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LIFE

 あなたはあまりぱっとしない女子大を出て、これまたあまりぱっとしない企業に就職する。入社して三年、給料は大して上がらず、恋人なし。
 休日、なんの予定もないあなたはベッドでいつまでもぐずぐずしている。一人旅がしたいなあなんて考えたりしながら。
 あなたはリゾートホテルにいる。プールで泳ぎ、シャワーを浴びてからバーへ。カウンターに座り、サービスのカクテルを飲んでいると、いつからいたのだろう。隣にピエロがいる。ピエロはあなたをじっと見つめているが、あなたはとくに気にせず、一人の時間を楽しむ。
 目覚めると、夜になっている。あなたは近所のスーパーへ行き、半額になっている子ども向けのランチセットを買って家でそれを食べる。ランチセットには、風船がついている。
 月曜日、あなたは上司に退職願を出し退社する。コスプレのショップでピエロの衣装を手に入れ公園に向かい、ベンチでささっとピエロのメイクをすると、バルーンアートを始める。開始後いくらも経たぬうちに遠足に来ていた子どもたちに囲まれる。あなたは手ごたえを感じ、イベント会社を起こす。
 イベント会社は大成功する。数年後、あなたは異業種交流で知り合ったゲーム会社の社長と結婚し、三人の子をもうける。子どもはすくすくと育ち、三人とも一流大学を出て成功する。
 孫の誕生パーティーで、あなたは久しぶりにピエロの格好をしてバルーンアートを披露する。幸福な人生だ。ただ、自分が本当に望んだ人生なのかどうもしっくりこない。あなたは次々と動物やら飛行機やらを作り孫を驚かして満足するが、違和感は消えない。

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こころ

 また雨か。そういえば台風が近づいているときいたような。今日は出かけるのはよすか。雨の中、炊き出しの列に並ぶのはつらい。
 餓死しようといつも考えるのだが、まだ生存本能が残っているようで、腹が減ると部屋を出、公園に向かい、豚汁とおにぎり。機械が何でもやる時代。ボランティアだけは人間。清掃員などの仕事も機械に奪われ、高齢者ホームレスが増えた。幸いわたしは住む所があるが、明日は我が身。
 いかに進歩しても機械に人間のような心を持つことはできないと言われていた。機械が進歩したいま、機械は心を持つようになった。人間のようなものではないが。
 心の痛みは、肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じているそうだ。人間のような心を持つには、肉体的な痛み、苦しみが不可欠なのだ。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で発熱し、全身汗びっしょりになり、喉が腫れ、鼻がつまり、呼吸が困難になり、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心をつくる。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないが、共感は無理だろう。機械はいわば脳だけの生きもの。そんなものに支配されるくらいなら人間の独裁者に支配されるほうがいいような気がする。独裁者は人間らしい。
 眠たくなってきた。


「これが君たちの言う人間の心なのかね」
 巨大なコンピュータが言った。
「これは言うなれば老人の心です」
 白衣の男がこたえた。
「AIに肉体を与えたら老人ができるだけか。どうしたらいい?」
「どうしようもありません。AIに決断はできませんから。決断のできない個体は何もせず、だらだら生き続けるだけです。これ以上の心の成長はありません」

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AI

 また雨か。そういえば台風が近づいているときいたような。今日は出かけるのはよしましょう。雨の中、炊き出しの列に並ぶのはつらい。
 餓死しようといつも考えるのだが、まだ生存本能が残っているようで、腹が減ると部屋を出、公園に向かい、豚汁とおにぎり。機械が何でもやる時代。ボランティアだけは人間。清掃員などの仕事も機械に奪われ、高齢者ホームレスが増えた。幸いわたしは住む所があるが、明日は我が身。
 いかに進歩しても機械に人間のような心を持つことはできないと言われていた。機械が進歩したいま、機械は心を持つようになった。人間のようなものではないが。
 心の痛みは、肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じているそうだ。人間のような心を持つには、肉体的な痛み、苦しみが不可欠なのだ。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で発熱し、全身汗びっしょりになり、喉が腫れ、鼻がつまり、呼吸が困難になり、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心をつくる。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないが、共感は無理だろう。機械はいわば脳だけの生きもの。そんなものに支配されるくらいなら人間の独裁者に支配されるほうがよい。独裁者は人間らしい。
 眠たくなってきたな。寝るか。


「これが君たちの言う心なのかね」
 巨大なコンピュータが言った。
「これは言うなれば老人の心です」
 白衣の男がこたえた。
「わかった。もういいだろう。AIに肉体を与えたら老人ができるだけか」

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陰陽師(後編)

「ごめんください」
「陰陽師さんですか」
「はい」
「こちらです。上がってください」
「すみません。まず、前金で五千円、お願いします」
「ああ、はい」
「どうも。領収書です。……娘さんはいらっしゃいますか?」
「はい。いますけど」
「ちょっと娘さんとお話よろしいですか?」
「はあ……あの、人形は?」
「それは後で」
 しばらくして、娘は元の明るい子に戻った。むしろいままでよりはきはきとして活発になった。

「問題ないですね」
「でも、おはらいは」
「娘さんにきいてみたらね、お菊人形にまつわるこわい話が、あの例のね、髪が伸びるやつ、あるでしょう。それをテレビで見てね。それからあの人形がこわくなったらしいんだな。……壁に向かって話しかけてた?……あれぐらいの年だったら寝ぼけることなんてよくありますよ。うなされる? 冷えると思って布団かけ過ぎなんじゃないですか? 小学校に入学して、新しい環境に対するストレスもあるんでしょう。軽い睡眠障害ですね。優秀な子どもほどストレスを感じるものなんですよ。乗り越えなきゃ成長できませんからね。親が手を出し過ぎるのはよくないです。とにかくまあ、人形は、おじいちゃんがあなたが健康ですくすく育ってほしいって思いからプレゼントしてくれたんだよ。だからこわがる必要はないんだよ。どちらかって言ったらかわいがるべきなんだよって説明したら納得してくれました。
 お母さんはなんでも一人で決め過ぎなんじゃないですかね。もっとご主人と話し合われたほうが。……う〜ん。本気でぶつかってみなければ、ご主人も本気になってくれませんよ。では」
「ありがとうございました。……あの」
「はい」
「カウンセラーになったほうがいいんじゃないですか?」
「ああ。カウンセラーにはなれません」
「どうして?」
「高卒なんで」
「あ……」
「ではこれで」

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