲンが振り向くと、そこにはジャンパースカート姿にエプロンを身につけたかすみが立っていた。
「あ、かすみ」
ナツィは⁇とキヲンは首を傾げる。
かすみは、ナツィなら自分の部屋にいるよと笑った。
「かすみのお部屋?」
「うん」
ナツィがうちに泊まるとき、大体自分と同じ布団で寝るから…とかすみは苦笑いする。
それを聞いてキヲンは、えっいいな〜!と目を輝かせた。
「ナツィと同じおフトン!」
「そ、そう…?」
かすみはつい首を傾げるが、キヲンはだってさ!と飛び跳ねる。
「ナツィと一緒にねんねできるんだよ⁈」
うらやましいなーとキヲンは呟いた。
かすみは、きーちゃんにとってはそうかもね、と返すが、ふとここでキヲンが、あっじゃあ…と言い出す。